第2話 レイナの場合
「これ何?」
「これ?」
レイナはジュエリー・ボックスから幾何学模様のようなデザインの
すると突然、
「この指輪には、ある魔法が仕掛けられています……」呪術師のような声色でレイナが唸る。カウンターにいた客が一斉にマスターの顔色を見た。
「―――きゃっっっ」
マスターはキッチンの丸いすに尻餅をついた。
「マスターは催眠術とか掛かりやすいタイプ?」レイナが笑うと、マスターは
「占いはけっこう信じるかも」と言って、さっと指輪をはずした。
レイナは占い師だ。
客層は、OLやサラリーマンが多い。もとは臨床心理士なので、心理療法占いといったほうがしっくりくるかもしれない。指輪をはめることで、その人が今、何に縛られているのかが会話を通じて分かるというのだ。
「マスターの場合は・・・」
「―――?」
「男であることに、縛られていませんか……?」
「……!!」
「男性であり、父親であり、夫であることに……」
「……やだ、当たってるかも。」マスターは急にしなを作って言った。
「まあ、男性はだいたいそうよね。」レイナの隣に座っていた中年女が口を開けて笑う。
「男性にはアニマ、女性にはアニムスというそれぞれの理想像があって。」レイナは薀蓄を続ける。
「男性は女性性をもつことで、女性は男性性を持つ事で、精神のバランスが保てます。」
「そうなんだー」マスターと中年女はともに笑う。
レイナは3歳の女の子を持つシングルマザーである。
「あっ、保育園のお迎えの時間! マスター、次はユングの薀蓄を披露するね。」とレイナは言い、占い師の衣装とツールが入ったバッグとマザーズ・バッグを交叉させて急いで出て行った。
「お疲れさん~」マスターは出て行くレイナにいつも”ありがとう”ではなく、この言葉を投げかける。
レイナは振り返らない。
過去は過去なのだ。
「レイナは強いよね」と友達から言われ続けて来た。
「俺がいなくてもお前は生きていけるだろう」と別の女の元へ行ってしまった彼。
強くなんかないよ。
強くなんか。
占いで傷ついた人たちのお世話をしているんだよ。
そうすることで自分の傷が癒やされていくんだよ。
マスターはレイナの背中がそういっているような気がしたのだ。
そうして生きていくと覚悟を決めたのだと。
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