第18話 真のルームメイトが出来ました
寮に戻って今日はもうゆっくり出来るなと道花は思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
ちょっと部屋でゆっくりしていると、ピンポンが鳴ったので道花は返事をして玄関の扉を開けた。
そこの寮の廊下に立っていたのは上品な顔をしたお姉さん、この学校で先生もしている昴だった。
「新しいルームメイトを連れてきたわ。今度はちゃんとした女の子だから、もう追い出したりしちゃ駄目よ」
「え……?」
道花は驚いて先生の横で緊張したように佇んでいる少女を見た。
暗がりにいた彼女は思い切ったように顔を上げて前に出て来てから頭を下げた。
「お世話になります」
「え、兎ちゃん?」
姿を現したのは確かに冬見兎その人だった。だが、なぜ彼女がここに来るのか分からない。
その理由を昴は優しいお姉さんの笑みを浮かべて教えてくれた。
「冬見さんは今日からここの生徒になったのよ」
「え、そうなんですか!?」
「あなた達と友達になる。そう約束しましたから」
「確かに約束したけど……」
それにしても転校とは思い切ったことをする子だなと思った。
「それに楓がここに通っていますし……」
ぼそぼそと目を逸らして呟く兎。友達とはやっぱり同じ学校に通いたいようだ。そっちが本音かなと道花は思った。
話はまとまったとばかりに、昴が朗らかに手を合わせて言う。
「じゃあ、今日から二人はルームメイトだから。仲良くやっていくのよ」
「はい」
「分かりました」
伝えることは言い終えたと、昴は去っていった。
また後のことを任されてしまった。
今度はむさ苦しい男達ではなく、綺麗な女の子だ。
後に取り残された道花と兎はしばらく無言で佇み、
「上がってく?」
「はい」
道花は新しく出来たルームメイトを部屋に招くことにしたのだった。
さて、この新しく出来たルームメイトと何を話せばいいのだろう。
何となく座布団に向かい合って座ってしまった。兎はしばらく経ってから携帯を取りだして打ち始めた。
道花は気になって訊いた。
「何をやってるの?」
「楓にここで暮らすことになったとメールを送ろうと思って」
「そうなんだ」
しばらくして、彼女が携帯を打ち終わるのを待ってから道花は訊ねた。
「兎ちゃんって携帯持ってるんだね」
「中学に入った時に親に持たされたんです。もっと早く知っておけば楓と連絡が取れたのに。惜しいことをしました」
「そうだね」
それでも二人は再会して仲直り出来たんだから良かったと道花は思う。
兎が初めて会った時から着たままの白い制服を見て、道花は気になったことを訊ねることにした。
「それってここの制服じゃないよね? どこ中の?」
「前に通っていた白雪中の制服です」
「ああ、白雪中のか」
それがどんな学校か道花は知らなかったが、楓と兎の話でその名前が出ていたことを思い出す。
自分の着ている服の話をするのは恥ずかしいのか、兎は照れたように話を続けた。
「買ったばかりですぐに替えるのももったいないので、先生に許可をもらって、ここでも着させてもらえることになったんです」
「そうなんだ。良かったね」
兎の言い分はよく分かる。入学したばかりで転校してすぐに制服を替えるのはもったいないと。
璃々みたいな金持ちのお嬢様だったら制服ぐらい何着でも買えるのだろうけど。
でも、道花はここの学生として、それではもったいないと思った。
ここの制服を着た兎も見てみたいと思った。だから、思い切って彼女に提案することにした。
「兎ちゃんはここの制服を着てみたいと思わない?」
「でも、持ってないですし」
「わたしの今着てる制服。これ貸してあげるから、ちょっと着てみせてよ」
「分かりました。お互いに取り替えっこして見せ合おうと言うわけですね。面白そうです」
「え? あ、うん、そう。わたしも白雪中の制服に興味あるな」
何か思ったよりトントン拍子に話が進んでしまった。兎もやっぱり口では平気なように言いながら、みんなと同じ制服に興味があったようだ。わりと素直に乗ってきた。
「では、脱ぎますね」
兎の白い手が制服の上着のボタンを外し始める。数々の兎殺しを発揮して道花を苦しめてきた手がボタンを外していく……
ごくり。
真正面からガン見して道花は唾を呑み込んでしまった。兎が手を止めて、何の邪気もない綺麗な少女の瞳で見つめ返してきた。
「どうしました? 取り替えっこして着てみるんじゃなかったんですか?」
「そうだね。取り替えっこしようねー」
いけない。兎があまりに綺麗だから見惚れてしまった。こんな感情は何て言うんだろう。よく分からない。
女の子同士だから何も疚しいことなんて無いはずなのに。
「無いはずなのに!」
「?」
兎は不思議そうに小首を傾げながらも、上着のボタンを外し終わって制服を脱いで床に置き、さらに下のブラウスのボタンにまで手を出し始めた。
『いやいや、そこまでは言ってないよ!』
止めるべきなのだろうか。それとも、
『もっと行こうよ、兎ちゃん』
鼓舞するべきなのだろうか。道花は迷いながら首を振る。
答えは決まっているのだ。お互いに制服を交換して着せ替えっこをしようと約束したのだ。
ここで約束を破ったら、自分まで楓のように裏切り者だと思われてしまう。
そんなのは嫌だった。純情な兎をこれ以上傷つけたくは無かった。
だから、最初の予定通りに行こう。
「はあはあ、兎ちゃんの制服……違う! こんなのは違う!」
「どうかしましたか?」
「ううん、わたしも覚悟を決めたよ」
「そうですか」
道花は煩悩を払って無心になることを意識しながら自分も制服を脱ぐことにした。
その頃、楓は道を急いでいた。
帰ろうと思っていたが、今は寮に向かっていた。
その原因はさっき入ってきた兎からのメールだ。それにはこう書かれていた。
『道花さんの部屋でお世話になることになりました。なう』
楓は焦りを感じていた。何だか嫌な予感がした。
「どういうことなの? お世話になるってどういうことなの!? おのれ、道花あああああ!!」
これほどの焦りを感じたのは初めてかもしれない。
璃々などほんの小物に過ぎなかったのだ。真の敵は道花。かつてはその強さにあやかろうと箸を戴いたこともあったが、今は敵だ。
許可を取らないと部外者は立ち入り禁止になっている寮に堂々と踏み入り、目的地のドアをノックもせずにいきなり開けた。
「道花あああああ!! うさちゃんの世話をするってどういうこ……」
そこで楓は目を見開いて固まってしまった。
そこに理想郷があったからだ。
愛しの白い妖精さんが制服を脱いだ下着だけの半裸の姿でそこにいて……
「ほぎええええええええええええ!!!」
楓は盛大な鼻血を吹いてぶっ倒れてしまった。
どくどくと部屋の入り口が赤い血で染まっていく。
惨劇だ。
「楓!」
血みどろの現場に慌てて駆けつける兎。赤く汚れるのにも構わず、白い繊細な腕で友を抱き起こす。
楓は力の失われていく掠れた目で兎の顔を見返した。
「うさちゃん……会えて良かった……がくっ」
「楓――――!」
兎が呼んでも楓はもう目を覚まさない。
道花は二人の親友の姿を見ながら、自分が変だったわけでは無かったんだなと。
高まる心臓の鼓動を我慢しながら思ったのだった。
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