第19話 兎に教えてもらうこと
気を失っていた楓はしばらくしてから保健室で目覚めた。
「あれ? あたし何してたんだっけ……」
部屋にただ一人きり。自分以外に他に誰もいない静かな部屋のベッドの上で寝転んで呟く。
あまりにもショックなことがあると人は記憶が飛ぶようだ。
楓は穏やかな気分でいた。
もう残っていた生徒達も帰る時間になっていて、外から聞こえてくる声が小さくなっている。
「道花ちゃんがうさちゃんを連れてきてくれて、久しぶりに会えて舞い上がっちゃったのかな。道花ちゃんには頭が上がらないな……」
カーテンの向こうから入ってくる風が涼しかった。
時計を見て、楓はもうかなり遅い時間になっていることに気が付いた。
「大変、もう帰らなくちゃ」
急いで帰り支度を整え、楓は帰宅を急ぐことにした。
倒れた楓を保健室に運び終わって、道花と兎は再び寮の部屋で向かい合って座っていた。
玄関とかに付いた血は綺麗に洗い流した。最近の洗剤は凄いなと道花は思った。
「着せ替えっこはまた今度にしようね」
「はい……」
あんなことがあったのだ。道花は自分まで楓の二の舞にはなりたくなかった。
兎は残念そうに肩を落としているが、仕方なかった。
道花も残念だったが、ここで倒れるわけにはいかなかった。
「また今度、慣れてきてからにしようね」
「はい」
さて、これから何をしようかと考えていると、今度は兎の方から話を振ってきた。
「道花さんは今度、決闘を行うんでしたね。楓に聞きました」
「うん、再来週の日曜日にね」
「わたしに何か手伝えることはありますか? 出来ることなら何でもやりますよ」
「何でもやってくれるのか……」
道花は目の前に座ってじっとこちらを見つめている兎の姿を見て考える。
彼女は綺麗に座っている。純真な少女だ。
こんな清らかで無垢な彼女に、本当に何でもをやらせるつもりは無い。また楓に倒れられても困るし、自分まであのようになっても困る。
せっかく出来たルームメイトなのだ。これから同じ部屋で長く付き合っていく友達なのだ。
「えへへ」
「?」
何だか意識すると照れくさくなってしまう。これが友達を作るということなのだろうか。
道花はとりあえず当たり障りのないことを頼むことにした。
「兎ちゃんってマッサージとかって出来る?」
「出来ません」
しょんぼりさせてしまった。兎の肩が出来ないことの屈辱で震えているのが分かる。
「わたしはずっと兎殺しの特訓をしてきましたので」
「そっか」
道花だってずっと剣の練習をしてきた。二人の境遇は似たようなもののようだった。
ならばと道花は頼むことにした。
「じゃあ、兎ちゃんの兎殺しって言うの? わたしに教えてくれる?」
「兎殺しをですか?」
兎は驚いたように目をパチクリさせる。
兎殺しは格闘術だ。剣の試合とは関係ない。そう思われているのかもしれない。
でも、道花はここに来て天剣と言い張る斧や弓を相手にして戦っているし、兎に勝てたのは祖父のやっていた投げ技を見ていたからだ。
これから先何が役に立つかは分からない。道花の提案に兎は快く頷いてくれた。
「分かりました。兎殺しを教えましょう」
すぐにやる気になって手を出そうとしてくるのを、道花は慌てて止めた。
「みんなに迷惑を掛けないよう静かにね。暴れたら怒られるから」
「分かりました」
こうしてよそに迷惑を掛けない範囲で静かに、道花は兎殺しを学んでいくのだった。
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