第15話 雪の中の死闘
吹雪の中を雪を踏みしめながら道花達は歩いていく。
どこに行けば兎殺しに会えるのか。道花には分からなかったが、とりあえず吹雪の中で前方に薄らと遠く見える校舎の玄関に向かうことにした。
天剣が守ってくれているのか、ほんのりとした温かさに包まれて、あまり寒さを感じることは無かった。
吹雪の中を進んでいき、目指す校舎が近づいてきてはっきり見えるようになってきた。
そこで道花は立ち止まった。雪の降り積もる白い校庭で。
豪と璃々、一緒についてきていた低獄中の男達も立ち止まった。
道に迷ったわけではない。目的地に着いたのだ。
道花は前方の校舎を見上げる。
校舎の玄関の上に張りだした二階のバルコニー。そこからこちらを見下ろしている少女がいた。
吹雪に長い髪をなびかせる。雪の精霊を思わせるような綺麗で整った容姿をした少女だった。他校のだろう白い制服を着ている。
道花に北方の知識があれば、その服が白雪中学の制服だということが分かっただろう。
彼女の手には大きな氷の弓があった。
道花の天剣が反応し、あの武器の正体を教えてくれた。同じく天剣を持つ豪が言った。
「あいつの持っているあの弓。あれは俺の鬼岩斬と同じ。天剣だぜ」
斧だけでなく弓まで剣と一括りにするのはどうかと思ったが、妖魔と戦った時代の昔の人が決めた名前に文句を言ってもしょうがない。
彼らはもう今の時代にはいないのだから。だが、天剣は今の時代にも受け継がれている。
武器の正体を見抜いたのは相手の少女も同じだった。氷のような冷静さを感じさせる少女が口を開く。
「現れましたか、天剣の武芸者。まさか二人も来るとは驚きました」
「へへっ、これでお前も終わりだぜ!」
助けを求めに来た男が威勢のいい声を上げる。おそらく彼女に酷い目に合わされたのだろう。
天剣の武芸者二人を前にしても、彼女の冷たい表情は全く崩れはしなかった。
「構いません。どうせ倒す相手ですから」
静かに告げる少女が弓を構える。吹雪の向きが変わった。さっきまで横に吹いていたのに、彼女の弓から道花と豪の立つ方向へと吹き付ける。
まるで彼女の矢を標的へと導くかのように。
そうと感じた瞬間、凄まじい勢いで二本の氷の矢が放たれた。
「こんなもの!」
「いけない!」
迫る氷の矢。ただの矢では無いことに言いしれない悪感を感じた。
道花はとっさに立ち向かおうとする豪の足を引っかけて転ばせ、自分も横に跳んで氷の矢を避けた。
矢が豪の頭上と道花の横を通り過ぎてすぐ後ろの地面に突き刺さった。
「いてて、何するんだ、道花」
「見て!」
刺さった地面を見て二人して驚く。そこの雪の上に大きな氷の塊が出来ていた。もし避けていなかったら、自分達が氷のオブジェになるところだった。
相手はただの武芸者ではない。天剣の武芸者だ。そのことを改めて意識する。
道花は再び相手の少女に向き直る。彼女は静かにこちらを見下ろしている。すぐに二撃目を撃ってくる気配は無い。
道花と豪が相手の実力を探っているように、向こうもこちらの実力を見切ろうとしているのかもしれない。
立場では剣の届かないこちらの方が不利だ。場所の優位は相手にある。
道花は周囲の状況に目を配りながら、今のうちに訊いておくことにした。
「わたしは春日道花。あなたの名前を教えてもらっていい?」
「冬見兎(ふゆみ うさぎ)です」
名乗りぐらいは武芸者としての礼儀と思っているのか、相手はわりと素直に教えてくれた。
「兎ちゃんか……」
聞いた名前を呟いて、道花はふと気づいたことがあった。その名前に引っかかる物があったのだ。
「あれ? 兎ちゃんってひょっとして楓ちゃんの言っていたうさちゃん……?」
そう、前に楓が言っていたのを思い出したのだ。うさちゃんという凄い武芸者がいると。
瞬間、少女の目がぎらりと光った気がした。
強さを増した吹雪が顔に吹き付け、道花は思わず手で目を庇ってしまう。
それがよくなかった。道花は強い力で首元を掴まれ、雪の上に押し倒されてしまった。
気が付くと、道花はいつの間にか兎に馬乗りにされていた。
