第5話 スポーツ選手には頭の良さが求められます

「おい、ミオ」


 突然オーナーに控室に呼び出された私。


「なんでしょうか?」

「トミーくん、頭はいいのか?」


「ぜんぜん。よく計算間違えますし」

「どの程度?」


「桁を2つ間違えることなんてざらです」

「うわぁ」


 おっさんなマスターの乙女チックな反応に少し吹いてしまった。


「だいたいあの子、人の話聞かないですからね」

「というかこれまで店に損害出していないのか?」


「いつも私が平謝りですよ。会計や仕入れを任せたら絶対ダメです。あの子には」

「なんかすまんな」


「いえいえ、でもフットワークは軽いですよ」

「フットワーク?」


「結構な仕事量こなしてくれます」

「働き者ってことか?」


「まあそうです。おかげで助かってはいます」

「なんかひっかかる言い方だな」


「一度に3つ以上仕事を覚えられないんです、あの子」

「じゃあ仕事が終わるたびにお前が指示しているのか?」


「はい」

「一度に用事を3つ以上言いつけたらどうなるんだ?」


「最後に言った仕事だけ取り掛かりますね。覚える気がないみたいです」

「ふむぅ」


 実はマスター、あの日からはノーブラのマネージャー業にかかりきりになってしまい、お店の事は私がほとんど切り盛りしていた。なのでトミーくんのことはあまり知らなかったのだろう。


「だから私が食器洗いを教えるのに『洗って、拭いて、棚に戻すの』って言ったら、いきなり棚に戻しやがって」

「そりゃダメだろー!」


「ただスポーツのことは詳しいですよ。うちの選手の特徴もよく把握してますし」

「でもなミオ、スポーツは頭の良さが求められるんだよ」


「え? そうなんですか?」

「あたりまえだろ! 複雑な戦略と戦術を理解しないとできないんだよ」


 私はびっくりした。このチリチリパンチロンゲの髭じいさんのどこから戦略と戦術という言葉が出てきたのか信じられず、一瞬耳を疑った。というかスポーツって頭使うの? 脳筋じゃダメなの? というかモヒカンさんたち、みんな頭良かったの?


「だけどマスター、優秀なスポーツマンの中にも肉離れのことをミートグッバイって訳した人がいたってマスターが昔……」

「それはもう言ってやるな」


「でもルールが覚えられるんだったらスポーツできるんじゃ?」

「あのな、トップレベルの選手には本質的な頭の良さが求められるんだ」


 私はびっくりした。このむっさいチリチリパンチロンゲの髭ボージジイのどこから本質的な頭の良さという言葉が出てきたのか信じられず、一瞬耳を疑った。ここでいう頭の良さって、頭髪とは関係ないよね? 確かにマスターは永遠にハゲそうにはないけどさ。というか毎日セットにどれだけ時間かけてるのか気になるんですが……。


「ミオはお店に立っていても『そろそろあのお客さんがお酒を追加注文するな?』とか見てるだろ?」

「見てますね」


「トミーくんはそういった気が利くのか?」

「ぜんぜんダメですね」


「じゃあチームに今回昇格させるのはトミーくんじゃなくてミオの方にするか」

「なんでそうなるっ!」


「チームメンバーが足りないことは事実なんだ」

「そういう問題ではないっ!」


 考え込むマスター。いかん、これはトミーのアピールポイントを売り込まねば。


「そういえばトミーくん、足はめちゃくちゃ速いですよ」

「どの程度だ?」


「犬と競争して勝つ程度には」

「むしろ犬と競争しようと思う方が間違っていると思うが?」


「だってスポーツって足の速い選手が有利なんじゃないんですか?」

「まあな。でも背が高いほうがいーんだよな。ボールをキャッチするのに」


「なるほど。じゃあ、ポジショニングでカバーすれば良いのではないでしょうか?」

「トミーくん、ポジショニングはいいのか?」


「うーん、だいたい私かお客さんが居てほしくないなーと思うところに居ますね」

「最悪だな……」


 しまったー! トミー下げしてどうするーっ!! 私が選手になる未来だけは絶対避けたいのにーっ!!!


「と、とりあえず、トミーくんがどういった選手になりたいのか、私がそれとなく聞いてみますね。それから判断しても遅くないのではないかと」

「わかった。ところでミオはどういったポジションの選手が好きなんだ?」


「え? それはやっぱ、QBですかね」

「そうか……」


 はいそうですー、QBしか知らないんですー。


「ミオはQB候補か……」


 あの、マスター、私の「好き」という言葉をいったいどういった意味でとらえられたのでしょうか?




 店内に戻ると、トミーはほうきで床を掃いていた。だから掃除は上の方からやりなさいって言ったのに……。


「ねえトミー、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「え? なんだ? 俺のやりたいポジションか?」


「うん、そうなんだけど……というかなんであんた知ってんの!」

「いや、なんとなくお前には言っておきたくてさー。おれ、WワイドRレシーバーやりたいんだよね~」


「WR?」

「パスされたボールを追っかけてキャッチする役」


「ああ、あのフリスビー犬の役?」

「ま、まあ、そうだ」


 そういえばD&D戦の前半戦で、QBのジョンモンタナがボールを投げて、それをノームのデヴィッドが走ってキャッチしたシーンがあったっけ? エルフの女の子たちはみんなジョンのことをほめてたけど、私にはキャッチのほうが難しそうに見えた。


 確かにこの子、動体視力はいいのよね。お店に来てからちょっとの間しか見てないけど、机から物を落としたことがないの。いや、あるんだけど、落下中に手で拾うのよ。だからグラスも割ったことない。そういう意味ではボールもきっちりキャッチできるの、かな?


 いずれにしても、マスターに進言してみるか。

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