第34話 深夜の帰国

 今日の試合は私に、作戦がいかに重要かをあらためて再認識させてくれた。だけどその一方で、圧倒的な個の力が試合の流れを大きく変えることも思い知らされたの。もしあのトロールが最初から出てきて、あの特攻を続けられたら、確実に負けてた。だって攻撃のたびに確実に8点入るのよ。7点じゃない。8点なの。それだけで普通は勝ち確定ですよ。


 逆に、彼のような選手がノーブラにいたとしたら、どれだけ頼もしいことだろう。どれだけ作戦のレパートリーが増えることだろう……。


 私は今日、彼らと勇敢にたたかった戦士たちを心の底でねぎらいながらも、補強について思いを馳せずにはいられなかった。というか、試合前にトロールに苦手意識を持っていたはずの私が「うちにもあんな選手が欲しい」って本気で思っていたの。


 なんでこういった話を長々と語っているかというとですね、実は、相良急便さんに帰りの瞬間移動魔法を手配するのを忘れていたのよ。スポーツ協会の規定では、行きの移動で瞬間移動魔法を使うのは試合前だからダメだけど、帰りはOKなのだとか。で、試合終了後に疲れ切っていた選手たちは、なぜか相良急便さんのことを知ってて、私がそれを手配しているものだと勝手に期待していたんだって! みんなごめんよ~! 本当にごめん!


 そんなわけでめちゃくちゃ揺れる馬車に乗って帰国する私たち。心なしか我が精鋭たちの顔色が土色っぽくなってきてる。さっきまではあんなに晴れやかだったのに。ここは私が気合いを入れねば! と思い、「みんな! 家に到着するまでが遠足だからね!」って言ったら、


「うるせえ!」


 ってマスターに怒鳴られた(笑)。



 数時間かけて帰国し、解散した後、マスターと一緒にお店に戻ると、マオとナオがフロアで死んでるのを発見した(笑)。ここでも想像を絶する戦いが繰り広げられていたのだろうね。私は仕事を引き継ぎ2人を帰すと、マスターにお水を渡す。


 彼は今日の試合を水晶玉で見返しながら、一人で何かを考えていた。私は彼の邪魔をしないようにお店を片付けつつ、将来のチーム構成を考える。そしてそれはやっぱり同じ思いに行き着いたの。


(トロールが欲しい!)


 なぜドラゴンや巨人じゃなく、これまで毛嫌いしていたトロールなのかというと、最近のルール改正で大きすぎる選手たちはファウルを取られやすくなった、というのが一番の理由。体格差のありすぎる選手の接触は、危険行為と見なされやすいのよ。下手に動いて相手を踏み潰しちゃったら即死だもん。本人たちは手加減しながら動かなければならないし、管理する側としても扱いが難しいし、チームプレーも厳しく、コストもかかる、といろいろと大変らしいのね。


 その点トロールは身体の大きさは適度で扱いは一人分だし、動きは緩慢だけどそこそこ器用だし、決して頭も悪くない。曲がりなりにもスポーツのマネージャーができるくらいだしね。


 もし今回戦ったC&Dのトロールをうちの攻撃陣のTタイトEエンドに据え、トミーと組ませることができれば、互いの弱点を補った最強の右翼ができる気がしたの。本来TEは「ラインとして体を張れる強靭な肉体とボールを扱う技術と戦術が理解できる頭脳とそこそこのスピード」が求められるから、人間ヒューマンか体の大きなドワーフがあてがわれることが多い(事実トロールと交代するまでのC&Dもそうだった)のだけど、今回その常識をくつがえされたから。


 フロアに戻ると、マスターはいびきをかいて眠ってた。私は二階から毛布を持ってきてマスターにかけ、店を出る。


 帰り道、私は補強の事は忘れてもう一度今日の試合展開を振り返った。これまでの私はいかに自分たちが点を取るか、いかに相手に点を取らせないかしか考えていなかった。むしろ、速攻しか頭になかった。我々がリードしている局面で相手の攻撃力が上回る場合は『遅攻で時間を潰す』という戦い方があるのだと、今日はじめて気がついたの。


 それから私は逆算して、前半でリードを奪うことの重要性や、逆に相手にリードを許した場合の対処などに考えを巡らせたわけだけど、結局のところ、マスターさえいればこのチームは安泰なんじゃないか? と思った。


 実は私は昨晩のティモニーさんの言葉が気にかかっていて、今季を逃したら我々は今後、優勝のチャンスはないんじゃないだろうか? という不安も頭をよぎったのだけれど、それはあまり考えないようにしたの。



 翌日、私たち3人娘が役所に赴くと、スポーツクラブ組織として正式に認可を得ることができた。これで名実ともにみんながクラブチームの一員として働くことになったわけ。ティモニーズ分の補助金の増額はやはりダメだったけど、彼女たちの運営費はお店の収益でなんとかするつもり。というか、切り離しては考えられない。


 店に戻って3人でマスターに報告すると、マスターはしばらく、ぽかんとしてた。あまりこの展開は予想していなかったらしい。ただ、3人でできるだけマスターの負担を減らしながらやっていくことを伝えると、まんざらでもないようで、今後の運営についていろいろと相談に乗ってくれた。マオとナオが「優勝目指して」とか口にすると即座に「まだ早い!」って言ってたけどね。


 で、私が人材補強について、トロールを検討したいって言うと、今度はマオとナオが消極的な意見を口にする。彼女たちもトロールについてはネガティブなイメージを持っていたみたい。マスターはそのこと自体には何も言わなかったけど、新しい種族を加えるときは、一名ずつにしろって言われた。


 二名以上同じ種族を入れると、どうしても彼らだけで孤立してしまいがちなんだって。逆に一名で入れると、がんばって組織になじもうとするから戦力化が早いんだとか。じゃあ傭兵はトロールとリザードマンで検討しますか。


 チームは現在6勝1敗で1位。あと2戦で前半戦が終了し、しばらく中断期間に入る。組織的な運営はマオとナオに任せるとして、私はチームの順位を一つでも上げられるように頑張らなきゃね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る