第4話 サラの場合
「もちろん、覚えていますよ。あなたとウチの娘が同じ演劇学校で親友同士。あなたが夢を実現したことを娘は自分のことのように喜んでいました。」
「サラ……。サラは元気なのですか?」 ショーコは、その華奢な掌からこぼれたものを、ひとつぶひとつぶすくい上げるような、すくい上げたものを目の前に置いて優しく語りかけるような言葉を発した。
「ええ、サラは元気でやっています。ポェティカという劇場で看板女優としてやっていますよ」 マスターは近々上映されるサラが主演の演劇のフライヤーをショーコに手渡した。
「とうとう、アンチゴネーをやるんだって言って。髪を伸ばしたりダイエットしたり、おいおい舞台は来月なのに、大丈夫か!って。」 マスターの唖然とした表情が可笑しく、ショーコは微笑んだ。
―――サラの笑った顔に、どことなく似ている。
失われた時が優しく巡りゆくようだ。
ささいな感情のもつれから、進むべき道を分かつこととなったショーコとサラ。
日系三世である自分と、日英の混血児のサラ。
確固たるアイデンティティが、
ときにぶつかり、
ときに交わり、
ときに演劇という形で情熱が体現されるような、
尊い時間を、過ごした二人。
もう一度、あのときに戻りたいと思うのは贅沢なことなのだろう。
「……?」
身振り手振りを交えて話す、この初老の男性が何気なく外の気配を気にしているのをショーコは見逃さなかった。
突然裏口の戸が開けられた。そこにはシンディがいた。
「T
ショーコは頷き、マスターに「Thanks」と言うと、シンディとともに裏口から消えた。
その数分後、カフェ「菓子と麦酒」の店内は、記者と野次馬で騒然となった。
シンディが運転するクーパーのカーラジオからは「as time goes by」が流れている。
嗚咽するショーコの背中を、優しく撫でるシンディ。
時の過ぎ行くままに……
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