第3話 試合開始

 今となってはよい思い出なんだけど、私がこの店で働くようになって初めて迎えた試合当日、マスターはお店に来なかったの。なんでも彼はノーブラのマネージャーという立場の関係者らしくて、当日チームに帯同しなきゃいけないみたいなのよ。だから従業員を募集していたのね。


 というわけで試合の日のお店は私が切り盛りするんだけど、一人だから超大変。見た目怖いお兄様方はいらっしゃらないんだけどさ、私にはマスターみたいにお酒をしゅっと投げるテクニックもないし(一度試して無残な結果になったのは内緒だ)、水晶玉の設定とかも最初は覚えなくちゃいけないことがたくさんで苦労した。ましてや試合の流れを見て楽しむなんて余裕はなかったな。


 で、試合のある日は試合開始前からお客様がちらほらと集まりだして、開始間際にはほぼ満席になっちゃう。オーダー受けてお酒作って料理作って伝票作ってお会計して席ないんですごめんなさい言ってとか一人でやってると死ぬほど忙しいし、試合を見るどころじゃないのよ。今でこそだいぶ慣れてきたのと顔なじみのお客様が増えたおかげでずいぶん楽になってきたけどね。


 ちなみにスポーツのルールは私もまだよくわかってません。レザーアーマーにフルフェイスのかぶとをかぶった屈強な男たちが大勢フィールドに出て、楕円形のボールを奪い合う感じです。お客様はそのあたりよく知ってるらしくて店内には専門用語が飛び交うんだけど、私、いまだになんとなくしかわかんないんだよね~。


 お客さんはみんなノーブラのファンだし、紳士的で種族とか関係なく仲良し。ドワーフの集団も来ればエルフのカップルも来るし、老若男女入り混じって(というか、エルフとか見た目で年わかんないんだけど)楽しんでる。ノーブラが点を入れた時はお店の中の感情が一体化するかのような盛り上がりを見せ、知らない人たちともハイタッチの嵐。逆に点を入れられるとお通夜みたいな空気に支配される。


 私がここで働き続けていられるのも、実はこの雰囲気が好きだからなんだと思う。平和じゃなかった昔は種族間でもいろいろとギスギスしてたし、今でもみんな、心のどこかにわだかまりがあるのかもしれないけれど、ここに来ればそんなこと関係ないというか、楽しむ目的を持った仲間なんだよね。


 もちろんたまに微妙な発言をする人もいるけど、そんな時はたいてい周りの人がたしなめてくれるし、常連さんは初めてのお客さんにも優しいし、お客さん同士で喧嘩になったことは私の記憶ではこれまでなかった(店の外でやってくれてるのかもしれないけど)。チームが多種族で構成されてるのもあってか、不思議なほどみんな仲良しです。戦乱の世紀末を乗り越えた人たちが大人の付き合いをしてるって感じ。


 え? オープンハート様? もちろんお客様ですよ。私が誤解していただけです。お店の売り上げの1割くらい貢献していただいております。選手には怖がられているみたいですが、女子力の高い素敵なおじ様です。



 というか今日は、D&D戦のお話でしたね。私がこのお店にきて初めての試合だったんですが、相手の国のコロシアムに遠征だったのね。だからお客様がめっちゃ多かった。そりゃそうよね。自国開催の試合だったらみんな、コロシアムに見に行くもんね(実際はそうでもなくて、試合当日にご来店されるお客様も結構いらっしゃいます)。


 水晶玉に表示された相手選手のいでたちはノーブラとは色違いのレザーアーマーとかぶとなんだけど、どちらかというと屈強な連中じゃなくて優男だらけなのよ。ノーブラの選手はドワーフ率が高いんだけど、D&Dはなよなよしたエルフっぽい男が多かったのね。ちなみにダメンズの意味を私はよくわかってない。


 で、試合が始まるとそんな優男どもに対し、ノーブラの選手たちのタックルが容赦なくさく裂し続け、一方的な展開になった。いつもここでお酒を飲んでる選手たちが水晶玉の中で雄たけびをあげていたの。店の中でやられるのは少し怖いけど、水晶玉を通して見ると男らしくてかっこいいと思えるから不思議。ダメンズたちをことごとく組み伏せ、ボールをもって前進を続けるノーブラの選手たちに店内のお客さんも大興奮で総立ち。


 点数に大差がついたところで前半戦が終了し、ハーフタイムにお酒と料理の注文が私に集中し始めたちょうどその時、びっくりしたのが、相手チームの応援団。チアリーダーっていうらしいんだけど、スタイルの良い女の子たちが集団でパフォーマンスを始めたのね。めちゃめちゃ切れの良いダンス。すると、水晶玉越しにも現地の応援席が盛り上がっているのがわかった。うちのお客さんたちもガン見してるし。


 そんなこんなで店の雰囲気も良いままに後半戦がスタートすると、相手選手にやたらとデカいのが一人出てきたのよ。身長はたぶん30mくらいあったのかな。ドラゴン族、というか普通にドラゴンなんだけど、彼が入ってきたせいで試合の流れが一変したの。


「うわっ! またサックされた!」

「あいつツエー!!」


 私は調理と料理を運ぶのとお酒を作るのとで忙しくて水晶玉を見れていなかったんだけど、どうやらその相手の大きな選手にことごとくボールを奪われてしまい、我らがノーブラは手が出ないみたい。仕事をこなしている間も店内の空気が徐々に盛り下がっていくのを感じてはいた。


 で、一通りオーダーを片付けたとき、私が水晶玉を見ると、相手に逆転されていたのね。ありゃりゃりゃ~。


 おまけにうちのエースで唯一の美形エルフQBのジョンモンタナ君が負傷退場することになってしまい、彼のファンの女の子たちが絶叫に近い悲鳴をあげていた。


 その時だったの、水晶玉から聞きなれた声が響いたのは。


「代打、俺」


 マスターだったの。ってか、代打ってなんだよ……。

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