第45話 トリック
「お前ら、ふざけてんのか! いいようにやられやがって!!」
控室にマスターの怒号が飛んだ。口元がわなわなと震え、怒りと悔しさがにじみ出ていた。みんなかぶとを脱いで棒立ちのまま唇をかみしめ黙り込む。
私も悔しかった。ジョセフの笑い顔が目に浮かぶようだった。自分たちの無力さとふがいなさでやるせない気持ちがお通夜のように空気を湿らせる中、カラフルに染められたモヒカンたちがうつむいてマスターの次の言葉を待っていた。
そしてマスターが口を開いたとき、
「あのさ、俺、思うんだけどさ」
トミーが空気を読まずに言った。
「俺、まだまだ余裕あるから、もっとみんなどんどん突っ込んでいいよ。抜かれるの怖がらなくていいから。俺とマイキーでカバーできるからさ」
「バカ言うな! お前、あっという間に弾き飛ばされるだろーが!」
カルナックがトミーに突っ込む。相手の身体とパワーを考えれば、小柄なトミーが止めるのは確かに無理っぽい。
「大丈夫だよ。今日の相手の動き、思ったより速くないじゃない」
「どこがだよ! 前は全然間に合ってねーよ!」
二人が言い争っている中、私の中で一つの疑問が氷解した。
「ちょっと待って!」
思わず口をはさんだ私を、控室にいる全員が見る。
「トミーの言うことも一理ある。今の流れのままじゃ、まともにやっても勝ち目ないし。それに……」
私は一呼吸おき、マスターの方に向きなおって続けた。
「ジョセフのトリックがわかった。彼は自分自身の動きを変えていたの」
「どういうことだ?」
「彼も私たちに研究されていることはわかってる。だから彼は今日、わざと動きを1テンポ遅らせていたのよ。以前の彼の動きは無駄がなかったでしょ? あえて自分が遅く動くことで、自分を見ているカルナックの判断も遅らせたの。他の選手はいつも通り動くから、ジョセフを待つカルナックの指示だけがずれる。カルナックはジョセフの動きが見えているから、指示を出す余裕はあったけど、ぜんぜん間に合ってなかったのよ」
「あっ! そういうことだったのか!」
どうやらカルナックは思い当たる節があったみたい。
「というわけでカルナック、ディフェンスは4-3フォーメーションに戻して」
「ん? なんで?」
「ここまで好調に来ているジョセフは私たちが後半、どんな手を打ってくるか気にしているはず。そんな中で当初想定していた4-3に戻したら、彼はどう動くと思う?」
「そりゃ、事前準備通りに攻めてくるだろうな……え? もしかして……」
「そう。私が読み切る。私の頭にはジョセフのイメージができているから今の状況なら6割は当てられるはず。サインはパスかラン、ゾーンかマンツー、相手が狙ううちの選手の3つ。ハドルの時にカルナックにサインを送るから、みんなで共有して。こちらの攻撃時間がないから相手には一度もファーストダウンを取らせないつもりで」
「けど的中率6割だときついぜ?」
「うん。だからCBにロブソンを入れてほしいの」
「そんな無茶な!? この状況、どう考えても新人には荷が重いぞ!」
「右翼に手強いティポー、左翼に新人のロブソンとなれば、ジョセフの考えはさらに読みやすくなる。選手の力に差があるなら、そこを突かない手はないでしょ?」
「そりゃそうだが……」
「俺、やる。やらせてくれ」
しぶるカルナックにロブソンが言った。
「だが、攻撃はどうするんだ? 何か打開策があるのか?」
マスターの言葉にみんなが再び私の顔色をうかがう。
「過去の試合を見る限り、後半に入ると動きの読み合いに一息入るから、作戦やフォーメーションを大幅に変えなければ、必然的に選手個々のアドリブや運に頼るところが大きくなる。だけど、私たちはそう見せかけて、ポイントで勝負に出るの」
そう言って私は、作戦ボードを手に取り、前半不発だった攻撃を並べると、相手に読み切られている部分をチョークで囲ってジョンに見せた。
「相手はここでマークした選手以外には、本気でチェックしてこない。ここ以外にはボールは出ないとわかっているから、本命のカバーを念頭に置いているはず」
