第9話 再戦 道花 VS 璃々


 練習場に行くと、人はそこそこにいて剣の練習に励んでいた。

 道花の住んでいた田舎ではあまり剣の道を志す同年代はいなかったし、祖父に用事があって訪れる人達は大人ばかりだったが、ここはさすがに剣を教える学校だ。

 同年代で頑張っている少女達が結構いた。道花も手をうずうずとさせてしまった。

 璃々の話では、他の運動部はまた別の場所で練習しているらしい。

 こういう専用のいろんな施設があるところはさすがは敷地の広い名門校だなと道花は感心してしまう。


 さて、新入生がいきなりみんなの邪魔をするのも悪いだろう。

 黙礼して、道花は入り口から自分達の練習場所を見回して探す。なるべく邪魔にならないところを選ぼうと。

 すぐに見つけた。一番開けた場所。そこは会場のど真ん中だった。

 やっぱりみんな真ん中というのは遠慮してしまうものなのだろうか。せっかくなので使わせてもらおうと思った。

 隣に立つ璃々に訊ねる。


「あの空いている真ん中でいいよね?」

「ええ、わたくし達の実力を遠慮なく皆に見せつけてやりましょう」


 璃々がいつもの自信に満ちたお嬢様の態度で答え、楓もちょっと緊張しながらも頷いたので、道花は中央へと歩みを進めることにした。

 道花にはみんなの邪魔をするつもりは無かったのだが、なぜか足を進めるほどに周囲から練習の音が止んできて、みんながこっちを見てきた。

 視線を感じる道花の耳に周囲からのヒソヒソとした声が届いてくる。


「ナンバー1よ」

「あの子が噂の……」

「ナンバー1か……」

「?」


 道花には何のことか分からない。何かの番号なのだろうか。

 訊くまでもなく璃々が教えてくれた。


「どうやらみなさん、道花さんがナンバー1の実力者だと知っているようですわね」

「え!? そうなの?」


 ナンバー1ってそういう意味なんだろうか。璃々の言葉だけでは俄かには信じがたい。

 道花は別に田舎では特別に凄いと言われていたわけでは無かった。剣の腕前を競う同年代がいなかったせいや、もっと凄い祖父がいたせいもあるだろうけど。

 場違いな注目をされることに気恥ずかしさを覚えてしまう。

 道花は天剣を握る手を強めて、せいぜい恥ずかしくないように振るまおうと思ったのだった。


「みんな本当の実力者を知らないのよ……」

「?」


 楓の呟いていることはよく聞き取れなかった。あまり気にしないことにして、ともかくここで練習しようと周囲の目から再び前へと意識を戻すと声を掛けられた。


「ナンバー1が自分の実力をひけらかしに来たのか?」

「勇一君」


 声を掛けてきたのはこの学校で唯一の男子生徒、秋風勇一だった。道花の決闘の相手が現れたとあって璃々も表情を引き締めた。

 道花が何かを言うよりも先に、璃々が声を掛けていた。


「あなたもここへ練習をしに来たんですの?」

「練習? ハッ、お前らはそれをする奴らを馬鹿にする側だろ?」

「?」


 道花には彼の言っている意味が分からない。なぜ練習する人達を馬鹿にするのだろう。みんな頑張っていて凄いなと思っていたのだが。

 璃々も困惑している様子だった。

 分からないなら剣に訊こう。道花は祖父の教えを実践しようかと思った。


「なんならここで一勝負していく? まだ決闘の日じゃないけど」


 道花の挑戦を彼は断った。


「よせよ、最弱の俺が最強のあんたに勝てるわけがないだろ。今のうちにせいぜい自分の最強を自慢しておくんだな。わっはっはっ」


 彼はそう言って笑いながらその場を後にしていった。


「何と言うか……変わった人ですわね」


 言いたいことはわりと何でも言う璃々がとてもオブラートに包んだ表現をしている。道花も同感だった。


「どうせ最強は決まっているんだからどうでもいいよ」


 楓にとってはどうでもいいようだった。

 道花は気を取り直して、自分の来た目的を果たすことにした。


「それじゃあ、璃々ちゃん。練習しようか」

「はい、道花さん!」


 道花は剣を抜き、璃々も嬉しそうに自分の剣を抜いた。

 お互いに距離を取って向かい合って対峙する。

 楓は二人の邪魔にならないようにその場を下がった。

 みんなが見ている中で、二人は入学試験の時以来に剣を向け合った。

 すぐに璃々が前回の勝負との違いに気が付いた。


「あら、道花さんのその剣?」

「ん?」

「前のとは違いますわね。まさか天……」

「それは言っちゃ駄目!」


