第12話 意外なルームメイト

 今日は良い一日だったなと、道花はそう思いながら校門から寮へと戻ってきたのだが……

 扉を開けて寮の自分の部屋に入るなり、道花は驚いて口をぽかんと開けて固まってしまった。

 そこに男がいたからだ。寮の自分の部屋に。何故か決闘の対戦相手だと言われた秋風勇一が。

 今回は朝一番に中庭で会った時と違い、上半身が裸でも下にはズボンを穿いていてくれて助かった。剣に集中できる……


「って、そういう問題じゃない!」

「お?」


 彼は入ってきた道花に気づいて振り返るなり、こう言った。


「帰ってきたのか最強少女」

「け……」

「け?」

「決闘ですかーーー?」


 道花に思いついた用事はそんなことぐらいだった。勇一はきょとんとして目を丸くした。


「それは違うぜ。姉貴にここに入れって言われたんだ」

「お姉さんに?」


 その言葉に合わせたのように、勇一の姉、秋風昴が道花の背後から現れて部屋に入ってきた。


「この寮の部屋は元から相部屋なのよ。今までは道花さん一人に使ってもらっていたけど、今日からは二人になるってわけ」

「別の部屋にすればいいじゃないですか!」


 道花はこの寮の部屋割りに詳しいわけでは無かったが、空いている部屋はどこかにあるはずだと思った。

 昴はやんわりと断った。


「駄目よ。片づけや掃除に業者を呼ばないといけなくなるし、この部屋はちょうど一人空いてるもの。寮は二人一部屋が原則決まりなのよ」

「それなら、えっと……」


 道花は何とか断る言葉を考えようとするが、それよりも早く勇一が鼻で笑っていた。


「だから言っただろ、姉貴。こいつは俺を迎え入れないってな」


 お、分かってくれるのか。道花は応援しながら彼の言葉の続きを待った。

 勇一は堂々と姉に向かって言った。


「こいつは自分では頭の良い賢者を気取ってるくせに俺の有能さが分かってないんだ。なのに俺に無能と言うレッテルを張って、この寮から追放したくてたまらないのさ。こいつはそういう奴なんだ」

「えーーーーーー」


 道花はただ男と一緒の部屋になりたくなかっただけなのだが、どこから彼の言うそういった発想が出てくるのか全く分からなかった。

 自分で頭の良い賢者を気取った覚えも無かった。

 でも、言い訳すると自分が彼と同じ部屋にして欲しいと願っていると思われそうなので何も言えなかった。

 昴は綺麗に小首を傾げた。


「困ったわね。じゃあ、勇一は外で野宿かしら」

「フッ、邪魔者は素直に辺境でスローライフを営むことにするさ」


 勇一は荷物を持って部屋を出ていく。

 辺境ってどこだろう。彼の背中を見送りながら道花は考えた。

 この学校の敷地は結構広いしまだ道花の知らない場所もあるので、パッと思いつくところは無かった。

 でも、彼に行く当てがないわけでは無さそうだし、どこかに暮らせる場所があるのだろう。

 そう思っていると、彼が入り口のところで振り返って睨んできた。


「後で後悔するんだな。俺を追放したことを。その時になって俺が本当は必要だったと知っても遅いからな」

「うーん…………」


 彼は最弱を自称しているが役に立つのか立たないのかどっちなのだろう。

 勇一の言い分はよく分からなかったが、どっちにしても男と一緒の部屋になりたくないことだけは確かだったので、道花に引き留める理由は無かった。

 黙って見送ることにしたのだった。


「迷惑かけたみたいでごめんね。弟のことは気にしなくていいからね」

「うん」


 去り際に昴がそう言ってくれたので、道花は後の事は姉である彼女に任せて気にしないことにしたのだった。

 それよりも気になるのはこれからのことだった。

 人がいなくなって広くなった部屋で道花は一人考える。

 今回は追い出せたが、これから誰か人が入ってくればルームメイトが出来る可能性はあるだろう。

 それはどんな人なのかと。


「綺麗で気の合う女の子だと良いな……」


 そう、まだ見ぬ未来のことに思いを馳せるのだった。




 その頃、道花の学校からは遠く北に離れた学校で。

 校庭に白い吹雪が吹いていた。季節は入学シーズンで本州全域で桜の花が咲き乱れるような穏やかな春だというのに、そこだけまるで極寒の冬のように雪と氷に閉ざされていた。

 そんな白の景色に包まれている中を、雪に足を取られながら逃げる男がいた。この学校の学生だろう。まだいきりたい盛りの喧嘩の強そうな少年が今は情けなく悲鳴を上げながら逃げていた。


「ひええ! うわあっ」


 逃げる彼のすぐ傍の木に氷の矢が突き刺さり、彼はびっくりして尻もちをついてひっくり返ってしまった。

 男は吹雪の中で震え上がりながら振り返る。

 吹き荒れる風の中から人影が現れた。氷のように綺麗な、だけど感情というものを感じさせない無機質な美少女だった。

 白い制服を身に纏い、手には氷の弓を持っている。

 雪の妖精を思わせるような白い彼女は何の容赦もなく無言で氷の弓を引く。矢に狙われて、男は震えあがって彼女の足元に跪いて命乞いをした。


「許してくれ! あんたがあの雪原のハンター、兎殺しだとは知らなかったんだ!」


 男の言葉に兎殺しと呼ばれた少女はわずかに眉を動かした。


「あなたはこの辺りで一番強いのでしょう? ならば天剣を知っているはず」


 話が通じることに男は少し安堵しながら言葉を続けた。


「ああ、俺だって強いさ。この学校ではな。だがもっとやばい奴らのいる学校が近くにあるんだ。低獄中といって、最近そこのやばい奴が天剣を手に入れたってまじやばい噂になってるんだぜ!」

「そうですか」


 少女はたいして興味が無さそうに再び弓を引き始める。男はさらに震えあがって懇願した。


「待ってくれ! 俺は役に立つことを喋っただろう! だから許してくれても」

「わたしは裏切り者を許しません。それが誰であっても」


 少女の鋭い嫌悪の眼差しに男は震えあがる。

 彼の悲鳴は長くは続かなかった。

 少女が弓を放つ。氷の世界に閉ざされて、男の絶叫が消えていった。

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