第10話 天剣に選ばれし武芸者達

 会場の入り口から不意に近づいてきた爆音の群れ。

 試合に集中して見ていた周囲の人達が何が来たのかと騒ぎ出した。

 道花と璃々もお互いに打ち合おうとしていた剣を止めて、試合を中断した。


「何か起こったの?」

「さあ? なんでしょうね」


 音の出どころをみんなで見る。周囲がざわめいている。入り口の方にいた人達が道を開けるかのように左右に割れた。

 何かがやってくる。大きな騒音を鳴り響かせて。

 知らない音では無かった。なぜここに来るのかが分からなかっただけで。


 練習場に乗り込んできたのはバイクの集団だった。どこかの暴走族だろうか。学ランを着ているので学生のようだが。この辺りの土地勘の無い道花には地元で活動しているグループのことも他校のことも分からない。


 そっと隣を伺うと首を傾げられた。璃々の知り合いでも無いようだ。

 彼らはどうするのだろうと思って黙って見ていたら、中央を囲むように円形に包囲されて停止した。

 周りにいた生徒達は円の外に追い出されてしまった。


 どうやら目付きの悪い不良少年である彼らが用があるのは道花のようだった。正面からバイクに引かせた馬車のように玉座の設えられた車が現れた。

 そのオープンな椅子にふてぶてしく偉そうに腰かけたのは制服をラフに着た鋭い目つきをした柄の悪い少年だった。番長だろうかと道花は思った。

 彼は真っ直ぐに睨むように高みにある玉座から道花を見下ろしてきた。


「噂のナンバー1というのはお前か」


 道花にはもう本当に何がどう他校にまで噂になっているのか分からなかったが、どうやらそのようなので頷いておいた。

 下手に誤魔化して周りに被害が広がっても困るし、ただの不良少年達を恐れるほど道花も璃々も剣の腕に覚えが無いわけでは無かった。

 堂々と相手を見返した。

 道花の隣から今度は璃々が相手に向かって言った。


「あなた達は何ですの? ここは名門、藤花武芸女学院ですのよ」

「俺達は低獄中の者だ」

「低獄中? 中学生!?」


 学校の名前は聞いたことが無かったが、後ろについていた言葉に道花は驚いた。バイクに乗っているし、もっと年上だと思っていた。まさか同年代だったとは。

 周囲の不良少年達が囃したてるような声を発してくる。


「おいおい、俺達が中学生に見えなかったら何だって言うんだよ!」

「俺達は先公も黙る低獄中だぜ!」

「ひゃっはー!」


 どうやら知能は中学生以下のようだった。


「中学生がバイクなんて乗っていいと思っていますの!?」


 道花がちょっと疑問に思ったことを璃々が鋭く問いただす。


「フッ」


 玉座に座った少年が軽く笑い飛ばし、周囲の不良少年達がバイクの音を景気良く吹かしながら応えてきた。


「いいんだよ。校則で許可されてるんだからな」

「まあ、その校則を作ったのは我らが生徒会長、夏木豪(なつき ごう)さんだけどな」

「低獄中では誰も生徒会には逆らえないんだぜ。先生達だってな」

「なんてこと!」


 璃々は憤慨していたが、道花にとってはどうでもいいことだった。それよりも相手の強さと武器の方が気になっていた。

 それと自分の手にある武器の方も。


「天剣が共鳴している?」


 今まで感じたことの無い感覚だった。璃々との戦いでも眠ったように何の反応も見せなかった天剣が今、自分から何かを求めるかのように反応しているのが道花には分かった。

 豪と呼ばれた玉座に座ったリーダー格の少年の黒い瞳が道花のそれを見た。


「お前のそれ、天剣か」

「!!」


 道花はさすがにびっくりした。この男は天剣を知っている。一目で見抜いてきた。彼はかなりの実力者のようだ。

 相手は強敵だ。道花は認識を改めて油断なく構えた。

 豪は椅子の横に立てかけてあった大きな武器を手に取ると、玉座から飛び降りてきた。

 武器の重さと彼の着地による地響きが会場を揺する。彼の武芸者としての腕前も気になったが、道花はそれよりも彼の持った大きな武器に目を引きつけられた。


「斧?」


 道花にはそれが斧に見えた。だが、何かが違うようにも思えた。


「斧ですわね」


 璃々にもそう見えたようだ。だが、男はせせら笑う。周りの連中も不気味に笑っていた。

 豪は挑戦的に笑って言った。


「お前達にはこれが斧に見えるか。だとしたら見る目がねえな」

「だって斧ですわよね? 道花さん」


 璃々はそう言うが、道花は違う物を感じていた。手にしていた天剣もあれがただの目で見た通りの斧ではないと訴えていた。

