第34話 鉱石との共鳴と泉の水がもたらすのは
洞窟の中を進んでいった一行は、天井が少し高くなっている広い空間へと出た。
そんな私達の視界に映ったのは、蒼い鉱石に囲まれた泉。水の色と鉱石の色がまるで区別つかないくらい見事な蒼色だったため、船員達の感動も深い。鉱石が放つ艶と石の形に凹凸があるという外見がなければ、ほとんど同質の
「ひゃっほい!!」
「こいつを売りさばけば、俺達は大金持ちだ♪」
そんな事を口走りながら、船員達がそれぞれ鉱石の近くへと走って行った。
…本当に、
私は“若返りの泉”という、ある意味“不老不死”を連想されるお宝を目の前にしても、鉱石にしか興味を示さないという現実に、少し感心を覚えていた。
これでこのお宝持って外に出たら…何とかログアウトして、次の時代へ行かなくては…。ね!サティア…!!
無事お宝にたどり着けた事に安堵した私は、その意思をサティアに伝えようとした。しかし―――――――――
『沙智…。早く…早く、この場を…離れてっ…!!!』
少し掠れた声が、私の頭の中に響く。
サティアは人工知能なので痛覚は持たないが、今の彼女はまるで何かで苦しんでいるような声音だった。
「
「こいつは…!!?」
すると、
周囲を見渡してみると、辺り一面にある鉱石が蒼い光を放ち始めたのだ。それも1つではなく、このフロア全体にある石が――――
「えっ…!!?」
自分の手元が光っていると思い視線をおろした私は、その光景に目を見張る。
布で隠しているにも関わらず、時空超越探索機が、蒼い光を放っているのだ。まるで、泉の側にある原石に反応しているようだった。
『予測不能ナトラブルニツキ、人工知能“サペンティアム”ノ機能ヲ一時休止致シマス』
「サティア…!?」
私の頭の中に聞こえてきた、彼女の声。
しかしその声は、
しかし、その
「おい、女!!とにかく、その光を何とかしろっ…!!!」
「そんな事言っても…私にだって、何が起きているか…!!」
右手側から、ダズの叫び声が聞こえる。
しかし、私も何故こんな事になっているのかがわからないため、対処のしようがない。
私も、内心では混乱していた。
「あっ…!!?」
身体から力が抜けたような感覚を覚えた私は、そのまま地面に崩れ落ちる。
それは、人工知能が休止した事によって臓器補助機の調整が出来なくなり、身動きが取れなくなってしまったからだ。
「サティア…!!起きてっ…!!!」
私は必死で彼女の名前を呼ぶが、休止状態になっているため、返ってくるべき声も響いてこない。
また、臓器補助機はサティアの調整の上で成り立っているため、今の私は五体を満足にすら動かせない。唯一働く脳で打開策を考えたくても、周りも混乱をしているから何も考えられない。また、鉱石の光の影響で、船員達は地面に倒れ伏している私なんて目に入ってなかったと思われる。
ログインしているのに、動けないなんて…!!
「誰かっ…誰か、私をこの場から遠ざけてっ…!!」
地面に顔をつけたまま、出せるだけ大きな声で叫ぶ。
だが、やはり
「ときは…来た…!」
「えっ!!?」
突然、誰かが私の身体を起こし、抱きかかえた。
「
「イドル…!?」
私をお姫様抱っこした正体は、イドルだった。
彼は、私にしか聴こえないくらい小さな声で呟く。頭の中が混乱していた私は、イドルが何をしようとしているのかが、まるで分からなかった。
「ちょっ…!!?」
すると、彼は突如として、その場から走り出したのだ。
混乱する
「イドル!!貴様、何を…!!?」
彼の身体越しにダズの叫び声が聞こえたが、当の本人はそれすらも聞く耳持たずで走る。
「息…止めるっすよ!!!」
「え!!?」
一直線に走るイドルから発せられた言葉。
それが何を意味するのかわからないまま、私と彼の周りの風景が突如として変わる。それは、自分を抱えたイドルが、生命の泉へと勢いよく飛び込んだためだった。蒼い光の空間が一気に水だらけの空間になった事でようやく、自分は泉の中にいるのだと悟った。
私、泳げないのに…!!!
