第二章
第13話 朝から呼出し
次の日、小春日和の気持ちの良い朝だった。
道花は寮から学校へと出かける準備を整え、春の日差しの温もりを感じながら学校への小道を歩いていく。今日はもう寄り道したりしない。
また変なのと出会っても困るし、運動なら昨日たっぷりとした。今日のところは気持ちをゆったりと持って登校することにした。
何事もなく昇降口から校舎内へと入り、同じく登校してきた生徒達の喧騒を耳に流しながら歩いていく。
女の子だらけの学園は朝から賑やかで華やかだ。
道花は自分の学年の教室が並ぶ階の廊下を進み、もうすぐ教室へ着くと思っていたが、そこで昴とばったりと出くわした。
先生である彼女は朝から綺麗なお姉さんの微笑みを見せて道花に話しかけてきた。
「春日さん、ちょうど良かった。あなたを呼ぼうと思って来たのよ」
「え? わたしをですか?」
朝から何の用なんだろうか。道花は呼ばれる心当たりを考えてみる。
決闘のことだろうか。
昨日、他校の不良生徒達と戦ったことだろうか。
彼女の弟である勇一を部屋から追い出したことだろうか。
心当たりはいろいろあるが、責められたら嫌だなと思いながら、道花は先生の話を聞いた。
「校長室の場所は知ってるわね? 今から来てもらっていい?」
「はい」
確認を取らなくても、道花に断る選択はない。
にっこりと微笑む昴の後をついて校長室へと向かうことになった。
昨日来たばかりの校長室のドアの前で昴と二人、立ち止まる。
昨日は一人で来たが、今日は昴と一緒だ。
彼女がノックして扉を開き、道花はどうぞと促されるままに校長室に入った。部屋の中では校長先生の他に勇一も来て待っていた。
意外だなと思って見ていると、昴が給湯ポットの方へ歩いていき、校長先生が席を薦めてくれた。
「今、お茶いれるわね」
「朝から呼び出して済まないね。席へどうぞ」
昴がいれたお茶をテーブルに置いて、道花は校長先生に促されるままに椅子に座った。
隣に座る勇一をちらりと横目で伺う。
昨日寮を追い出して、彼は辺境で暮らすと言っていたが、結局彼はどこに泊まったのだろうか。
道花は追い出した張本人として気になってしまうが、彼を意識しているとは思われたくなかったし、蒸し返したくも無かったので質問する言葉は呑み込んでおいた。
道花は黙って出されたお茶を啜った。良いお茶だと思った。昴が微笑んで見ている。
無言で座る道花と勇一を前にして、校長先生が用件を切り出した。
「決闘の日取りが決まったので伝えようと思ったんだ。再来週の日曜日に行うことになった」
「再来週の日曜日ですか」
ということはつまり、4月中には決着が付けられるということだ。
入学シーズンの忙しい時期だが、ゴールデンウィークをまたがないのは助かる。
道花がのんびりとそう思っていると、隣で勇一がいつものように鼻で笑った。
「へっ、最強様は余裕をかましてやがるぜ」
いつもの彼だ。もう昨日寮から追放したことは心配する必要は無さそうだなと道花は思った。
決闘の日が決まったと聞いても、彼はたいして緊張はしていない様子だった。道花はちょっとそわっとしてしまう。
校長先生は神妙な顔をしたまま話を続けた。
「決闘の当日は人も集まるだろうから、お互いに恥ずかしくない試合をするんだよ」
「はい」
話はそれだけのようだった。
校長先生と昴が目配せを交し合い、道花と勇一は退室を薦められた。
これから授業があるので先生も気を効かせて早めに話を切り上げたのだろう。
校長室を出て、道花は考える。
もしかして決闘って結構大事なのだろうか。
自分は天剣を持っているし、最強とかナンバー1とか何だかよく分からない噂も広がっているようだし、朝からちょっと緊張してしまう。