「なるほど、僕たちはその裏をかいていくというわけだね?」
「ううん、違うの。前半と同じ失敗を繰り返して相手をだましてほしいの」
「え? どういうこと?」
「作戦の中で3つ、一気に得点を奪う可能性のある3つだけピックアップした。それ以外は相手のペースで推移しているように見せかけてほしいのよ」
時間がない中、私は最も有力なパターンを3つ指し示すと、キーマンを選定する。
「この3つ以外は捨てて、前半同様に攻めて相手につぶされる。そのかわり、この3つで確実にタッチダウンまで持ち込んで。そのためにはジョンがパスを確実に決めなきゃいけないんだけどね」
私は作戦の中にジョンの動きを書き込んだ。右に走って左翼にパスを投げたり、左に走って右翼にパスを投げる動き。彼がこれまでの試合で使ったことのない動き。そしてそのパスの先に走りこむ選手の動きも書き入れる。
「マンツーマンだとこのあたり、がら空きになるから、デヴィッドもトミーも目の前のCBさえ振り切れば追いつけるからね」
「でもタッチダウン3つだけじゃ届かないよ?」
「だからこの3つをできるだけ早いうちに決めてほしいの。そこから先はきっと、相手はジョンの横への動きで危険を察知してくるはず。だから今度はその裏を狙う」
「なるほど」
そう言ってジョンが並べられた作戦ボードを確認していく。
「そんなに上手くいくのかなぁ?」
「どのみちこのままじゃ負け戦でしょ?」
ベンちゃんに諭すように私が言うと、みんなが黙った。空気を察してか、
「面白いじゃねーか。ミオ、お前の好きなようにやってみろ」
そう言ってマスターが私の肩を叩いてくれた。そして、
「お前ら、このまま簡単に負けんじゃねーぞ!」
「「オッス!」」
「これ以上点数引き離されたら、全員歩いて帰らせるからな!」
「「うそだろ~」」
「ばかやろう! 死ぬ気でやれ!!」
「「「オッス!」」」
マスターのたったこれだけの言葉で控室の雰囲気が一変した。私はそう感じたの。
ハーフタイムが終わると、差し込む西日がフィールドに落ちる影を長くし始めていた。精神的な疲労も肉体的な疲労もこちらの方が大きい。作戦は練ったものの、みんなの体力は最後まで持つのだろうか? そんなことを考えながらベンチに向かうと、後ろからトミーに背中を叩かれた。
「ちょっと! 何すんのよ!」
「大丈夫だ! 俺を信じろ!」
気持ちも会話もまったくかみ合ってなくて私は思わず苦笑いしちゃったんだけど、なんとなくこいつに勇気づけられた気がした。
こちらの攻撃で後半が始まると、ジョンは作戦通りショートパスから入る。そして相手に予定通り潰される、はずだったんだけど、点差のある中でのこの選択に意表を突かれたのか、相手はボールを受けようとしたデヴィッドを反則で倒してしまった(本当はデヴィッドのほうがわざと体を当てに行ったんだけどね)。15ヤード前進のファーストダウン。
いきなり迎えた有利な展開を受け、流れ的に仕掛けるならここだと私は思った。残り65ヤード、距離はまだかなりあるけど、トミーならきっと何とかしてくれる!
1stダウン、スナップを受けたジョンがパスの構えを見せながら左にダッシュ。それに合わせて自陣全員が左に走ると、様子見を決め込んでいた相手LBは、あわてて左翼のデヴィッドに向かってカバーに来た。オフェンスラインが動いてがら空きの中を割った相手のディフェンスラインは、ジョンの後ろを追ってサックに来る。
十分に相手をひきつけたところでジョンが身体を回転させると、トミーは反転して相手CBを振り切り、右の大外に抜けだしていた。対角線にジョンが遠投したボールは右ライン際に飛び、トミーが横っ飛びでキャッチ。そしてそのまま相手を振り切り、タッチダウン!
「まず1つ!」
私は思わず声に出していた。
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