第2話 レイナの場合

「これ何?」


「これ?」


レイナはジュエリー・ボックスから幾何学模様のようなデザインの真鍮しんちゅう製の指輪を取り出し、マスターの手のひらに乗せた。見た目よりかはずいぶん軽いし、何よりも繊細だ。レイナの細い指の先で渡されたそれは、男性用の指輪とは言え、男性性を抜き去られるような不思議な感覚をしたリングだと思った。マスターはおそるおそる右手の薬指にはめてみた。


すると突然、

「この指輪には、ある魔法が仕掛けられています……」呪術師のような声色でレイナが唸る。カウンターにいた客が一斉にマスターの顔色を見た。


「―――きゃっっっ」

マスターはキッチンの丸いすに尻餅をついた。


「マスターは催眠術とか掛かりやすいタイプ?」レイナが笑うと、マスターは

「占いはけっこう信じるかも」と言って、さっと指輪をはずした。


レイナは占い師だ。けやき町通りの「占いの館」で占い師として働く。

客層は、OLやサラリーマンが多い。もとは臨床心理士なので、心理療法占いといったほうがしっくりくるかもしれない。指輪をはめることで、その人が今、何に縛られているのかが会話を通じて分かるというのだ。


「マスターの場合は・・・」


「―――?」


「男であることに、縛られていませんか……?」


「……!!」


「男性であり、父親であり、夫であることに……」


「……やだ、当たってるかも。」マスターは急にを作って言った。


「まあ、男性はだいたいそうよね。」レイナの隣に座っていた中年女が口を開けて笑う。


「男性にはアニマ、女性にはアニムスというそれぞれの理想像があって。」レイナは薀蓄を続ける。


「男性は女性性をもつことで、女性は男性性を持つ事で、精神のバランスが保てます。」


「そうなんだー」マスターと中年女はともに笑う。


レイナは3歳の女の子を持つシングルマザーである。


「あっ、保育園のお迎えの時間! マスター、次はユングの薀蓄を披露するね。」とレイナは言い、占い師の衣装とツールが入ったバッグとマザーズ・バッグを交叉させて急いで出て行った。


「お疲れさん~」マスターは出て行くレイナにいつも”ありがとう”ではなく、この言葉を投げかける。


レイナは振り返らない。

過去は過去なのだ。


「レイナは強いよね」と友達から言われ続けて来た。

「俺がいなくてもお前は生きていけるだろう」と別の女の元へ行ってしまった彼。


強くなんかないよ。

強くなんか。

占いで傷ついた人たちのお世話をしているんだよ。

そうすることで自分の傷が癒やされていくんだよ。


マスターはレイナの背中がそういっているような気がしたのだ。

そうして生きていくと覚悟を決めたのだと。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る