第20話 日曜日はみんなで出かけた

 それから数日後、道花がこの学校に入学して以来初めての日曜日がやってきた。

 さらに一週間後の日曜日には決闘が控えている身ではあるが、道花がこの学校にやってきた目的は別に決闘をするためだけではない。

 普通の学校生活を送るためでもある。


 新しくルームメイトになった兎ともどもこの辺りの地理には不案内なので、この日は璃々の案内で町を見て回る約束をしていた。

 元より彼女は町を案内してくれると言ってくれていたので、快くオーケーしてくれた。

 友達の楓も誘って、今日はみんなでお出かけだ。

 道花は兎と一緒に寮の部屋で出かける準備をした。


「兎ちゃんの私服かわいいね」

「道花さんの服も素敵です」

「「………………」」


 何かお互いに褒めあって照れてしまう。兎は可愛いが、道花のは何てことない普通の私服なのだが。


「じゃあ、行こうか。戸締りするね」

「はい」


 二人一緒に寮を出て、校門に向かう。モダンな小道を歩いて到着すると、そこで璃々と楓が待っていた。


「おはようございます、道花さん」

「おはよう、璃々ちゃん」

「おはよう、うさちゃん」

「おはよう、楓」


 友達同士、朝の挨拶を交し合う。璃々と楓はまだ親しく付き合うというほどではなくても、お互いにギスギスしあう空気はかなり減っていた。

 もう少し付き合えば真の友達になれるかもしれないと道花は思う。

 数年来の友達の楓と兎が話し合っている。


「道花ちゃんとは上手くやれてる?」

「はい、仲良くしてもらっています」

「そう、良かったね」


 自分もあんな風に仲の良い親友を作ろう。道花はそう決意するのだった。

 約束したメンバーが揃ったところで、璃々が車の方へとみんなを誘ってきた。


「では、行きましょうか。車で二時間ほど行ったところに大きなテーマパークがありますのよ。夜にはパレードもあって、そこで道花さんとロマンチックな雰囲気に……」

「いやいや、町を案内してくれる約束だったよね」


 テーマパークも心惹かれるものがあるが、今日は町を案内してくれるという約束で集まったのだ。

 いつまでも校門から一歩外に出たら、どこに何があるのか分からず途方に暮れてどこに行けばいいのかも分からないといった状況では困るのだ。

 これでは現世にいながら異世界にいるようなものだ。

 地元民である璃々の案内に道花は期待していた。

 最初に決めた約束を代えるつもりは無かった。


「お金、大丈夫でしょうか……」


 テーマパークと聞いた兎はびっくりして財布を確認している。

 楓が覗き込んで言う。


「今度バイトを探しに行こうね」

「いやいや、テーマパークには寄らないよ」


 中学生なのにバイトを薦める呑気な楓に突っ込みを入れ、道花は名門校の生徒達はみんな金持ちなんだろうかと思いながら最初の予定通りに行動したいと告げると、璃々は残念そうにしながらも頷いてくれた。


