第33話 うつけのふりをする青年

  幹部らが先頭を切りながら、洞窟の中を進んでいく。足元に障害物がないか、害獣が存在しないか。その場の雰囲気が、彼らの緊張感でいっぱいであった。ちなみに、この時代に来てから首に身につけているヴィンクラを怪しまれる事はなかった。というのも、この時代の人は首に装飾品をつける習慣が身についており、財宝を求める海賊ならば尚更だ。そういった意味では気が楽だったが、左腕に装着している時空超越探索機だけは、布を巻く事でその姿を隠していたのである。

 指輪と同じ鉱物でできているしね…。あまり、海賊かれらに見せない方がいいかな

そんな事を考えながら歩く私の左手側には、イドルがいた。

「あ、ごめん!」

腕を下に下ろして歩いていたので、私の左腕が彼と接触してしまった事に気がつく。

「…ん?ああ…」

私の言葉に、彼は呆然としたような表情で答えた。

「…何か考え事?」

「…だな…って…!」

曖昧な返事に疑問を感じた私は、更に問いかけてみる。

すると、イドルの瞳に光が戻ったような感覚がした。

「そんな大したことじゃねぇさ、沙智ちゃん!もしや、このハンサムなイドル様に見ほれちまった?」

「…そんな訳ないでしょう」

いつものイドルに戻ったのを悟った私は、ため息交じりでつっこみを入れる。

『何考えているか本当に理解不能だけど…今のは、”素”だったのかもね』

その時、一連の流れを聞いていたサティアの声が響いた。


「ここは…」

ダズの声はポロッと聞こえた後、私達は岩でできた台座のある壁の前にたどり着いていた。

「何だ?この形は…」

すると、台座に近づいた船員の一人が、首を傾げながら考える。

「おそらく、ここで指輪が必要となるはずだが…まぁいい。…おい、嬢ちゃん」

「あ…はいっ!」

アストメン船長に呼ばれた私は、台座の前に立つ彼らの元へ小走りで近づく。

「…ここに手をのせな」

「ここ…?」

船長に促され、私は台座を見下ろす。

船員が首を傾げていたその台座は、確かに手をのせるような形のへこみがある。しかし、手の形ではなく、どこか一部分だけのようだ。

 指を乗せるみたいだけど…どの指をのせれば…?

不自然な形ながらも、指をのせるのだろうというのはわかった。私はどの指を台座にのせれば良いかを思案していると、背後から足音が聞こえる。

「その微妙にへこみの幅が違う所に、指輪のはまっている指をのせればいいんじゃないっすか?」

「イドル…」

背後から聞こえた足音の正体はイドルで、左横に立った彼は、ひとつのアドバイスをしてくれた。

彼の周りにいた人間は少し驚いていたけど、私は全く動じていなかった。言われてみれば、その不自然な幅の型は”指輪のはまった指”を乗せるのにもってこいだと気がついたからだ。

『胡散臭いけど…理に適ってはいるわね』

 うん…

サティアの言葉に同調した私は、恐る恐る左手をかざす。台座にのせたのは、指輪のはまった中指とその両隣にあたる薬指と人差し指。ここで何が起こるか想像もつかないので、私を含めた全員が緊張した面持ちだった。

「岩のこすれる…音?」

左手を乗せた直後、岩がゆっくりと動くような音が台座から響く。

「天井から岩が…!!?」

音の正体に気がついた船員クルーが、声を張り上げていた。

天井から伸びていく細長い岩は、私の左指がのった台座にゆっくりと降りてくる。ゆっくりと降りてきた岩は、私の指を挟むように固定したのである。

「きゃっ!?」

その直後、突如感じた衝撃とガラスが割れるような音に、私は悲鳴をあげる。

また、反射的に私は自分の瞳を閉じていた。左指に感じた衝撃は腕全体が振動したようなもので、携帯電話のバイブレーションによる振動と似たような感覚であった。

「岩が…もとに戻っていく…」

イドルの台詞ことばが聞こえた後、私は、恐る恐る閉じていた瞳を開く。

「宝石が…なくなっている…?」

この時、私が最初に放った言葉がこれだった。

おそらく、衝撃を感じた際に、地平線ホルアクティの指輪にはめられていた宝石がはずされたのだろう。手に怪我はない事を悟った私は、ゆっくりと台座から指を離す。

「あ…」

『指輪が…!』

左手をひっこめようとした時、私と人工知能サティアは、ほぼ同時に言葉をつむぎ出していた。

先程の衝撃のせいか、指輪の形を形成していた金属部分が、ほぼ真っ二つに割れて地面に落ちたのだ。しかし、何度も外そうとしたのに外れなかった指輪が、あの衝撃だけで壊れたのかと思うと合点がいかなかった。

