序章 瑤瑆の回想

風の気まぐれ


ヒューヒューと風が吹いた。凍えるように寒い、冬の風が。

その風は深い雪に覆われた草原を、滑るように駆けて行く。

やがて、風はある集落に辿りついた。

どこにでもある遊牧民の集落だと風は思って、そのまま通り過ぎようとしたとき。

風はふと、一軒の家に目を留めた。

見るとそこには、雪に閉ざされた集落の中でも少しだけ大きな天幕ゲルがある。

近づいてみると、その天幕がなんとなく身分の高い人物のーーーーおそらく王や貴族のものであることがわかった。

だがそれは、特別華美なわけではない。

風が前に一度見た都の貴族邸のような豪華さは、もちろん皆無。

ただ、天幕の布の琥珀にも近い白と、草原を覆う雪のどこまでも真っさらな純白さが、なんとも言えない洗練さを醸し出している。例えるならば、僧や道士の住む粗末な庵といったところか。


更にその天幕に近づく。

風は笑ってしまった。

よく見ると、そこかしこに布の破れを繕った跡がある。これでは庶民の天幕と大差ない。

でも風は、不思議とその天幕から目を離すことができなかった。

しばらくその天幕を眺めている。

風は決めた。この天幕の中を、覗いてみようと。

久しぶりに興味を誘うものができたのだ。少しぐらい寄り道しても、良いではないか。

そう思った風は、隙間風となってその天幕に入って行くことにした。


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