私はイドルに抱きかかえられている事をすっかり忘れ、「このままでは溺れ死ぬ」と一瞬考えてしまう。
また、サティアによる臓器補助機の調節が一時休止しているため、元の“身体が弱い緑山沙智”に戻っていた事もあって、意識を失うのであった。
「ん…」
実際に意識を失っていたのは1分足らずと短い時間だったが、長い眠りについたような心地がした。
「目が覚めたか?」
「ここ…は…?」
「一応、“泉の中”…って所っすかね?実際は、時空と時空の狭間なんだろうけど…」
「!?」
意識がはっきりした私の視界に映ったのは、宙に浮いた状態のようにして立っているイドルだった。
「ここ…泉の中…よね?どうして、話す事ができるんだろう…?息もできるみたいだし…」
私は周囲を見渡しながら、そう呟いた。
そんな私達の周りは確かに、海の中といえるくらい蒼い風景が広がっていた。といっても、魚がいるわけでもなく、せいぜい地面にある海石くらいしか存在しない。問いをぶつける私に対し、イドルも腕を組みながら考える。彼もわからない事が多いようだが、少なくとも私よりは状況を把握できているようだった。
「この空間の事はよくわからないっすけど…。多分、この空間を経て、俺達は行くべき時代に“流される”んじゃねぇかな?」
「イドル…。もしや、貴方って…
「
私はこれまでの経緯から、イドルがあの時代の人間ではないのではという仮説が生まれていた。
そして、今の発言やサティアが言っていた事も踏まえて、この言葉を口にしたのである。しかし、当の彼は、時空流刑者の事など知らないような表情や素振りを見せた。
嘘をついているようには見えないけど…
返答からして犯罪者ではなさそうだが、絶対に違うとも言い切れない。
「そのタイム…なんちゃらは知らないっすけど、多分察しているように、俺はあの時代の人間じゃないっす。原因はわからないけど…多分、ちょっとした事故で元いた時代から飛ばされたんだと思う」
「そうだったんだ…」
彼の話に対し、私は同調する。
事態が上手く把握できていない以上、彼の話を聞くしか打開策は浮かばないだろうという判断からだ。また、一応は彼の言葉を信じてみる事にした。
「まぁ、俺の事は置いといて…。あの時代に飛ばされた時に運よく船長に拾ってもらった俺は、下働きをしながら元の時代へ帰る方法を探していた。そして…探している内に、あの“生命の泉”と、その鍵となる
「それで、泉へ行こうと指輪を持って逃げ出した…?」
「…そういう事。ただ、船を手配しようにもできなくて、途方に暮れていた所…酒場で働くあんたを見つけた」
「…じゃあ、街中で私にぶつかったのも?」
「…すまん、わざとっす。ただ、あんたを初めて酒場で目にした時は驚いたよ!指輪の鉱石と同じ感触を持つ機械を、腕につけていたからな!」
「…確かに、ポートロイヤルの酒場では腕に布つけていなかったけど…いつ、私の
「…酔っぱらっているふりして近づいた時に、ちょっとな。あんたは俺以外の客も対応していたから、流石に覚えていないだろう?」
その問いかけに対し、私は首を縦に頷いた。
実際私としては町中でぶつかった時が初対面だと思っていたが、イドルはそれより前に私を知っていたのだと会話中から理解できたのである。
「お…?」
「水泡…?」
気が付くと、私やイドルの周囲に水泡がいくつか現れていた。
こうやって普通に会話できたのだから、“水に浸かっている感覚”はないので、水泡も現れないはずだった。
「…どうやら、そろそろお別れの時みたいっすね」
「まさか、“生命の泉”が、時空の出入り口と繋がっていたとは…今でも信じ難いな…」
私は、先程までの会話で知り得た事を呟いた。
「あ…!!」
水泡が少しずつ増えだしたのと同時に、私は大事な事を思いだす。
「あー…えっと、イドル!!私、酒場にいた時、鼻歌交じりで呟いてた貴方を見かけていたの!!えーっと…その時…その時口走っていたモノの名前…憶えているかな??」
「鼻歌…?」
私の問いを聞いたイドルは、きょとんとしながら考える。
うつけの“ふり”をずっとしていたのだろうが、流石にあの時は意図して歌ったのではないだろう。腕を組みながら、イドルは考え込む。
「あ、わかった!!“ガリオン船”!!だったっすよね?」
「うん…あたり…!」
彼があの時言ったパスワードの言葉を口にしてくれた事で、ヴィンクラのログアウトが完了した。
「…それが何か…??」
「…ううん。最後に、その船の名前を聞いておきたかっただけ…かな」
私は彼に怪しまれないよう、落ち着いた口調で答える。
そうこうしている内に、大量の水泡が私達の周りに発生していた。
「俺は行くべき場所が決まっているから一方通行だけど…あんたは、在るべき場所とは別の場所に行くべき人間って事か?」
「えっ!?」
その
当然の事だが、私が他の時代を回って知識を取得しているという使命は“そこ”で生きる人々に明かしてはいけないと厳しく言われている。今の言い方はまるで、それを気づかれたのかと思うほど、唐突な質問だった。しかし、言いにくいと思ったのが通じたのか、彼は苦笑いを浮かべながら口を開く。
「…まぁ、人には言いたくない事もあるだろうし…あ、そろそろ!」
イドルは、今の言葉を境に、これ以上掘り下げてくる事はなかった。
「そんじゃあ、お別れだな!…とか言って、俺の生きている時代にあんたがたどり着いたら、うけるけど」
「…そんな訳ないじゃない、もう!」
彼の少しふざけたような言葉に、私はクスッと笑っていた。
その後、水泡に包まれたイドルの身体は、それと共に消えてしまう。ほどなくして、私の身体も消え始めていた。
そろそろサティアの一時休止もなくなるとは思うけど…思えば、この泉がまるで、
そんな事を考えながら、消えていく肉体に身を任せるのであった。
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