第4話 プレイングマネージャー

 私は一瞬、目が点になった。

 元スポーツマンとはいえ、マスターは相当なおっさんだし。しかも相手はドラゴン族だし。


 だけど、本当に驚いたのはそれからだったの。


 マスターがジョンモンタナくんの代わりにQBに入ってゲームが再開された。当然私はこのQBという略称がなんなのかはわかっていない。お客さんが言っているのを聞いただけだから。ただ、司令塔ポジションであることは間違いないみたい。


 で、相手と対峙するドワーフのセンターくんからマスターにボールが投げこまれ、マスターが受け取った時には、相手のドラゴン族の男の首はマスターの目の前まで伸び、ボールを奪い取ろうとしていたの。


 私が思わず手で目を覆い、指の先からのぞいたところ、マスターはドラゴンの一撃を寸前でかわしていた。そして、彼の首の横で平然と立っている。あたかも挑発するかのように。最初の攻撃をかわされたドラゴンはその赤い目を動かしてマスターの位置を見据えると、今度は口を開いて再び至近距離から襲い掛かった。


 ところがマスターは、その一撃もぎりぎりで巧みにかわす。まるで魔法でも見ているかのようだった。信じられなかった。これがスポーツマンなのか? これが技術なのか?


 マスターはドラゴンをあざ笑うかのように立っている。他の選手はみんな相手の選手をマークしており、そこではマスターとドラゴンの一騎打ちの様相を呈していた。これがスポーツなのか?(←違います)


 業を煮やしたドラゴンは大股で走りだし、マスターを踏み潰しにかかる。そしてそれをかわしたマスターの横から今度はドラゴンのしっぽが横なぎされた。


 これもかわす、と思いきや、違った。マスターは最初からこのタイミングと時間を狙っていたの。


 ドラゴンにしっぽを叩きつけられたマスターはボールを抱えたまま吹っ飛ばされ、たちまちゴールイン&タッチダウン!


 あ、タッチダウンは相手の最終陣地にボールを持ち込むと得点になるってことね。それぐらいは私にもわかるのよ。


 マスターが自らの命と引き換えにチームに逆転をもたらすと、そのまま試合終了。喜ぶノーブラの選手たち! うなだれるドラゴン! わりとどうでもいいダメンズ!


 その後、相手チームチアリーダーたちの切れのあるダンスを堪能した私たちは、しばらく互いにスポーツの素晴らしさを語り合うのでした。




 結論から言うと、マスターは生きてました。ただ、過去にフッボル選手として危険の多いポジションで、手にしたボールをこぼさない訓練に明け暮れていたマスターにとっても、今回の逆転劇は一度に天国と地獄を味わうプレーだったみたい。でもやっぱり私には理解できなかった。自分の命を何だと思ってるのかしら?


 マスターは「少なくとも回復魔法という存在がなければこんな暴挙には出なかった」と自分で言っているあたり、本人自身も無茶した自覚はあるように見せているけど、私はあんまり信じてない。どうせやっちゃうタイプの人だしね。



 そんなわけでマスターには翌日もきっちりと店に出てもらうことができ、私もその加護の元、安全にお仕事をしていたのです。モヒカン選手たちに昨日の激闘の疲れを癒してもらうために。


 ところがその日だったの、勇者が来たのは。


「俺もノーブラに入れてくれ!」


 店のドアを開けて入ってきた男の子がそう言ったの。


 彼、いや、その勇者は私と同じホークルでした。ホークルって、体は大きくないけど勇敢というか、向こう見ずなところがあって、私の友達とか普通の女子もそういった男の子に憧れるもんなんだけど、私自身はどちらかというとそんな子は苦手だったのよ。え? 顔? 私自身が器量悪しだからそんなこと言える立場じゃないわよ。


 で、ノーブラのメンバーにはホークルなんていなかったの。その当時でエルフ3名、ノーム5名、ドワーフ8名、人間ヒューマン6名だったから、彼がメンバーに入ればうちのチームとしては初めてのホークルプレイヤーなわけだけれど、体格的にも性格的にもうまくやっていけるのかしら?


 そう思ってマスターの顔色をうかがうと、マスターは彼をじっと見て、その後私を見て、思いついたかのように紙に何かを書くと、店の外の求人の張り紙の上に張り付けたの。そこには


「スポーツチーム、ノールランド・ブラウザーバックスのチアリーダー急募!」


 と書かれていた。


 あー、やっぱD&D戦でうらやましかったんだねー。その気持ち、私としてもわからなくもない。やっぱ美人エルフに集まって来てほしいよね。


 で仕事に戻ろうとしたときだった。


「おい、俺、ノーブラに入りたいんだけど!」


 ああ、そういえばいたわね、あなた。マスターは表情を変えずに奥にいったん引っ込むと、この店のウェイターの衣装を持って出てきた。


「いや、そうじゃなくて、スポーツがしたいんだよ!」


 彼が顔を真っ赤にして訴える。マスターはそれまで思いっきり勘違いをしていたようで、しばらく彼の身体を眺め、少し会話していたが、結論から言うと、彼はとりあえずこの店で働きながらノーブラのトップチーム昇格を目指す候補生になったみたい。つまり私の同僚になったの。


「よろしくな! 俺、トミー」


 爽やかに挨拶されて少しドキッとしたのは内緒だが、この店では私が先輩なのでいろいろと教えなければならない。お酒の仕入れや料理の買い出し、食器洗いからお店の掃除まで、丁寧に指導することになった。


 というわけで次回はこのトミーのお話です。勘違いされたら困るから先に言っておくけど、私の言う「勇者」って蔑称だからね。

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