第28話 この先生きのこれるか?

 翌日マスターに聞いてみたの。昨日、どうやって相手のサインを見抜いたのかを。答えは非常にシンプルだった。彼は相手マネージャーのキーンさんの動きを逐一見ていたんだって。相手は自分たちのQBの動きが読まれてたことは察知できたけど、サインの出し手までは気が回らなかったらしいのね。


 私を清掃員にしたこともそうだけど、実はマスター、このことは想定していたらしくて、召喚されて日が浅いキーンさんは選手たちと時間をかけて打ち合わせることができないから、ベンチサイン自体は単純なものになるはず、とふんでいたらしいの。だから試合が始まって私が相手QBを見ていた時から、彼はずっとキーンさんの動きを観察してたんだって。それで相手の動きは全部お見通しだったというわけ。でもマスター、相手ベンチの中まで見えるなんて、おっさんなのにすごい眼してるわね。


 試合の翌日は練習は休みなんだけど、マスターは別件で用事があったらしくて、打ち合わせはできなかったの。その間に私はいろいろ考えた。もちろんチームのこと。


 確かに我々ノーブラは現在1位。だけど私は、このままの順位でシーズンを終えられるとは思っていない。むしろ今の状態だと、持ってあと半月だと見ているの。


 なぜかというと、他のチームと比べて選手層が圧倒的に薄いから。昨日の試合で思い知らされたんだけど、結果はともかくとして後半に新しく入ってきた選手は本当に脅威だった。組織力って言葉で表現するのはなかなか難しいんだけど、人数が多いということはそれだけで大きな武器になるんだな、と私の立場だと感じたのよ。仮に昨日の試合も後半にリザードマンのラインを交互に使ってこられたら確実にもっと苦戦していたと思う。でもなんでそうしてこなかったんだろう?


 そこに思い至った私は、他のチームのリザードマンの動きも調べてみたの。すると彼ら、後半のパフォーマンスが前半に比べて極端に落ちることがわかった。なぜかはわからないけど。ひょっとするとあの人たち、夕方の気温の変化に弱いのかしら?


 話を戻すけどスポーツって、応援しながら見ているとどうしてもトミーやロナルドのような個の強さやジョンモンタナのようなエースQBの華やかさが目立つのよね。


 だけど現場を知った私は、スポーツっていうのは前半と後半トータルで選手起用を考えるべき緻密な組織戦であって、しかも相手のスカウティングや事前準備を考えると長期的な組織運営が必要だと感じたの。そういった意味で言うと私たちはまだまだ弱小集団。選手数が他のチームと比べて少なすぎる。たまたま今1位なだけで、今後はまったく楽観できないくらい選手層が薄い。


 仮にこの一年は持ったとしても、翌年のことを見据えるともなれば有望な選手が引き抜かれ、研究されつくされてゲームとして機能しなくなる可能性もある。どんだけネガティブなのよ、と思われるかもしれないけれど、これが偽らざる私の本音なの。もちろん選手たちには言えないけれどね。


 であれば、他のチームの選手を引き抜いたり新人を募集しないのか? という話になるのだけど、このスポーツリーグが立ち上がって1年目の今は難しいみたいなの。


 話すと長くなるんだけど、このリーグってもともと各国の取り決めによって行われる全世界的事業らしいのね。だから選手は国に忠誠を尽くす公務員に近い存在なの。異世界から召喚されたマスターや中途採用のトミー、他のチームで言えば傭兵のリザードマンなんかは別扱いらしいけど、いずれにしても今年に関しては国家予算から選手たちの給料が支払われているから、うちのような貧乏な国には厳しいんだってさ。


 マスターとかは国を信用していないからこの仕組みは来年には瓦解するかもしれないって言ってるけど、現段階ではうちは傭兵を雇う余裕すらないらしいのね。


 というわけで、私はその予算を生み出す方法から考えることにしたの。例えばコロシアムでの観戦自体は公共事業だから今のところ無料なんだけど、そこに飲食店を出してテナント料を徴収すれば、選手1人分の給与くらいは捻出できるかもしれない。


 他にもノールランドの企業とタイアップしてコロシアムに広告を掲載することで、スポンサーを獲得できるかもしれない。


 え? そんなのスポーツ組織の運営として当たり前だって? なんでそんなことをこれまでやってこなかったのかって? 戦争が終わったばかりで復興にしか目が向いていない国にはそんな余力はなかったし、チームを引っ張ってきたマスターにはその考えはあったらしいけど、彼はこの世界に来たばかりだし、組織として運営できる人や、営業できる人がいなかったのよ。ましてや今の順位を予想できる人なんて……。


 今のうちになんとかするべきじゃないかと思った私は、マオとナオに相談したの。するとマオは、BブラウザーBバックス販売促進部として国と正式に話をして、活動の枠組みを決めようって。行動プランを立てて、営業先の候補を調べておくから、マスターと一緒に交渉に行こうって言ってくれた。ナオは収益の使い道として、どの程度の選手を採用するのか、その結果チームの年間順位をどの程度見積もれるのか、その上で国に対する経済効果はどの程度見込めるのか、内部資料を作るべきだし協力するって言ってくれた。二人ともお店もいそがしいけれど、頑張ってくれるって。



 次の日私がマスターにこのことを話したら、おおむね同意してくれた。ただ、意外だったんだけど彼は傭兵を雇うことだけはあまり乗り気ではないみたい。彼自身、組織の中でレギュラーポジションを獲得するため熾烈な競争を勝ち上がってきた人ではあるけれど、チームの人数を増やすことにはメリットとデメリットがあると思っているみたいなの。特に彼が懸念しているのは、異種族を入れることによる内部不和の発生で、仮にリザードマンとかがうちのチームに入ってきたら、これまで努力してきた選手たちのモチベーションが下がるんじゃないか? って気にしてた。


 なので私は今回の試合で感じたことを言ったのね。ダークダックスがリザードマンをうまく機能させているように思えたことも。データとしてほかの選手たちを納得させられる根拠が出せて、優勝を目指すことを理由にした補強を行うのであれば、選手たちも納得するんじゃない? って説得したの。


 彼は一晩考えさせてくれ、って言った。


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