『よくわからないけど…これで、”生命の泉”とやらにたどり着ければ、海賊やつらから離れられるわね!』

 そっか…そうだよね…

彼女は海賊達から逃れたいと考えていたのか、その口調が楽しげであった。


「おおお…!」

指輪が外れた後、その場で起こった出来事に船員たちがざわつく。

それは、行き止まりと思っていた壁がものすごい轟音と共に崩れ、進むべき道が現れたからだ。

「やはり、指輪が鍵の役割を果たしていたか…。にしても、嬢ちゃんが指輪をはめていた指が、親指か小指でなくてよかったぜ!」

「親指と小指…。ああ…!」

肩を強く叩いてくる船長に苦笑いしながらも、彼が言った言葉の意味はすぐに理解できた。

台座にのせられる指は3本。その中でも指輪がはまった指をのせるのは真ん中の型。確かに親指か小指をそこに乗せていれば、型に指3本が置かれずに、不正解として何らかの事が起きていたのだろう。古典的なカラクリでいうと、指をもがれていたのかもしれない。

 何だか、命拾いした気分…

私は全身に鳥肌と立てながら、指輪をはめていたのが、中指で本当に良かったと実感したのであった。



その後も当然、順調に進めたというわけではない。お決まりのトラップは序の口。頭を使うような暗号が彫られている事もあったが、イドルや幹部らの活躍で少しずつ前に進んでいた。

「しかし、女…よく、あの文字が読めたな…」

「…流石、東洋系の姉ちゃんって所っすかね?」

進んでいく途中、ダズやイドルが、私を見てそんな事を話していた。

「ど…どうも…」

本当の理由を告げられない私は、苦笑いを浮かべながら軽く会釈をする。

というのも、先へ進む途中、壁に彫られたと思われる文字があった。その文字は英語ではないので、船員達では解読ができない。私も最初はわからなかったが、それが人工知能サティアが取得している古代言語のひとつだったらしく、彼女が翻訳してくれた事で私も読むことができたのである。

当然、彼女の声をこの場の全員が聞こえるはずもないので、「私がこの文字を解読した」と表向きには思われているのだ。

『古代エジプト語で彫られた文字…ね。一体、どこのどいつが彫ったのやら…』

 うん…。それにしても、”流れを読み、然るべき地へ誘う”ってどういう意味なんだろう…?

私は足を進めながら、解読した文の意味を考えていた。

「泉に入れば…もとの時代へ帰れるのかもな…」

「っ!!?」

意図されたものではないだろうが、私の耳元にイドルの囁くような小さい声が響く。

それを聞いた私は、顔はうつむいたままだったが目を見開いて驚いていた。

『こいつ…まさか…!?』

サティアもおそらく、私と同じ事を考えていたのであろう。

「イドル…貴方ってもしや…?」

私の声で、イドルは我に返る。

彼としては誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいていたのだから、自分以外の人に聞かれた事に驚いていたのであろう。いつもは飄々としている彼の表情かおは、全く別人のようであった。

「ねぇ…さっきのって…」

船長キャプテン!!こっちへ来てくだせえ…!!!」

気を取り直してイドルに問いかけようとしたが、私の声は奥へ様子を見に行っていた船員の叫び声によってかき消されてしまう。

偵察に行っていた船員の瞳は、子供のように輝いていた。そして、表情と口調から察するに。奥で何を見つけたのかは容易に想像できた。

アストメン船長も船員の様子から悟ったらしく、期待の眼差しを向けながら頷いた。

「ついに…というべきか…」

ダズが、一人冷静そうな口調で呟いていた。

しかし、船長の後ろからしっかりついて歩き出した所から見ると、内心は喜んでいるのかもしれない。

「…そんじゃあ、俺らも行きますかね!」

「う…うん…」

私にそう告げたイドルは、足早に進んでいく幹部らの後ろについて歩き出した。

結局、詳しい事を聞きだせないまま、先へ進む事となる。進んでいく船員クルーの中には、気分がいいのか鼻歌交じりで歩いて行く者もいた。

 宝が近くなるとテンションがあがるのは、海賊の性なんだろうなぁ…

陽気な彼らを横目で見ながら、私は足を進めようとすると――――――――――

『…あら…?』

 サティア…どうしたの?

人工知能の声を聴いて私は、その場で立ち止まる。

『何か、妙な違和感が生じてきたけど…気のせいかしら?』

 ふーん?

『…まぁ、いいわ。行きましょ』

サティアがこんな言い方をするのは珍しいと思ったが、彼女は深く気にすることもなく、私に先へ進むよう促した。

その後、私も海賊団の後について歩き出す。彼らが求めている“生命の泉”まで、あともう少しといった所だ。腑に落ちない事は多いが、私がこの時代から去る瞬間が徐々に近づきつつあるのであった―――――――――――――――


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