教室へ向かって歩いていると、ちょっと離れて歩いていた勇一が自分の教室の前で立ち止まって声を掛けてきた。
「俺が倒すまで誰にも負けるんじゃないぞ、最強様」
「もちろん」
教室に入っていく彼を見送る。
もしかして心配してくれたのだろうか。だとしたらちょっと嬉しいなと思う道花だった。
そんな道花のいろんな気持ちは、自分の教室に入るなりいきなり吹き飛んだ。
「おはようございます! 姉御!」
「「「おはようございます!」」」
「お……おは……よう?」
教室の扉を開けたところで道花は首を傾げてしまった。
何故か低獄中の男達が教室にいたからだ。相変わらず不良らしいラフな髪型や服装をしている。さすがにここまでバイクでは乗り入れていなかったが。
柄の悪い男達がいては名門の女子中学校の雰囲気が悪くなるのは否めない。いや、今は一応共学にはなっているけど。
同じクラスの生徒達はちょっとヒソヒソと声を交し合っている。迷惑に思っている人もいれば面白がっている人もいるようだ。
みんなに共通して言えることは、道花が何とかしてくれると思っていることだろうか。
昨日戦った仲とはいえ、道花はちょっと迷惑に思いながら、彼らのリーダー格である豪に訊いた。
「豪君、何でここにいるの?」
「それはもちろん、姉御の舎弟になったからに決まってますさあ!」
「「「何でも言いつけてくだせえ! お役に立ちまっす!」」」
男達は朝からとてもギンギンギラギラとしている。元気なのは良い事だが、むさくるしいことこの上ない。
道花は口をもごもごとさせて、とりあえず今一番役に立つことを言うことにした。
「出ていってくれるかな? これから授業があるからね」
そう言っている間に先生が来てしまった。
最初の授業は昴が教えてくれるようだ。さっき校長室で会ったばかりの彼女が教壇に立った。
「春日さん、授業を始める前にその人達を教室から出してくれるかしら?」
「はい、ただちに」
先生に言われたのならしょうがない。道花は剣の鞘を振って、男達を追い払うように追い立てた。
「ほら、出てって。出てって。出口はあちら。は~い、出てって」
羊飼いってこんな気分なんだろうか。道花は教室にいて山の空気を感じた。
男達を一人、また一人と教室の外へ追い出していく。
みんな追い出して扉を閉めた。男達は名残惜しそうにガラス窓の向こうからこちらを見ていた。
そんな捨てられた子牛のような目で見られても困る。
仕方ないのだ。ここは学校なのだから。
道花は迷いを振り切り、一仕事を終えて振り返ることもなく自分の席へ向かう。途中で席に座っている璃々が話しかけてきた。
「見事な御手前で。わたくしが手を貸す必要もありませんでしたわね」
「わたしの不始末だからね。取っておいてくれてありがとう」
道花が来る前に璃々が手を出していたら、教室でいらない乱闘騒ぎが起こっていただろう。
そう配慮して、璃々は道花に事態の収拾を任せてくれたのだ。
昨日楓と喧嘩になったのを彼女なりに反省したのかもしれない。
そんな友達の心遣いをありがたく思いながら、道花は自分の席についた。
窓の向こうでまだ名残惜しそうにしている男達が気になるが、無視して振り切ることにする。
さて、これから授業だ。ここの教科書は小学校の時より難しいので、気合いを入れて望まないといけない。
廊下に追い出した男達のことがやっぱり気になるが。
散りそうな気を抑えようと思っていると、昴が意外なことを言いだした。
「仕方ないわね。入りたがっているようだし、今日一日だけ入れてあげなさい、道花さん」
「え!? いいの!?」
道花はびっくりして扉の方を振り返る。男達は捨てられた子牛のような可哀想な瞳でこちらを見ている。
さすがに道花の気持ちも少し揺らいだ。教室にいた生徒達や先生も同じ気持ちだったのかもしれない。
