第5話 教室の片隅の廊下で


 何か予想外のことがあったが始業式は終わった。

 決闘の日取りは決まったらまた後日伝えるということで、道花は生徒達の流れに乗って廊下を歩いて教室に入り、自分の席に座った。

 賑やかな教室で一人考える。


「わたしがあの男と決闘することになるなんて。でも、決闘って何するんだろう」


 都会ではそういう様式があるんだろうか。道花は決闘という言葉を知らないわけではないが、知っているのはテレビの時代劇やアニメで見た知識ぐらいだった。

 もう小学生じゃないんだから創作とリアルが違う事ぐらいは知っている。道花はそこまで無知で愚かな田舎者では無かった。

 おそらくこの辺りのしきたりがあるんだろう。決闘という。都会の学校ならではのしきたりが。


 でも、田舎から出てきて日の浅い道花に、この辺りのしきたりのことが分かるはずもなかった。

 なので、この都会が地元の知り合いに訊くことにした。

 ちょうど向こうから声を掛けてきてくれた。璃々だ。


「考えてますわね、道花さん。あの男をどう倒そうかと、もう戦略を練っていらっしゃいますのね」

「うん、そのことで質問なんだけど。決闘って何するのかな? 特別なルールとかある? 知ってる? 璃々ちゃん」


 道花の質問に璃々も考えてしまう。その態度で璃々も知らないのだということが理解できた。予想通りの答えを口にした。


「さあ、決闘というのはわたくしも知らないんですけど、おそらく剣で相手をやっつけるのでしょう」

「そっか」


 どうやら都会暮らしの璃々も決闘というのはよく知らないようだ。

 彼女も入学したばかりだから、彼女の知識も道花とそう変わらないのかもしれない。

 でも、決闘に対する認識は同じようだ。ならば迷いなく戦おうと決めた。


「わたしの剣であいつを……がつんと」


 考えていると、今度は凛々の方から訊ねてきた。


「道花さんが真剣に考えるほど、あの男は強いんですの?」

「いや、強いっていうか」


 あまり思い出させないで欲しい記憶が蘇った。

 朝の中庭であったことを忘れようと振り払おうとしていると、今度は別の生徒が呼びかけてきた。


「春日さん、呼んでるよ」

「男ですか?」


 道花の代わりに璃々が訊いていた。同じクラスの女生徒は首を横に振った。


「ううん、隣のクラスの鳥野さん」

「鳥野さん?」


 道花の知らない名前だった。

 璃々の顔を見ても首を傾げられた。彼女も知らないようだ。

 ともかく呼ばれたなら行くしかあるまい。


「ちょっと行ってくるね」

「一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫」


 入学試験の時に一番に剣を交え合った縁でつい頼りにしてしまうが、璃々は別に道花の保護者ではない。

 彼女には彼女の送りたい学校生活があるだろうし、呼ばれたのは道花だけだ。ここは一人で行動することにした。

 教室のドアから廊下に出る。さて、どんな剣豪が自分を呼び出したのか。期待する道花だったが。


「あの、春日さん。急に呼んですみません」


 待っていたのは気の弱そうで内気そうな少女だった。

 鳥野さんと言っただろうか、彼女の容姿からは森に一匹で迷い込んだ小鳥のような儚げな印象を受けた。

 少しもじもじしていた彼女は思い切ったように顔を上げて声を掛けてきた。


「あたし、鳥野楓(とりの かえで)と言います。はじめまして」

「はじめまして、春日道花です」


 道花はあまり彼女に刺激を与えないように、なるべく柔らかく応じてあげた。


「あの、あたし……」


 楓は言いにくそうにしている。話しにくいならこちらから話そうか、決闘の話題でもと道花が思っていると、先に相手が意を決したように言ってきた。


「強くなりたいんです。春日さんのように。どうすれば春日さんのように強くなれるんですか?」

「いや、わたしは……」


 特別なことなんて何もしてないよ。と道花が言おうとしたら、いつの間にか背後に来ていた璃々が口を挟んできた。


「はっきり言ってあげたらどうですか、道花さん。生まれ持ったセンスが違うのだと」

「財前さんに訊いてるんじゃありません!」

「はあ!?」


