第37話 ゴブリンたちがやってきた!
試合当日、私たちがノール・コロシアムに到着すると、これまでとは全く違う光景に唖然とした。
なんと、観客席が完全に埋まっていたの。最大二万五千人収容できるこのコロシアムが満席になることなんて、これまでなかったから、圧倒されちゃった。
なぜこんなことになったかというと、天気が良くてノーブラサポーターが予定よりも多かったのはもちろんなんだけど、ヌーディスト国から来たポメラニアンズサポーターがめちゃくちゃ多かったのよ。もちろん彼らはみんなゴブリン。
確かゴブリンの国は人口がとても多いんだとか? そういえば彼らはホームで3勝してたけど、きっとコロシアムの観客席はサポーターで埋めつくされるんだろうな。選手にとって声援は凄い力になるし、彼らの強さの一端がわかった気がした。
今回は私もお掃除おばさんの格好ではなくて、ちゃんとユニフォームを着ました。モヒカンは勘弁してもらったけどね。新人の3人はすでにモヒカン。というか彼らはノーブラのモヒカンにかなり憧れていたらしいの。よくわかんないけど、このあたりの感覚が世紀末って感じがするわね。
試合前に、相手チームのメンバーリストを確認すると、まったく聞いたことがない選手名ばかりで、スカウティングは完全に意味を成さないことがわかった。逆に私たちは新人以外はみんなチェックされているわけで、厳しい戦いになるかも。
そんなことを考えながら選手控室にいると、集まった私たち27人に向かってマスターが檄を飛ばした。
「今回の相手は事前情報がない。だが心配するな。お前たちの方が圧倒的に強い!」
「「「「オッス!!」」」」
「圧倒してこい! つぶしてこい! 徹底的に埋めてやれ!」
「「「「オッス!!」」」」
「ファンブルしたのは?」
「「「「ビッグ・ベン!」」」」
「もう勘弁してよ~」
いまだに敗戦のファンブルをいじられるベンちゃんの情けない声が響いて、みんな爆笑した。そして最後にマスターの
「行くぞーーーっ!!」
の掛け声に、
「「「「うぉーーっ!」」」」
と雄たけびをあげて飛び出していく我が精鋭たち。私も最後尾にくっついて行くんですけどね(笑)。
というかみんなのギラついたこの雰囲気、私はもう慣れたけど、新人さんたちはちょっと引いてた。私はベンチスタートのメンバーとタッチをかわしながら、この3人の緊張をほぐしにかかる。場合によっては彼らも出番があるかもしれないしね。
我々のベンチにはいつも通りティモニーズの掛け声が聞こえてきた。だけど今日は向かい側からポメラニアンズのファンやチアリーダーグループの声援も響いてくる。地元の言葉というか、金切り声みたいでまったく聞き取れなかったんだけど、50人規模のチアリーダーの迫力はすごいな。
試合はコイントスの結果、相手の攻撃で始まった。攻撃時の彼らは統制がとれており、判断も動きも素早い。しかも戦術が高度で、コンビネーションを多用してくる。ゴブリンたちは身体は小さいけれど、組織としての動きは一匹の生き物のように連動していて、常にこちらの裏を突こうと迫る。特にトリッキーなショートパスでこちらの守備陣を翻弄してくる。彼らは器用でボールを落とさないから、どんどんボールが回るの。
この動きは過去の試合でチェック済だったし、個々の力で上回るノーブラ守備陣はマンツーマンで対応し、敵から大きくやられることはなかったけれど、相手はどの選手が出てもチームの特徴は変わらないみたいね。近くで見て気になったのは、彼らのへらへらした笑い顔がやけにこちらをバカにしているように見えるところぐらいかな? うちの選手たち、冷静さを失わなければいいけど……。
3rdダウンで相手に10ヤード進まれ、ファーストダウンを奪われた後、マスターは前半最初のタイムアウトを取った。
「どんな感じだ?」
「あいつら特別な言葉で情報共有しているみたいです。何言ってるかわかんないけどキーキーうるさいんすよ」
司令塔のカルナックが教えてくれた。なるほど~、録画じゃわかんなかったけど、ゴブリンの耳でしか聞き取れない伝達手段であの組織プレーは成り立っていたのね。そりゃ、相手チアリーダーの声もよくわからないはずだわ~。
「他に気になることはないか?」
「特にないです。これまでと違ってあいつらショットガンで来てますけど、俺ら慣れてますから」
そう! 私もそこが気になったのよ。今日の相手の攻撃布陣はショットガンなの。前節までは違ったんだけど。ここはおそらく新マネージャーの指示なんだと思う。
フォーメーションについて簡単に説明すると、ショットガンは通常の布陣よりもQBの位置がかなり後ろなのね。マイナススタートだから前進するためには相当距離を稼がないと損しちゃうわけ。だけどそのかわりQBサックを受けにくく、視野を広くとれ、相手の守備の穴を見つける余裕があるなど、臨機応変な行動をとりやすいの。
敵の新マネージャーはおそらく小柄なゴブリンの攻撃陣の視野を確保するためにQBを後ろに下げたのね。だけどノーブラの攻撃陣もショットガンだから、うちの守備陣は練習で対応に慣れてるのよ。それにゴブリンたちの機動力と連携を活かすのであれば、前回までのフォーメーションで勝負したほうが良かった気がするんだけど、何か特別な策があるのかしら?
タイムアウト終了後、相手は選手を入れ替えてきたけれど、フォーメーションは変えてこなかった。カルナックは敵の動きをしっかり見極め、パスの出しどころを抑えるようチームメンバー指示しながら彼らのランを止めにかかる。ディフェンスラインも大柄なホブゴブリンのオフェンスラインに負けず、隙を与えない。そうやって相手の進撃を止めると、彼らは距離が稼げなくなり、得点も奪えないまま攻撃権がこちらに移った。
交代で入ってきた相手の守備陣もこれまで試合に出たことのない選手たちばかり。でもこちらの攻撃にはしっかり対応してきた。私はここでようやく敵マネージャーの意図がわかった。彼はおそらくノーブラの方が格上だと考え、守備を破たんさせないよう、こちらの攻撃に対応する練習を一週間みっちりこなしてきたんだと思うの。きっと守備から考えるマネージャーなのね。だから攻撃陣も守備陣も紅白戦でショットガンを練習してきたんだと思う。でも、せっかく人数いるんだから、その攻撃陣までそのまま試合に出す必要はないと思うんだけどね……。
そんなわけで我々も点を取れないまま、再び相手の攻撃の番に。
そしてその時だったの。何かがひらめいたかのようにマスターが顔を上げたのは。
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