第33話 死闘の中のタイムマネジメント

 こちらのディフェンスがまったく歯が立たないほどの突破力を見せつけられた後、私たちのベンチには悲壮感が漂っていた。点差はまだ12点あったけれど、このままでは逆転される、と誰もが感じていた。


 そしてそれはプレーにもあらわれてしまう。ジョンモンタナのロングパスが強風にあおられ、ボールが敵の手に渡ってしまったの。


 攻撃権を取られてしまうと、我々にはなすすべがなかった。重戦車トロールという武器を持った相手は最初から独走を狙ってくる。ディフェンスラインも相手の前に必死に立ちはだかったけれど、奮闘むなしく再びタッチダウン。点差は4点に縮まる。


 「まだ負けてねえぞ!」突然マスターが大声で選手たちに気合いを入れた。そして細かく指示を出しながら「目の前の恐怖から逃げるな! 負けることを怖がれ!」といつも以上に激しく檄を飛ばしたの。


 攻撃陣は彼の指示通り、ショットガンからフレックスボーンにフォーメーションをチェンジした。そしてラインの5人+2人で相手トロールたちを食い止めつつ、左右のデヴィッドとトミーで残りの相手をライン際に引き付け、その間にできる隙間を突くランと相手をかわすショートパスで毎ダウン少しづつ前進する。3rdダウンまでに確実にファーストダウンを奪いながらも決して攻め急がず、リスクの高いロングパスは使わない。こうして我々の攻撃にゆっくりと時間を使うことで、残り時間を削りきる作戦。


 言うのは簡単だけど実際は壮絶な死闘だった。これまで戦ってきた男たちの意地がそこにはあった。引くことのできないオフェンスラインは毎回巨大な相手になぎ倒され、ダウンごとに治療を受けた。人数の少ないノーブラはディフェンスラインの選手も総出でオフェンスに回った。一歩判断を間違えれば陣地を大きくロスしたり、自分自身が襲われてしまう状況で、ジョンモンタナはぎりぎりまで相手の動きを読み、動きながら敵陣の穴を見定めてボールを出した。


 その穴に向かって突っ込むFフルBバックのベンちゃんは、その巨体に似合わないスピードと普段の気弱な性格を見せない気迫で敵陣にダイブを繰り返した。デヴィッドやトミーも相手のタックルに何度も襲われた。サイドラインを超えると時計が止まってしまうから、パスを受けると中央に向かって走るしかなかったの。だけどみんな、ボールは決して手放さなかった。


 私は震えた。もちろん寒かったからじゃない。前線の選手たちは毎回ダメージを負いながらも巨大な敵に対して突っ込んでいく。私の目の前で苦痛に顔をゆがめながら治療を受け、それでも自分の出番がくると、再び闘志をむき出しにしてフィールドに向かって走って行くの。見ている私の方が怖かった? もちろんそんなわけがない。前線で大男を相手に戦う彼らの方が逃げ出したいに決まってる。だけど敵に勝つためにはこれしかなかった。彼らに迷いはなかったの。他に打開策を見つけられない中、私はこの死闘を目に焼き付け続けた。


 するとこの総力戦が功を奏し、ノーブラの地道なアタックは徐々に陣地を獲得していく。最後の攻撃でタッチダウンを奪った時には、第3クオーターの時間はほとんど残っていなかった。その後は手堅くキックで1点を加え、スコアは27-16に。


 11点差で最終クオーターを迎え、C&Dの攻撃が始まると、再び大型トロールにボールが渡り、突撃される。ノーブラ守備陣は連続でトロールの前に立ちはだかって相手のスピードを落とし、ギリギリまで時計を進める。最終的にタッチダウンを奪われ、その後の攻撃も決められて3点差まで詰め寄られたものの、敵に1分以上使わせたのは大きかった。


 再び攻撃権を得た我々はゆっくりと、確実にセーフティリードを保つ作戦を継続。相手の攻撃になればほぼ確実に8点取られてしまうわけで、時間をかけつつ、慎重にファーストダウンをつながなければならないけれど、ジョンモンタナがスタートのタイミングを変えて相手の反則を誘ったり、ベンちゃんにボールを渡すふりをして自分で走ったりと、敵に動きを読ませないように攻撃を組み立て、時計を進めていく。


 そしてC&Dがこちらの作戦に気づいたときには残り時間は3分を切っていたの。あわてて敵のマネージャーがタイムアウトで時計を止めたけど、察知したマスターはこのタイミングで作戦を変更した。するとデヴィッドが相手のブリッツの裏を取ってタッチダウンを決め、スコアは33-24に。その後のゴールは決まらなかったけれど、この段階で我々は勝利を手繰り寄せていた。


 敵は再びトロールの単騎特攻でタッチダウンを決めるも33-32。再び攻撃権を手にした我々は疲労がピークのオフェンシブラインを休ませ、ディフェンスの選手を総動員してやりくりし、タイムアウトで一息入れつつ、小刻みに時間をかせぐ。


 女神が勇者たちにほほ笑んでくれたのか、いつの間にか風が止んでいた。我々は相手ドワーフのブリッツをぎりぎりでしのぎながら、ジョンモンタナがデヴィッドやトミーへのロングパスを通し、ダメージを負わないよう逃げ切りを図る。最後は再び相手の裏を突いたデヴィッドが敵陣深く走り込むものの、タッチダウンを奪わずに、エンドゾーンぎりぎりでファーストダウンを取ったところで試合が終了。


 ちなみに最後のデヴィッドのプレーは相手のチャンスを完全に消した、勝ちに行くためのファインプレーだったことを私は後で知った。あそこでもし彼がタッチダウンを決め、少しでも時間が残っていたら、逆転される可能性があったの。ジョンモンタナがパスを出した相手がトミーじゃなくて本当によかったわ(笑)。


 それは冗談として、確かに攻め合いではあったけれど、作戦をタイムマネジメントに切り替えて攻守共にそれをきっちり遂行したノーブラは、完全に組織力のチームになっていた。勝ち切れるチームになっていた。そんなチームの中に居られることを、私は誇りに思った。



 試合終了後のセレモニーとティモニーズのダンスの中、巨大な敵を倒し、勝利を手にした戦士たちの表情は、疲れ切ってはいたけれど達成感に満ち満ちていた。試合前にマスターが言っていた「チームとして戦う」という意味が実感できた気がした。そして私にとっては、時間をコントロールすることの重要性を身に染みて感じた戦いだった。これまで時間の経過については、なんとなく、でしか考えていなかったから。


 戦い? 私はふと、自分の心境がいつのまにか変化していたことに気がついたの。これまでの私は、こういった戦いから目を背けようとしていたはず。自分に関わる人たちが傷つくのを見たくなかったから。だけど、たった今気がついたの。戦わなければならない男たちにとっては、そんな考えはまったく無意味なのだと。いつも安全なところにいる自分勝手な女の自己満足な一般論にしか過ぎなかったのだと。


 そんなことを思いながら選手みんなと握手を交わす。なぜか私はみんなに一言一言「ありがとう」って声をかけていた。

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