第7話 昼は学食で

 ホームルームは昼前に終わったのに、校長先生に呼び出されたり、璃々とコップや田舎のことを話したり、いろいろあってお昼を回ってお腹が空いてきてしまった。

 廊下で話していると璃々のお腹が先にくうっと鳴ったので、道花は顔を赤らめる彼女を誘うことにした。


「お昼ご飯にしよっか、璃々ちゃん」

「では、町一番の高級レストランにご案内しますわ」

「いやいや」


 いくら何でも自分はそんな高級レストランに行けるような金持ちではない。一般的なお小遣いぐらいなら持っているが。璃々は道花のことをどんな大富豪の娘だと思っているのだろう。

 祖父が有名だったと聞かされても、道花の家は別に特別に裕福だったというわけでは無かった。


「そうですわね、道花さんは普通に暮らしたいんでしたわね」

「うん、普通に。普通が一番」

「では、学食に。ご案内しますわ」

「ありがとう、璃々ちゃん」


 気を効かせてくれる璃々に案内され、道花は学食に向かった。




 璃々と一緒に歩いていって辿りついた学食。

 名門で知られる学校の学食は、喫茶店のようなお洒落さがあった。

 学校のホームルームが終わってしばらく経った時間だったので、学食はピークの時間は過ぎていたが、まだそこそこ人がいて賑わっていた。


「食券をあちらで買うようですわね」

「うん」


 入ってすぐの目に付く場所にあった販売機のところへ向かう。

 璃々と一緒に並んでいるメニューを見ながら道花は考える。

 何が美味しいのか知らなかったので、この都会の地元育ちで知っていそうな璃々に訊くことにした。


「璃々ちゃんは何にするの?」

「んー、A定食でしょうか。随分とお安いですわね」


 道花にとっては普通の値段と思えるが、金持ちの璃々にとってはかなり安いと思えるようだった。

 彼女も思案している。初めて来た場所という点では璃々も道花と同じ境遇だったのかもしれない。


「学食だからね。わたしも璃々ちゃんと同じA定にしよっと」

「道花さんと同じですか……同じごにょごにょ……」


 璃々が何かを呟いている。同じのを選んだことを安直だと思われたのだろうか。

 でも、もう代えるつもりは無いし、決めてしまおう。

 道花は運命を決断する思いでボタンをピッと押して、落ちてきた券をパッと取り、璃々と一緒に学食のおばちゃんのところへ向かった。


「あなた達、新入生?」

「はい、そうです」

「頑張ってね」

「はい」


 他愛の無い話をして券を渡し、空いている席を探して見つけ、料理が出来るまでしばらく待つことにした。

 荷物を置くなり、璃々が言った。


「わたくし、少しトイレに行ってきますわ」

「うん、A定が出来たら取っとくね」


 さっき泣いたから目元を気にして鏡を見に行ったのだろう。

 璃々が席を離れ、道花は一人でテーブルについて待つことになった。

 暇だったので璃々から没収したコップを眺めることにした。


「不思議な物ね。これで校長室の中の話が聞こえるのかあ」


 そのコップはどの角度から見ても普通のガラス製のコップにしか見えなかった。でも、お金持ちのお嬢様である璃々の持っていた物だ。何か仕掛けがあるのかなと思った。

 何とかそれを見抜こうと道花がコップをくるくる回しながらいろんな角度から見ていると、不意に頭上から声が掛けられた。


「春日さん、ここいいですか?」

「うん、いいよ」


 璃々の声では無かったが、知らない少女の声でも無かった。

 道花はコップを覗いていた目線を上げて答えた。

 気の優しい純朴な顔をした彼女は、休み時間に会って話をしたよそのクラスの生徒、鳥野楓だった。

 おとなしそうに見えるのに、休み時間に璃々と言い合いの喧嘩に発展していた。

 こう見えて彼女もここの入学試験の実技を突破しているので、それなりに腕は立つのかもしれない。

 同席の許可をしてしまってから、璃々と会ったらまた喧嘩になるんじゃないかと道花は危惧したが、席が空いているのに断るのも不自然だろう。

 それに仲直りするきっかけも必要だ。道花はそう思うことにしたのだった。


 楓はすでに出来上がった料理をお盆に載せて持っていて、それを自分の座る席のテーブルに置いて腰かけた。

 璃々の席には彼女の荷物が置いてあったのでその隣だ。


「お先にいただいてもいいですか?」

「もちろん、ご飯は熱いうちに食べないとね」

「では、お言葉に甘えさせてもらって。いただきます」


 おいしそうに湯気を立てる定食を見て、道花は訊いた。


「それってA定食?」

「ううん、B定食よ。春日さんは何にしたの?」

「わたし、A定食」

「そうなんだ。A定もいいよね」

「いいのか」


 道花や璃々の知らないことを楓は知っているようだった。

 彼女にはどことなく庶民的な雰囲気があるから、学食のことはお嬢様育ちの璃々より詳しいのかもしれない。そう思いながら訊いてみた。


「楓ちゃんはここの地元の人なの?」

「ううん、父の転勤で北の方からこっちに引っ越してくることになって、中学からはここの学校に通うことになったの。知らない人ばかりで不安だったけど、良かった。春日さんみたいな強い人がいて」