距離をいつの間に詰められたのか。離れて見ていた璃々の目には兎が吹雪に乗って飛び降りてきたのが見えていたが、助言する余裕は無かった。
有無を言わさぬ兎の冷徹な瞳がすぐ至近から道花を睨み下ろしてくる。少女の細腕とは思えない強い力が道花の襟元を締め上げる。
「その裏切り者の名前をどこで聞いたんです? 言いなさい」
「それは……」
「兎殺し!」
「!!」
豪が鋭く斧を横薙ぎに振る。馬乗りになって道花を抑え込んでいた兎は判断をためらわない。
躊躇することなく、素早く後方に跳んでバク転して避けていた。
何という運動能力と判断力だろうか。道花は驚愕してしまう。
「ごめん、油断した」
「仕方ないさ。まさか弓キャラのあいつが自分から距離を詰めてくるとは思わなかったぜ」
兎は表情一つ変えずに冷酷に言い放った。
「まあ、いいです。あなた達を倒したら吐いてもらいましょう」
彼女の冷たく怪しい瞳に道花は身震いしてしまう。
臆病風では無かった。武者震いだ。この感覚は嫌いではなかった。
自分は今、明らかに強敵と対峙している。そのことをちょっと嬉しく思った。
こちらは意気揚々と宣言する。
「じゃあ、わたしが勝ったら楓ちゃんと仲直りして、わたし達とも友達になってもらうからね」
「いいでしょう。どうせ勝てるわけありませんから」
吹雪の中に兎の姿が消える。
どこから来るのか、道花と豪は周囲を警戒する。
「くっ」
不意に吹雪の向きが変わった。探ろうとする道花の視界を妨害するかのように向かい風になって吹雪いてくる。
「何なのこの吹雪。さっきから邪魔するみたいに……」
「危ない! 左だ!」
「!!」
豪に言われるまでもなく道花の耳も聞きとっていた。
かろうじて左から飛んでくる矢の音を。下がって避けるすぐ傍を氷の矢が通り過ぎていく。
道花はすぐに飛んできた方向に向かって剣を構えるが、兎の姿はすぐに吹雪の中に消えてしまう。
「何なの、この吹雪、まるで兎ちゃんの味方をしているような……」
「いや、違うな。これはあいつが操っているんだ」
「え!?」
さすが豪は天剣を受け取ったばかりの道花よりも、天剣のことを知っているようだった。
吹雪の中から兎の声がする。
「そうです。これがわたしの天剣、氷天弓のレベル2の能力。それを知ったからと言ってあなた達に何かが出来るわけでもありませんが」
再び弓を引く音がする。道花は身構えるが、なぜか矢が飛んでこない。
豪がいち早く気付いた。
「危ない!」
道花を押し倒し、庇うようにその上に覆いかぶさった。
矢が雨のように上空から降り注いでくる。兎は矢を直接道花達に向かってではなく、上に向かって撃ったのだ。
気づいた時にはもう遅かった。
矢が周囲の地面に突き刺さり、豪の体にも命中した。
「ぐっ」
「豪君!」
豪の体が凍り付いていく。
「済まないな、道花。俺はここまでのようだ。絶対に兎殺しに勝てよ」
そう言い残し、豪は物言わぬ氷のオブジェとなってしまった。
氷の雨が止み、兎が姿を現す。雪のように綺麗で冷たい少女はつまらなそうに言い捨てる。
「まずは一人。天剣の武芸者と言ってもこの程度ですか。せっかくレベル2のことも教えてあげたのに」
「兎ちゃん!」
道花は怒りを露わにして立ち上がる。兎はただ冷徹に見返してきただけだった。
「怒っているのはわたしなんですよ。天剣の武芸者と戦えば裏切り者を倒すための修行になると思っていたのですが、こんな物では何の練習にもなりません」
吹雪が道花に向かって吹き付ける。視界が全て白に染まり、音までも吹雪の中に消えていく。
道花は何とか敵を見失わないように天剣を構えようとするが、視界が白に隠されてしまう。
「終わりです」
告げられる宣告の言葉。動こうとして雪に足を縛られていることに気が付いた。
正面の兎に意識を向けすぎた。悔やむ時間はそう無かった。
氷の矢が飛来し、道花の意識は冷たい氷の中へと閉ざされていった。
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