 道花の鋭い指摘に璃々は言葉を引っ込めた。目をパチクリさせてから居住まいを正す。


「そうでしたわね。道花さんは穏やかに静かに暮らしたいんでした」

「別に普通にやれればいいんだけどね」

「普通にね」


 改めてお互いに剣を向けて構え合う。

 璃々の剣は綺麗だった。その姿勢も田舎で好き勝手にやってきた道花よりも美しく感じられた。きっと都会暮らしのお嬢様として良い教育を受けてきたんだと思う。

 道花は同じ剣を志す者として素直な賞賛を口にした。


「璃々ちゃんって綺麗だね」

「え? えええええ!?」


 途端に璃々の顔が赤くなって目に見えてあたふたとしだした。

 もしかして褒められるのに慣れていないのだろうか。道花も特に田舎で褒められた経験は無いので、悪いことをしたかなと思った。


「そんな、わたくしのことを綺麗だなんて、嫌ですわ道花さん。うへへへ」

「じゃあ、璃々ちゃん。始めようか」

「あ、え……ええ! そうですわね!」

「楓ちゃん、審判お願い」

「始め!」


 楓がスタートの合図をし、バトルが始まった。

 入学試験の時以来の璃々との対決だ。あの時は道花が勝ったが、今回はどうなるか分からない。

 あの時の璃々は道花のことを侮っていたが、今では実力をよく知っている。簡単に勝たせてはくれないだろう。

 道花は今度もこちらから仕掛けることにした。素人なら黙らせるような一撃を放つが、璃々は上手く剣を上げて受け止めた。天剣を相手にしても璃々の刀は押し切れない。


「さすがは道花さん、良い太刀筋で」

「今度も勝たせてもらっていい?」

「残念ですが、そうはいきませんわ!」


 お互いに押し合っている剣を璃々が上手く滑らせて放つ。

 前に一方的に勝ってしまったので、璃々は道花の剣の受け止め方を考えてきたようだ。

 流れるように裁かれ、璃々の鋭い剣先が迫る。

 道花は初手から無理はしなかった。すぐに後方へ跳んで避けた。


「さすがは道花さん。しかし、少し鈍かったようですわね」

「え!?」


 道花は前の璃々との戦いを想定して避けていた。それがよく無かったのだろう。

 璃々の剣は前に戦った時よりも冴えていた。

 上手く避けたつもりだったが、道花の制服の裾が少し切れてしまった。


「うわ!? 制服が!?」


 ダメージを負ったことよりも、まだ着始めたばかりの新しい制服に傷が付いたことに慌ててしまった。

 対峙する璃々の態度は落ち着いた物だった。


「大丈夫ですわ。この制服には修復の機能が備わっていて少しの傷なら治してしまいますの」

「え!?」


 見ると、斬られた裾はすぐに修復されて治っていった。


「何これ、凄い!」

「道花さんは田舎者だから知らなかったんですのね。ここの練習場にも同じような術が掛かっていて、少しの傷なら修復してくれますのよ」

「へえ」


 さすがは都会の名門校だ。道花の知らないことがある。

 余計なことに意識を回している暇は無かった。今は試合中だ。


「それよりも今度はこちらから行きますわよ!」


 璃々が踏み込んでくる。無敗の女王の名に恥じない苛烈な攻めに道花は防ぐのに手一杯になってしまった。

 元より璃々は防御よりも攻めの方が得意なのかもしれない。


「璃々ちゃん、腕上げた?」

「道花さんはまだその剣に慣れていないようですわね」

「これから慣れていくよ!」

「今のうちに貴重な一勝、いただいておきますわ!」


 剣がぶつかりあい火花を散らす。強い相手と戦えるのは嬉しかった。道花は自然と笑みをこぼしてしまう。璃々も笑みで答える。

 周囲は呆然と上級者同士の戦いを見つめてしまった。楓はハッと我に返って頭を振った。


「ううん、うさちゃんはもっと強いもん。でも、今はこの戦いを!」


 見守る前で、お互いに火花を打ち合ってから下がり、距離を取った。璃々は剣を下に降ろして構えた。


「手数では押させてもらえないようですわね」


 激しい連撃から一転して静かになる。静寂に包まれる会場で、璃々の鋭い眼差しが今度は道花の隙を探ろうとしてくる。

 道花はさせないと剣を上段に構えた。


「璃々ちゃん……勝負!」


 動いたのは両者同時だった。道花の振り下ろす剣と璃々の振り上げる剣が激突しようとする。

 その時。

 いきなり会場に入り込んできた騒音があった。

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