道花を見るクラスメイト達の目も入れてあげてもいいよと言っていた。感謝する道花に先生は釘を刺してきた。
「ただし、今日一日だけね。明日からはもう、私が叩き出すから」
「はい、先生」
先生の許可が得られたので、道花は安堵の息を吐きながら立ち上がる。
明日から叩き出すとは穏やかな言葉ではないが、もしかしたら昴は結構強いのだろうか。いつも挑戦的な勇一も彼女を恐れていたし。
ちょっと気になりながら道花は教室のドアを開いた。
廊下にいた男達がどっと道花の前に跪いた。
「ありがとうございます! 姉御!」
「今日一日だけよ。それから姉御って呼ぶの禁止」
「では、何とお呼びすれば?」
「友達なんだから道花でいいよ。それと敬語もいらないね」
「み……みちか……」
「うん」
「よろしくな、道花」
「うん、よろしく。さあ、教室に入って静かにしてね」
こうして変な来客を迎え入れて、授業が始まったのだった。
名門の中学校の授業はやっぱり田舎の小学校よりレベルが高かった。
それでもまだ付いていけないほどでは無い。
道花だってここの入学試験の筆記をクリアしているのだ。そこそこ頭は良かった。
困ったのは低獄中の男達だった。
「何だこれは呪文か!? ここでは魔法の呪文を勉強しているのか!?」
「わけが分からねえ! 何が分からないのかすら分からねえ!」
「これが道花と俺達のレベルの差って奴なのか!」
これぐらいでレベルを語って欲しくないと道花は思う。ちょっと難しいが普通の勉強だ。
「低獄中は偏差値が低いんですのよ」
璃々がこっそりと囁くように教えてくれた。
どれぐらい低いのだろう。道花が気にすることでは無いのかもしれないが。
昴は他校の関係のない生徒にまで教えてやる義理は無いと判断したようだ。
授業中に彼らに声を掛けることはしなかった。
チャイムが鳴って授業が終わる。
教壇を降りてから、昴はやっと彼らに声を掛けた。無慈悲な女神の神託のように。
「これからもこんな授業が続くわ。無理をしないうちに帰りなさい。道花さん、後の事はお願いね」
後の事を道花に任せ、昴はさっさと教室を出ていってしまった。
任されても困るのだが……道花がどうしようと思いながら、蹲って頭を抱えながら唸っている男達を見下ろしていると、豪が顔を上げて訴えてきた。
「大丈夫だぜ、道花! 俺はまだ付いていけるぜ!」
「さすがは豪さん!」
「低獄中の生徒会長にまで上り詰めた男!」
「うん、まあ無理しないように頑張ってね」
とりあえず今日一日は面倒を見ると約束していたので、道花は彼らを教室の後ろに置いておくことにしたのだった。
今日何回目かのチャイムが鳴る。
豪達はよく頑張ったが、さすがに三時間目の終わりともなると、くたびれた古い雑巾のようにぐったりとしていた。
「ぐごごご……」
「ぎゃあああむ」
何だかよく分からない唸り声を発している。
「大丈夫? 無理しないで帰っていいよ」
先生達にはもう道花が面倒を見るということで連絡が行き届いているようだ。
彼らがいることを注意されないのはありがたかったが、道花としては問題を丸投げされている格好になっているので困ってしまう。
「道花さん、ばっさりと斬ってやるのも優しさですわよ」
いつも強気な璃々にまで同情の言葉をもらってしまう。
決断した方がいいのだろうか。道花が考えを決めようとしていると、豪が健気にも顔を上げて言ってきた。
「へへっ、平気だぜ、道花。今日一日は一緒にいるって約束しただろ?」
「うん、そう?」
約束したのは確かなので、やはり今日一日は面倒を見るか。
見捨てるのも悪い気がしたので、道花はそう結論付けたのだった。
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