「では、駅前の商店街の方へ行きますか。あそこへ行けばいろいろありますから」

「うん、じゃあそこへ行こう」


 商店街の方なら田舎から出て来た時に駅から学校までの通り道で少し見たので全く知らないわけではない。

 通り過ぎながらちょっと見ただけなので、どこに何があるのかまでは詳しく知らないだけで。

 駅前に行くだけなら車は必要ない。

 璃々が運転手と話して車を帰し、彼女の案内で駅前の商店街に行くことにした。

 そう歩くこともなく到着する。

 日曜日の午前中。駅前の商店街は人が結構いて賑わっていた。


「あそこが百貨店であそこが本屋、あっちに行けばアニメイトがありますわね」

「へえ」


 さすが璃々は物知りだ。迷いなく案内してくれる。たまにメモ帳を見ているのは行く順番を考えているのだろうか。

 商店街の曲がり角の店を見て、楓が指を指して言った。


「あそこのたい焼きが美味しいんだよ」


 楓も町で暮らしているので寮住まいの道花や兎よりも詳しいようだった。


「じゃあ、食べてみようか」

「香ばしい匂いがします」


 道花は興味を引かれ、兎が匂いに釣られるように鼻を動かしている。

 せっかくの楓のおすすめなので人数分買って食べることにした。

 食べながら歩き、璃々が通りの向こうのガラス張りの店を指さして言った。


「あそこのクレープも美味しいと書いてありますわ」

「うん、じゃあ、食べてみようか」

「クレープ……名前だけは聞いたことがあります」


 せっかくの璃々のおすすめなのでそれも食べに行くことにした。

 ちょっと行列が出来ていたが、そう待たずに買うことが出来た。

 さすが地元のお嬢様の璃々が勧めてくれただけあって、クレープはおいしかった。

 まだ昼前なのにちょっとお腹が膨らんでしまった。

 それからも璃々や楓の案内で駅前の商業施設を見て回っていると、外の歩行者天国で人が集まっているのが見えた。

 道花は気になって二階の吹き抜けの通路から現場を見下ろした。

 璃々と楓、兎も並んで一緒に見る。

 人の集まっている輪の中心に何か黒い動物がいるのが見えた。


「危ないですから下がってください。下がってください」


 係員のおじさん達が野次馬達を近づかせないようにしている。

 道花が何をやっているんだろうと気にして見ていると、隣から璃々が教えてくれた。


「妖魔が出たんですのね」

「え? あれ妖魔なの?」


 道花にとっては知らない存在では無かった。あの黒っぽい動物とは田舎で何度も会って撃退していた。

 てっきり山にいて畑を荒らしに来る動物の一種だと思っていたのだが。


「まさかあれが妖魔だったとは」

「最近出ることが増えたとお父様が言ってましたわ。もっとも最近出る妖魔など伝説で語られるほどの強さではないので、わたくし達なら何の心配もないでしょうけど」

「うん」

「うさちゃんやあたし達だってあれぐらい勝てるよね」

「倒した方がいいでしょうか」


 兎が氷天弓を出そうとするが、璃々が止めた。


「止めておきなさい。警備員が来たみたいですわ」

「はい」


 璃々の言った通り、現場に制服を着た警備員がやってきた。

 彼は剣を構えると、近づいて振り下ろし、妖魔をいともあっさりと倒していった。

 見世物が終わって、野次馬達が解散していく。


「わたくし達が手を出すまでもありませんでしたわね」

「あれが妖魔か……」

「全然強くなかったね。うさちゃんの活躍が見れれば良かったのに」

「わたしはそれよりもお腹が空きました」

「じゃあ、お昼ご飯にしようか」

「では、一流のレストランに」

「ああ、そこら辺のお店でいいよ」


 それから適当に入った店で昼食にし、昼からもいろんな場所を巡り、ちょっと足を伸ばして地元の観光地にも出向き、近所なのにお土産を買ったりして、道花はその日は楽しい気分で寮に帰宅したのだった。


「今日はいっぱい遊んだなあ」

「遊びましたね」


 寮の部屋で兎と一緒にごろんと横になる。

 次の日曜日にはいよいよ決闘の日が来る。

 別に待ち遠しかったわけではないが、意識するとなんだかその夜は寝付けなくなってしまった。

 電灯を落とした暗い部屋で布団の中で羊を数える。


「羊が一匹、羊が二匹……」


 そうしていると、横の離れたベッドからもぞもぞと兎が立ち上がってふらふらと出て行くのが見えた。


「ん、おしっこ……」


 どうやらトイレに向かったようだ。誰に言うでもなく独り言を呟き、ふらふらとトイレに行って流して、ふらふらと戻ってきて、布団に入ってきた。

 道花の方の布団に。


「ちょっと、兎ちゃん。こっちの布団は……」

「すう……すう……」


 彼女はもう寝息を立てている。起こすのも悪いだろう。

 兎の体温の温もりに道花は緊張が和らぐのを感じていた。


「ありがとう、兎ちゃん。一緒にいてくれて。わたし、この学校に来て良かった。みんなと会えて良かったよ。これからも頑張るからね」


 道花はここであった出会いをありがたく思いながら、心地の良い眠りに落ちていくのだった。



 それからの決闘の日まで道花はみんなと一緒に修業に励んだ。

 学校ではきちんと授業に出て勉強し、放課後には璃々と剣を交えた訓練をし、兎は天剣の力は今は見せない方がいいと璃々に念を押されたので楓と一緒に応援してくれて、寮に帰ってからはそんな兎と一緒にいろいろと話し合ったり格闘の手ほどきを受けたりした。




 そして、いよいよ決闘の日の前日となった夜、校長室に昴と勇一が訪れていた。

 道花のいない場所で校長先生を始め、一同は真剣な顔をしている。

 ふてぶてしく椅子に座る勇一の横で、綺麗に立つ昴が口を開いた。


「いよいよですね、校長先生。道花ちゃんならみんなに光を見せることが出来るでしょうか」

「彼女にしか出来ないことだよ。やってくれないとこの都会は数年後には移転することになるかもしれない」


 二人の話を勇一は無言で聞き流す。

 校長先生が道花と勇一に決闘の話を持ち掛けたのは、何も伊達や酔狂では無かった。

 この都会では数年前から妖魔が増えているという報告が上がっていた。

 今の妖魔など全然たいしたことはないが、それでもかつての伝説を信じる臆病風に吹かれた一部の偉い人達からはこの都会の機能を移転した方がいいのではという話が出ていた。

 冗談では無かった。校長先生は自分の祖先であるかつての天剣の武芸者が開いたこの地に誇りを持っていた。立ち退くつもりなど毛頭なかった。

 移転を考える者達を黙らせるために、天剣の力が今もここにあることを証明しなければならない。

 そのための決闘、そのためのショーだった。

 校長先生の真剣な目が勇一を見る。


「勇一君……分かっているね?」

「分かっているさ。天下の最強の天剣様ここにあり。最弱君はせいぜい良い引き立て役になってみせるさ」


 勇一は軽く片手を振って応じ、立ち上がって部屋を出て行った。


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