 まさか言い返されるとは思っていなかったのだろう。璃々は目を白黒させて瞬きしていた。

 唇を震わせ、すぐにその顔が怒りに紅潮した。璃々は肩を怒らせて足を踏みだして怒鳴った。


「あなた、何様ですの!? わたくしは財前璃々ですのよ!」

「知ってますよ。試験の時に一方的に春日さんに負けた人ですよね!?」

「あれは春日さんが強かったのですわ。それでもこうして合格できたのですから、わたくしの実力はみんなが認めているのです」

「あたしだって合格しましたよ。あなた何なんですか、初日からずっと春日さんにくっついて。くっつき虫なんですか?」

「友達なんですから一緒にいて当然でしょう。ち! が! う! クラスのあなたには関係ないことですわ」

「むかーーーーっ! 同じクラスだからって、自分まで同じレベルになったつもりなんですか!」

「はっ、小鳥ちゃん風情が一丁前に!」


 なぜか璃々と楓が喧嘩を始めてしまった。

 まるで蛇とマングースの戦いのようだ。

 このまま見ているだけって、やっぱりいけないよね。

 そう思って道花が仲裁の声を出そうとした時、そこにさらに第3者が現れた。


「取り巻きに喧嘩させて自分は高みの見物か? 最強様ってのは随分と良い御身分なんだな」

「いや、別に見物してたわけじゃ……」


 やってきたのは決闘の相手。唯一の男子の新入生にしてなぜか最弱を自称している勇一だった。

 道花が何かを弁解する間もなく、璃々はすぐに彼と楓に向かって指を突きつけた。この行動力と覇気の鋭さは見習うべきなのだろうか。道花にはちょっと判断できない。


「あなた達、同じクラスなんですの!?」

「そうだ」

「それが何か!?」


 事実だけを答える勇一と、不満そうに言い返す楓。

 同じクラスのコンビに、璃々は厭味ったらしく両腕を組んで踏ん反りかえって言い放った。


「道花さん、もうここで遠慮なく言ってあげたらどうですか? こいつらなど歯牙に掛けるほどでもない路傍の石ころ。取るに足らない相手だと」

「いや、わたしはそこまで言うつもりは……」

「フッ、さすがは最強様だな。態度も一級品ってわけだ」

「いや、言ってないよ! わたし言ってないからね!」

「へっ、最強だって己惚れは否定しないんだな」

「ああもう!」


 道花は段々と面倒くさくなってしまった。何でこの学校にはこんな人しかいないんだろう。

 何て言ったらみんなに失礼だろうけど。璃々だって普段は良い人なのだ。

 楓だって別に喧嘩をしに来たわけじゃない。男は知らん。


「春日さん、あたし分かってるからね」


 良かった。鳥野さんは分かってくれてる。

 ほんわかした笑顔を見せる楓に、道花は何とか笑顔を返す。


「あなたごときが道花さんの何を分かるというのですか? 身の程を弁えたらどうですか?」


 穏便に済ませたかったのに璃々がまた喧嘩を売るようなことを言う。

 彼女と楓が睨み合う。

 道花はもうどうしていいか分からなかった。

 こんな時に救いの使者のようにチャイムが鳴った。


「あ、休み時間が終わっちゃったー」


 自分でもわざとらしい声が出たと思った。

 でも、話をはぐらかすには良いタイミングだった。このくだらない無益な争いを終わらせよう。

 道花はそう思うのに、勇一はまだしつこく言ってきた。男のくせに何て粘着な奴なのだろう。


「前の学校ではお前のような偉そうな奴をよく見てきたぜ。だが、威張っていられるのも今の内だぜ。次の決闘では見せてやるぜ、最弱が最強を超えるところをな」

「はいはい」


 どうも彼は最弱とか最強とかにこだわりがあるようだった。

 道花にとっては良い試合が出来ればそれで良かったのだが。

 でも、進んで負けてやるつもりはもちろん無かったので。

 受けて立つ。その心づもりで答えた。


「わたしも見せてあげるよ。超えさせるつもりは無いってことをね」


 売り言葉に買い言葉を返しながらも、いつまでもこうしているわけにはいかない。


「君達、早く自分の教室に入りなさい」


 先生が来てしまった。

 道花は急いで自分の席に着くことにした。

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