第32話 トロールとの戦い

 翌朝目が覚めると雨が降っていた。朝食後にチェックアウトする際、私は宿の人にお願いし、体を拭くタオルを多めに準備してもらう。選手たちが冷たい雨にぬれて体力が奪われるのは極力避けたいし、試合中も攻守の切り替えの間に体温を保てるよう、気を配る必要があったから。その時にふと感じたのは「このまま気温が下がると相手のリザードマンは動きが鈍くなるんじゃないか」ということ。彼らは急激な気温の低下に弱いのかもしれない、という予感が私にはあったから。


 コロシアムに着いてからフィールドに下り、芝の状態をもう一度確認すると、予想以上に滑りやすいことに気がついた。選手たちにそれを告げながら、その後の彼らの練習でボールキャッチに注目する。雨でぬれ、風に吹かれるとボールは投げにくく、取りにくくなるわけで、パスの成功率はどうしても下がってしまうと思ったの。


 C&Dの守備陣の体の強さを考えると、我々はできるだけパスで勝負したいから、みんながどれだけ悪天候にアジャストできるかが気になっていたんだけど、トミーはパス練習でボールをポロポロこぼしてた。私が念のために準備していた自分の手袋をトミーに渡し、試させるとキャッチングがかなり安定したようで、あいつに感謝された。別に私はあんたのためだけに働いてるわけじゃないんだからしっかりしなさいよね!


 試合開始が近づくにつれ、雨足はさらに激しく、風も強くなってくる。寒さに耐えきれなくなった私は上着を羽織ったけど、マスターは気にならないようで、眼光鋭くC&Dの選手たちの動きを見ていた。確かに、どんなところに相手攻略のポイントがあるかわからないから、私も変化を見逃さないようにチェックしなきゃね!



 コイントスでC&Dの攻撃から始まることが決まったので、私とマスターは相手の出方をうかがうことに。敵は予想通りラン主体の攻撃だったけど、風雨の中の戦いは彼らも慣れていなかったようで、相手QBがボールをこぼしたり、RランニングBバックが転んだりとミスを連発。ボールの扱い方や走り方に苦しんでいるように見えた。彼らは結局得点をあげられないまま、攻撃権がノーブラに移る。


 こちらの攻撃は最初はパスとランを半々で状況を見ることに。ところが1stダウンでこちらのオフェンシブラインが崩壊した。予想以上に相手ディフェンシブラインの当たりが強すぎて、距離を取っていたはずなのにいきなりQBサックをくらったの。強靭なはずのうちの5人のラインが4人のトロール相手に手も足も出ないなんて……。


 ただそのプレーの中でも、私には相手リザードマンの動きがかなり悪く見えたの。私がマスターにそれを告げると彼はタイムアウトを取り、リザードマンの話も含めて相手の弱点を徹底的に突くよう攻撃陣に指示した。ラインでの戦いが始まる前にデヴィッドかトミーにボールを投げ、できるだけ正面衝突は避けろ、って。


 実際にその後の2ndダウン、ジョンモンタナがすばやくボールを投げると、それをキャッチしたトミーは目の前のリザードマンを高速フェイントでかわし、失った陣地を回復した。そして3rdダウンで今度はデヴィッドがボールを受け、1回目のファーストダウンを獲得。調子の悪いリザードマンを抜くことはデヴィッドにとってもトミーにとっても難しくなかったみたい。



 ここでC&Dは守備陣の選手を総入れ替えしてきた。選手の入れ替えは体力の温存だけでなく、動きのバリエーションを増やし相手に的を絞らせない戦略的な手段だと思っていたけれど、こういった悪天候での戦いにおいてはなおさら有効だと感じた。控え選手のいない我々は肉体的にも精神的にも頭脳的にも消耗が激しかったから。


 ただ相手の入れ替えはパターンとして決まっているからなのか、リザードマンは毎回出てくる。そして彼らは総じて動きが悪い。やはり気温が低いときのリザードマンは穴なのね。


 だからできるだけ前半でリードを奪いたいと思っていたところ、次の2ndダウンでトミーがうまく相手との駆け引きに勝って抜け出し、そのままタッチダウン! 私に向かって手袋のまま手を振った。そんなことはいいからゴールポストを倒しに行きなさいよ(笑)。



 その後も悪天候に苦しむC&D攻撃陣に対し、ノーブラは徐々に点差を広げ、前半終了時点で20-0とリードを奪うことに成功した。相手リザードマンの穴は攻守ともにはっきりしていたんだけど、敵のマネージャーはそこを修正してこなかったの。


 だけど、こちらのパスも強風にあおられ、なかなか通らなくなっていたから決して上手くいっていたわけではないんだけどね。1回だけこちらのパスミスで相手に攻撃権を奪われたものの、それでもなんとか、大事には至らなかった。


 相手マネージャーのレベルは決して高くないと思ってはいたんだけど、一方でこちらのラインの選手の体力の消耗は激しかった。特に逃げることのできないオフェンシブラインはトロールたちの当たりを駆け引きでいなしたり、反則を取ったりしてなんとかしのいでいたものの、何度もふっとばされ、ギリギリのところでやっていたの。


 ハーフタイムに控室に入ってきた選手たちにタオルを配りながら、私は走り方のおかしかった選手や、踏ん張りのきかなかった選手たちのシューズを確認する。彼らはホーム用のシューズとアウェー用のシューズの両方を持ってきていたんだけど、雨で芝がぬれた今日に限ってはグリップ力のあるホーム用のほうが良かったみたい。



 そして迎えた後半戦、C&Dはリザードマンを下げ、ドワーフとトロールの割合を増やしてきた。ここまでは想定通りだったんだけど、相手の攻撃陣の中に、これまで1度も試合に出ていなかったトロールがいて私はびっくりした。トロールの高さって2.5mくらいあるんだけど、彼は他のトロールたちよりももっと大きかったのよ。


 敵のディフェンスラインがさらにパワフルになったこともあって、こちらは攻撃をロングパスに切り替えた。デヴィッドやトミーにボールを持たせて突っ込ませるのは相手トロールの強烈なタックルでボールをこぼす可能性が高いと考えたからだけど、風がさらに激しさを増したせいで、思ったところにパスが通らない。結果的にこちらの攻撃は不発に終わった。ただ、相手の攻撃も上手くいっていないわけで、このまま行ければ勝てると私はふんでいたの。


 ところが、攻守が数回入れ替わったところで、ノーブラ守備陣は意外な形で失点を喫してしまう。相手がWRを俊足の選手に変えてパス攻撃をにおわせた時、うちは予定通りに阻止に行ったんだけど、そのせいでパスを出す場所がなくなった相手QBは、たまたま目の前のTタイトEエンドに入っていた新人の大きなトロールにパスを渡したのね。そのトロールはボールを受け取ると、ノーブラディフェンス陣のタックルをものともせずにのそのそと前進を続け、タッチダウン。


 戦慄が走った。新しく入ったトロールが強すぎたの。それも理不尽なまでの強さ。3人がかりでも止められない、組織力を凌駕する個の力がそこにはあったのよ。


 点差が開いている中、相手は確実に1点のフィールドゴールではなく、ポイントアフタータッチダウンで2点を狙ってくる。通常であればギャンブルな行為だけれど、先ほど同様このトロールにボールを預けて突っ込まれた我々守備陣は、完全になぎ倒され、なす術なくタッチダウンを決められた。結果20-8と差を縮められたの。


 このトロールを止めることができなければ勝ち目はない。私はそう思った。

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