「そっか……」


 自分がいて良かったと言われるのはこそばゆいが嬉しい物だった。せっかくだから璃々のことも話してあげることにした。

 彼女のことも上げるように、アゲアゲな感じで。


「それなら璃々ちゃんも良いんじゃないかな? 彼女も強いよ」

「え? 何で? 財前さんは弱いじゃん」

「え?」


 どうも道花と楓には認識のずれがあるようだった。少なくとも道花は璃々のことを新入生のなかではかなり強い方だと思っていたのだが。


「もしかして、楓ちゃんって結構出来る方なの?」


 身を乗り出して訊く道花に、楓は慌てたように断って言った。


「あ、あたしじゃないよ。小学校の時の同級生に道花ちゃんと同じぐらい強い子がいたの。うさちゃんって言うんだけど……」

「うさちゃんか……」


 何とも可愛らしい名前だが、その実力はいかほどか。

 武芸者として知っている名前では無かったし、さすがに名前だけで相手の強さを計れるほど道花の目は鋭いわけでは無かった。

 楓は照れたように話を切って、卵焼きを食べている。じっと見ていると、彼女が顔を上げて言ってきた。


「良かったら、卵焼き一つ食べる?」

「うん、せっかくだからいただこうかな」


 せっかくの暖かい申し出なので道花は楓の持っていた箸の先の卵焼きを一口食べた。


「あ……」

「あ、ごめんね。食べ過ぎた?」

「ううん、この箸は仕舞っておくね」

「うん?」


 楓はなぜかその箸をケースに入れて鞄の中に締まってしまった。

 失敗したなと道花は思った。

 つい好意に甘えて考え無しにいただいてしまったが、遠慮というものをした方が良かったのかもしれない。

 ここは道花の慣れ親しんだ田舎では無いのだから。

 その時、気を効かせたかのように学食のおばちゃんからA定食が出来たと呼ばれたので、道花は璃々の分まで受け取って戻ってきた。

 二つのお盆を手に持った道花を見て、楓は驚いたように目を丸くしていた。


「道花ちゃん、二人分も食べるの?」

「ううん、こっちはちょっと」


 楓に璃々のことを話すのは早計だろう。さっきのことがあったので道花は考えることを選び、サプライズは後に取っておこうと結論付けた。

 楓は置かれた料理を気にしつつ、視線を道花に戻して訊ねてきた。


「道花ちゃんは知ってる? 天剣がこの学校にあるって噂なの」

「うん」


 噂なら璃々に聞いた。というか、それはもうすでに道花の手元にあった。

 これが天剣だよと言ったら楓はどんな顔をするだろう。気になったが止めておいた。

 校長室での話を璃々に聞かれたのもまずいと思っていたぐらいだ。不用意に正体をばらさない方がいいだろう。

 道花はそう考えて、探偵のように探りを入れることにした。天剣は他の人にはどう思われているのかと。


「楓ちゃんは天剣に興味があるの?」

「ううん、あたしじゃなくてうさちゃんが……あ、うさちゃんってあたしの友達なんだけど」

「うん、さっき聞いたね」

「あ、そうだったよね」


 うさちゃんはとても強いらしい。

 やはり強い人となると天剣に興味があるものなのだろうか。

 道花も興味を持って話を聞くことにした。

 楓は気前よく話してくれた。


「うさちゃんが天剣のあるっていう地元の白雪中学に行くって頑張ってて、あたしも同じ学校に行くつもりで一緒に勉強してたんだけど、親の仕事の都合でこっちに来ることになっちゃって。そしたらこの学校にも天剣があるって聞いてびっくりしちゃって。天剣って一本だけじゃ無かったんだね」

「え? そうだったの!?」


 その話には道花もびっくりしてしまった。自分の持っている天剣が唯一無二の物だと思っていた。

 道花が手元に置いた天剣を気にしていると、さらに頭上から別の少女の声が掛けられた。


「当然ではありませんか。天剣とは神が人に与えた武器の総称。その存在は全国にあると伝えられていますわ」


 不機嫌そうな声をした彼女はトイレから戻ってきた璃々だった。

 道花は二人には仲良くして欲しいと願っていたが、やはり楓と璃々は睨み合ってしまった。


「財前さん。あなた、まだいたんですか」

「同じクラスなんだから当然でしょう。よそのクラスの鳥野さんこそ、何で道花さんと一緒にいるんですの?」


 二人の間で火花が散る。

 どうしようと道花が迷っている間に璃々は「ふん」と軽く鼻を鳴らし、自分の席についてしまった。

 隣の席で不愉快そうにしながらも、楓は立ち去ることはしなかった。

 二人いがみ合いながらも見苦しいリアルバトルはせず、席も離れなかったのは不幸中の幸いだっただろうか。

 単に先に手を出したり、逃げたら負けと思われたのかもしれないが。

 二人が仲良くしてくれるのを願いながら、道花は食事を進めるのだった。

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