第29話 国との交渉

 翌日マスターは、条件付きで傭兵の採用を認めてくれた。実は彼は、今の選手たちの持久力はトレーニングでまだまだ向上するから、戦い方次第で上位に食い込めると考えていたらしい。確かにうちのチームの平均肉体年齢は他のチームよりも5歳くらい若いのよ。もっともこれは戦争でノールランドの成人男性の多くが亡くなった影響が大きいんだけど……。


 とはいえ、マスターもうちが優勝争いにからめるとまでは考えていなかったみたい。だからこれまで補強を考えなかったわけではないらしいんだけど、仮に傭兵を採用したところで優勝まで手が届くとも思えない、と算段していたんだって。正直ここまで良い結果が出るとは思ってなかったんだって。


 でも後ろ向きだった理由は「めんどくさいから国と交渉とかしたくない」というのが本音みたい。だからそういった交渉を私たちが担当するのであれば、是非やってくれ、って言われたのよ。


 私と彼の考え方に違いがあったのはある意味当然なんだけど、選手たちの伸びしろやフィジカルコンディションについてはマスターのほうが専門で詳しいわけだし、そういう考え方もあるんだな、と勉強になった。


 お昼にお店に入ると、マオが作ってきた企画書を見せてくれた。そして予想以上に可能性があることにびっくりした。彼女はすでに役所に連絡をとってくれていて、明日私たち3人で訪問することになったの。本当は4人で行くってアポをとってくれていたようなんだけど、あのおっさん、絶対行かないだろうからね。練習もあるし。


 あ、そうそう、私のスカウティングの仕事は結局、ジョンモンタナとカルナックに頼んだのよ。二人とも司令塔として知っておかないといけないからやるよって、率先して引き受けてくれた。しかも今後私とマスターの作戦会議にも出るって。選手たちに渡す予定のデータはみんな勝手に見てるし、マスターに渡す資料しか必要ないなら、自分たちでまとめて意見交換しようって言ってくれたの。なんかすごい優秀な生徒みたいでビビったわ。


 カルナックって若くて見た目スマートなんだけど、戦争当時は地元の自警団を組織していたらしく、かなりの親分肌なの。人間ヒューマンだしまだ20歳前後のはずなんだけど。戦争が終わるとティポーやベンちゃんを引き連れてノーブラに入ってきたんだって。視野が広くていろんなことに気がつくし、面倒見もいいから本当に慕われているんだと思う。トミーのこともかわいがってくれてるみたいだし。というかうちのチームって種族とか関係なく、みんな仲がいいのよね。


 そんなわけでチームのことを彼らに任せた私は、ナオと役所に提案する内部資料を作ることに。ノールランドの規模で考えると、現在の10国リーグで上位3位までに入ることができれば相当な経済効果が見込めることがわかり、その可能性をアピールするために私とナオは計画を練りに練ったの。


 そして次の日、私たちホークル3人娘が役所を訪問すると、なんと先方担当者もホークルだった。私はうれしく思いつつも、若干微妙に感じたの。確かに同種族で話がしやすい、というのはあるけど、ホークルってノールランドでも一般的に地位が低いイメージがあるのよ。私が言うのもあれなんだけど、彼が担当しているスポーツ事業って、役所の中でも軽く見られているんじゃないかなってちょっと思っちゃったの。


 だけどね、その役人の彼もまた勇者というか、仕事に情熱をかける人だったのね。最近は仕事が忙しくてコロシアムに足を運べてないって言ってたけど、うちの選手の名前もよく知ってて、ババンガバンバンギダの大ファンだった。そのせいか私たちからの提案にも真剣に耳を傾けてくれていたの。


 ところが、その彼に言われたのが、


「この話って、国、関係なしでできませんかね~?」


 その言葉にショックを受けてしまった私は、その後の難しい話は耳に入らなかった。マオとミオが対応してくれたんだけど、要するに以下のような話だったらしい。



 ★★★



「え? どういうことですか?」


「現在ノールランドでは自国の経済を推進するために企業活動を積極的に支援しているのですが、その枠組みに組み込めないかな、と」

「ちょ、ちょっと待ってください。ノーブラって、国の組織ですよね?」


「実はまだそこも決まっていないんです」

「は?」


「各国首脳とうちの国が召喚したマネージャーとの話し合いで決まった条約に基づいて取り急ぎスポーツチームを立ち上げたのは事実なのですが、具体的な事ってまだ決めてないんですよ」

「じゃあ選手たちの給料はどうなってるんですか?」


「今はあくまで国からの補助金という形で出しています」

「……」


「だから、今年は半官半民ってことで、組織として形になったらいいな、と思ってたんですが、すでにその運営母体もあるわけですし、完全民営化でいいかなって」

「え? 運営母体って?」


「あなたたちです」

「ちょっと、無責任な!」


「あれ? 意外ですね」

「何がですか?」


「これって、めちゃくちゃチャンスじゃないですか?」

「どこがですか?」


「国としては今後数年は最低額の補助金は出しますし、コロシアムの使用についても優先的に扱います。税制の優遇措置もある。それ以上口出しはしませんので」


「つまり……私たちに会社を作れ……ってことですか?」


「はい。法人であれば一定額の貸し付け枠も準備できますし、許認可的に判断が必要な案件は相談していただければ対応しますので」


「企業としてチームを運営しろってことですか?」


「というかですね、我々、以前から言われていたんです。召喚したマネージャーに。国にあまり口出ししてほしくないって。実際それでチームとしても結果が出ている。だから国としても積極的に介入することはこれまで考えていなかったんです」


「うちのマネージャーがそんなことを? じゃあ選手の人事権とか全部マネージャーが握ってるんですか?」


「そうですよ。それ以前に我々はまだ彼が補助金を何に使っているのかすら把握していませんし」


「そうだったんですか!!」


「我々は補助金の使用目的とその結果さえわかれば口出しはしませんから。もちろん年間単位で利益が大幅に出るようであれば徐々に補助金は減らしていきますが」



 ★★★



 とまあ、私にはよくわからない話し合いがあったようなんだけど、マオとナオの説明によれば、国としては「ノールランド・ブラウザーバックス」というチームを運営しているのは、マスターと私たちだという認識らしいのね。役人の彼は酒場の存在を知らないようで、なんとなく


「補助金でマスターが作ったチーム組織 ⇒ 選手と運営スタッフ(私たち)」


 という形で選手や私たちに給与が支払われていると思っていたらしい。だけど実際は


「補助金でマスターが作ったチーム ⇒ 選手」

「補助金でマスターが作った酒場  ⇒ ウェイトレス(私たち)」


 という形で給料が出ている、と。そこまでして自分のお店を持ちたかったのか! マスター、あんた最高だよ(笑)。


 あれ? ならば、補助金で作った今のお店も全部チーム組織の所有物にすれば、お店の収益で私たちを雇うように傭兵を採用することもできるってことか。


 なんかすごい話になって……きた?

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