第35話 民間クラブチームとしての始動
マオを頂点とした組織としてクラブチームを運営することになった私たちは、選手やティモニーズのメンバーを集めて運営組織としての説明会を開くことになったの。
選手たちにとっての大きな変化は、正式にクラブの『契約社員』になったこと。うちの場合は確かにみんな傭兵というか、公務員ではなかったんだけど、私みたいに勘違いしている選手もいるかもしれないので、あらためて契約を結ぶために全員に説明したのね。
あくまで短期的な契約だし、国のために働く役人や軍人ではないから、契約期間が終われば選手は自由に他のチームに行くことができる。逆に個人成績が悪ければ契約期間満了でクビの可能性もあるけどね。
もっともこれはマスターから言われたことで、私は最初、意味がわかんなかった。というか彼の世界ではそれが常識だったのかもしれないし、選手目線では合理的な考えなのだろうけれど、クラブにとっては良いことなの? って聞いたの。
他のチームがそういった体制を整えていないのに、うちだけ選手に移籍を容認するなんて大丈夫なの? 理想を求め過ぎてない? 契約期間が満了したら他のお金持ちチームに選手がどんどん引き抜かれちゃうんじゃないの? うちの選手、控えめに言って優秀だよ? 欲しいチーム、たくさんあると思うよ?
私がそう聞いたところマスターは「長期的に考えろ。他のチームから選手を取るなら、こちらがチームとして体制を整えておかなければダメだ。それに選手を一生は雇えないだろ?」って言ったのね。彼は傭兵ではなく、他のチームに所属している選手を採用することを見据えていたらしいの。
スポーツ選手ってある意味スターだし、公務員とは大きくかけ離れた存在だから、新体制のチームを選ぶはずだって彼は言うのよ。例えば、我々は選手たちがスターとしての活動で副収入を得ることを認めたのね。公務員じゃないから副業は禁止されないし、本業に影響しない範囲で芸能活動も許される。もちろんチームに報告することが条件だけど、一流選手としての証というか、世間の評価って選手にとっては大事だから、それを保障しよう、と。確かに選手たちにとってはそのほうがうれしいのかもね。
そんなわけで私たちはシーズン中ではあるものの、選手たちとあらためて1年契約を結び、今後の活動についての足場を固めました。選手の中にはもっと自分たちの功績を認めてほしい、と言う者もいたし、それは確かにその通りなんだけど、成績上位でシーズンを終えた時の賞金を選手たちに厚めに分配することを提案して乗り切ったの。
実際今は1位なわけで、優勝の可能性があるとみんな感じているから、この提案は魅力的だったみたい。というか、がぜんやる気になったように私には見えた。
ティモニーズには、ティモニーさんをトップとするダンスチームとして子会社を作ってもらうことにした。前々から本人にその可能性について打診していたから、こちらの話もスムーズにまとまり、メンバーも乗り気になっていたわ。
内部的な話が決まると、今度はマスコミを呼んでの記者会見。暫定とはいえ、現在全国リーグ1位のチームが世界初の民間クラブチームとして船出することで、多くの注目を集めた。
マオとナオがチーム立ち上げの経緯や組織としての今後の展望を説明し、マスターと私がスポーツチームとしての抱負を語る。本当は私はできることならずっと隠し玉でいたかったんだけど、組織の役員として名を連ねる以上、表に出ないわけにはいかなくなってしまったの。
公式発表の影響は大きかったようで、その後すぐにノールランド内の会社からスポンサードの申し込み希望がひっきりなしに来た。マオが対応したんだけど、当初予想していた以上のお金が集まってしまい、計画を大幅に修正しなければならなくなったほど。やっぱり全国1位の状況での発表はベストだったわね(笑)。
選手のコマーシャルへの起用の話などもとんとん拍子で決まっていくようで、こちらはナオが選手たちとの仲介に入ってくれた。一番人気はやっぱりジョンモンタナだけど、デヴィッドやトミーにも話が来ているみたい。
ナオは引き続き販売促進部として商品の開発と販売に関わる一方で、コロシアムにおける営業権についていくつかの飲食店と交渉にあたってくれることに。おかげで私はチームの事に専念できたの。
あらためて選手個人個人のフィジカルコンディションを見ながら食事メニューを考えたり、スタートポジションや攻撃パターンのデータを整理しながら、他のチームがどういった設備を持っているのか調査すると、足りないものがいっぱいあることに気づかされた。
チームによってはクラブハウスにリフレッシュルームやプールまで用意してる。というかポルポル王国なんだけどね。一番働いてるドラゴンはこんな施設使えないのにダメエルフどもにムダな投資してんじゃないわよ!
一通り仕事を終えた私が夕方、二階の事務所からお店に下りてみると、平日にもかかわらず大盛況で、お店の外にもテーブルを出していた。ノーブラ人気というよりもマリアさんとリリアさんの人気なんじゃないだろうか?
厨房にはティモニーズの中で最も料理が得意なノーラさんという女性が入ってた。彼女たちは「自分の食い扶持は自分で稼げ」というティモニーさんの教えに従って、率先してやってくれているみたい。
みなさんに声をかけて帰ろうとしたとき、後ろから呼び止められる。振り向くと、トミーがいたの。
「たまにはいっしょに飲もうぜ!」
私も少し話したいことがあったから、付き合うことにした。
「どう? 調子は」
「俺は悪くないけど、お前はどうなんだよ?」
「そうね。みんなに助けてもらってなんとかやってこれてるかな? まだまだ足りないことばかりだけど」
そう言いながら私はエールを一口飲む。そして聞いたの。
「あんた、本当に変わったわよね」
「え? どこが?」
「最近、人の話を聞けるようになったじゃん」
「前から聞いてるよ」
「いーや、前は自分の思い込みだけで突っ走ってただけだったもん」
「ああ、まあ、そうだったかもな」
そう言ってトミーもエールを飲んだ。
「いったい何があったのよ?」
「何もないよ。みんなと一緒だよ」
「どういうこと?」
「クラウゼヴィッツに負けて、悔しい思いをしたから」
「そうか」
「なんで目の前の奴が抜けないのか、不思議だったんだ」
「なるほど」
「あの晩、悔しくて眠れなかった」
そう話すトミーの顔を見ながら私はエールをのどに流し込む。
「マスターとお前が俺たちのくせを調べてくれただろ?」
「あら、知ってたの?」
「そりゃみんな知ってるよ。おかげで俺たちが今、勝ててることも」
「そんなことないよ。みんなが頑張ってるからだよ」
「…………」
「私、みんなが必死に練習しているところ見るの、好きだよ」
「そうか」
「うん。それに、なんていうか……私も、視野が広がった気がするの」
「ん?」
「少し前までは、自分がこんなことしてるなんて想像できなかったけど、マスターに頼られて、マオやナオやティモニーさんに助けられて、ここで今、楽しくやれてる。新しいこと、大変なこともいっぱいだけど、前向きにやれてる。昔の私じゃ考えられないけどね」
「そうか……」
「だからあんたも」
「ん?」
「早く10万ヤード走破して私を迎えに来てよ」
「ああ。そうだな」
そう答えて笑うこいつの反応は、実は予想できてたんだけど、なぜか予想以上に頼もしく思えた。
「ところで俺、気づいたんだけどさ……このままだと50年以上迎えに行けないかもしれないんだけど……」
「そうね。条件甘くしてもいいかな、と思ってる。少しだけ」
「少しだけか……」
「うん。少しだけ……」
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