 道花は正直に自分が感じたままの答えを口にした。


「違うよ、璃々ちゃん。あれはわたしのと同じ…………天剣だ」


 それが道花の感覚の捉えた確信だった。璃々はさすがにびっくりして目を見開いた。


「ええ!? だって、あれ剣じゃなくて斧……?」

「フッ」


 璃々が素っ頓狂な声を発し、男は好戦的な笑いを漏らした。


「だからお前は無能なんだよ。無敗の女王」

「なんですって!?」


 璃々が面喰って文句を言おうとするのを、道花は手で制した。


「それでわたしに何の用かな? 夏木豪君」

「決まってるだろ? 俺の天剣とお前の天剣、どっちが強いか勝負に来たのさ!」

「いいね。その挑戦、受けてたとう!」

「ちょっと道花さん!」


 璃々が止めようとするが、周りはすでにバイクの集団に包囲されていて逃げられるような状況じゃない。

 道花と璃々の実力なら突破は可能だろうが、それよりも道花は天剣の可能性を見てみたいと思った。

 それは恐らく相手も同じだろう。だからここまで来て、道花に挑戦したのだ。


 戦いに臨む道花の決意を受け取った璃々は仕方なく下がることにした。楓と一緒に勝負の邪魔にならないように。

 豪は大きくて重そうな斧を軽々と振り回して担いで見せた。さすがは男の力だと道花は感心した。


「これが俺の天剣、鬼岩斬だ。お前の天剣の名は何て言うんだ?」

「名前? そう言えば聞いてなかったな」


 校長先生はただ天剣としか言っていなかった。


「聞く必要はないぜ。自分の剣の名前は自分で決めるもんだ」

「そっか。それじゃあ……」


 道花は考える。だが、考えるまでもなく、もう答えは決まっていた。道花は浮かんだその名前をそのまま口にした。


「道花」

「それはお前の名前じゃないのか?」

「それでもこれがこの子の名前なの。天剣道花というのがね」

「そうか。じゃあ、行くぜ」

「こちらからもね。行くよ! 天剣道花!」


 剣が答える。道花の思いに光の剣閃となって。

 戦いへの手応えを感じ、道花は素早く斬り掛かっていった。




 さすが天剣を扱える武芸者だけあって豪は強かった。

 道花の繰り出す斬撃を彼は軽々と斧を振って弾き返していく。

 凄まじいパワーが風圧となって周りに吹き荒れる。

 周囲を包囲する手下の男達はこの光景に慣れているのか慌てることもせず、尊敬の眼差しでボスの戦いを見ていた。


「道花さん……」


 璃々は友達の勝利を祈る。


「これが天剣を持つのにふさわしい者達の実力だというの? うさちゃん……」


 楓の顔には悔しさを滲ませるような表情があった。

 二人の武芸者が戦っている。天剣を持つ者同士の戦いだ。

 凄まじい勢いで振り下ろされる斧を道花は剣を上げて僅かに横に滑らせて弾いて避ける。

 この威力とスピードは避け切れるものでも、受け止め切れるものでもない。璃々がやっていた受け流しの技を見よう見まねでやってみたが、上手く出来て良かったと思う。

 逸らされたパワーが衝撃となって後方へ流れていき、射線上にいた人達が慌てて避けて、取り残されたバイクが吹き飛ばされていった。


「いいの? バイクが壊れたけど」

「ここには修復の秘術が掛かっているんだろ?」


 さすがは近所の地元の子。田舎から出てきた道花よりもよく知っているようだ。

 巨大な斧を軽々と扱う男を相手に、道花は冷静に剣を構える。


「さすが男の子。凄いパワーだね」

「お前もな。女のくせにこの天剣を前によくそこまで冷静でいられるものだ」

「冷静じゃないよ。わたしは今猛っている!」


 道花は気迫とともに前に出る。振り下ろす斬撃と受け止める斧が大きく音を奏でる。

 閃く横薙ぎの斧を道花は上に跳躍して避けた。剣を頭上に振りかぶる。

 その動きは予想外だったのだろう。豪は驚きながら見上げた。


「逃げずに向かってくるか。恐れ知らずな女だぜ!」

「たああああ!」


 道花の振る剣が光を反射した。


「うおっ、まぶし」


 目を細める豪。道花はただ一心に剣を振り下ろした。


「たああああああ!」

「ぐわあああああ!」


 道花の剣は見事に相手に命中し、豪は倒れた。道花は着地して剣を収め、息を吐いた。


「ふう、大丈夫だった? もう一回やる?」

「へへっ、参ったぜ。今日から俺はあんたの舎弟だ!」

「え!? いや、そんな約束はしてないよ!」


 道花は困惑するが、何故か周りからは拍手が上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る