第38話 ブラフ
こちらの守備が始まる前に、マスターはうちのディフェンスラインの要のクリスを呼んで言った。
「少しブラフかましてやれ」
それだけでマスターの意図を理解したのか、クリスはにやりと笑ってフィールドに出て行ったの。
そして相手の1stダウン、カルナックの指示で敵QBのパスをきっちり防いだ後、相手がタイムアウトを取った。戻ってきたクリスがマスターに報告する。
「あいつら、明らかに動揺してますぜ」
「そうか。これでやつらが黙ったら手数は確実に減るぞ」
ああ、なるほどね。たぶんクリスがプレー直前に相手のオフェンスラインに言ったんだわ。「どうせパスだろ?」とか。で、相手は自分たちの会話がばれてると思って動揺したんだと思う。
これは昔聞いた話なんだけど、オフェンスとディフェンスのラインの間では、ぶつかり合う前に会話、というか駆け引きのやり取りがあるらしいのね。たいていはディフェンス側がオフェンス側に話しかけるんだけど、センターくんの場合は、よく相手に、
「××××××××」
って言われるらしい。センターくんは集中してジョンモンタナにきっちりボールをスナップするのが仕事だから、まったく気にしてないって言ってたけど、クリスの罵詈雑言はひどいようで、怒った相手にぶん殴られることもあったんだって。クリスは相手の反則を取るのが生きがいみたいな奴だから殴られても逆に喜んでるんだけどさ。
ひょっとするともっとエグイことを言ったのかもしれないけど、そのせいで相手は自分たちのコミュニケーションが私たちにばれて、行動を見透かされてると思ったんじゃないかな?
(後からクリスに「なんて言ったの?」って聞いたら「お前ら、マナミーズのダンスと勝負しに来たのか? 酷さでは全然負けてるぞ」だって。それ絶対違うだろ!)
実際、その後のポメラニアンズの攻撃はとても淡白で、わかりやすい玉砕の繰り返しになったの。そして点を取れないまま、ノーブラの攻撃に移ったんだけど、こちらはいきなりワイルドキャットで勝負をかけた。すると相手はジョンモンタナの動きにつられてど真ん中ががら空きになっちゃった。結局ボールを持つベンちゃんが相手のタックルを弾き飛ばしてドカドカ走っていき、いきなりタッチダウン!
「うぉおおおおお!!」
大勢の観客のどよめきがコロシアムを支配し、ティモニーズの声援がこだました。私はさっきのプレーをずっと目に焼き付けていたんだけど、相手は明らかに浮き足立っていたのがわかった。チームのコミュニケーションが制限される中、淡白にマンツーマンに守りに行ったところを思いっきり裏をかかれたせいで混乱したみたい。
その後は完全にノーブラのペースで進み、前半終了の段階で27-0と大量リードを奪ったのね。
ハーフタイムの間、控室で新人たちに聞かれた。
「俺ら、駆け引きの事とか全然わかってないんですけど、大丈夫ですかね?」
「大丈夫よ~。あわてずに目の前の相手をよく見て動けばいいから」
私はそう答えたの。場合によっては今日、彼らの出番があるかもしれないから。もちろんマスターが何を考えているのかは私にもわからない。ただ、最初の試合が選手に与える影響は大きいってマスターは言ってたから、今日の展開なら可能性はあると思ったの。
そして後半、相手は布陣や戦術を変更してくるかな、と様子を見ていたんだけど、何も変えてこなかった。彼らの攻撃は相変わらず前半同様の淡白な動きを繰り返し、うちの守備陣につぶされるだけで、点差はさらに広がっていったの。むしろ私には、ハーフタイムをはさんで敵の動揺と混乱が大きくなっているように思えた。昨日まで繰り返し見た彼らの組織的な動きは見る影もなく、ノーブラに蹂躙されるがままだったから。
その後点差が40-0まで開いた段階で、マスターは新人の投入を決めた。選手の交代は何度でもできるし、私でさえここからゲームの流れが大きく傾くことはないと思っていたから、タイミングとしては絶好だったと思う。オフェンシブラインに入ったロドリゲス(ドワーフ)は目の前のホブゴブリンを自由にさせず、守備に変わった時に入った
彼らの動きがよく見えたのは、相手があまりにグダグダだったからかもしれない。でも練習に参加してすぐの初陣としては、これ以上ない出来だったんじゃないかな。
試合はそのまま60-0でノーブラが完勝した。勝利を喜びながらも、やはりマスターの存在感の大きさを感じずにはいられなかった私は、心のわだかまりを振り払うように選手たちを出迎えながらハイタッチを交わした。
これは後で聞いた話なんだけど、ポメラニアンズに招聘されたマネージャーさん、次の試合の指揮を執る前に解雇されることが決まったらしい。理論派との触れ込みだったんだけど、頑固で選手の好き嫌いが激しかったせいか、たった1試合でチームを崩壊寸前まで追い込んだみたいなのよ。
そう考えるとうちは全体的に人材に恵まれているなと思う。これはマスターの人柄に支えられているところも大きいけど、みんながスポーツマンとしての誇りをもって日頃から切磋琢磨しているし、勝つことで良い循環が生まれている。私たちサポートスタッフが彼らの能力を最大限に引き出していくことができれば、優勝も見えてくるかもしれない、そんなことを期待してしまった。
そしてお店に戻る前に思うのだった。
このまま一万人来ちゃったらどうしよう……。
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