第32話 彼の者らは何を求める
船での航海が3日・4日と続く中、
「…何か見えそうか?」
「っ…!?」
突然背後から声をかけられた私は、瞬時に後ろへ振り返る。
「お前、半端ねぇ反応するな…」
瞬時に振り返り、手にしていた望遠鏡を刀のように相手の首元に寄せつけたのを垣間見たダズは、つばをゴクリの飲み込みながら、私を見下ろしていた。
どうも、背後に忍び寄られると戦闘態勢に入る――――――いわゆる“戦闘反射”をしてしまう。ログインしていなければこうはならないが、やはり忍としての訓練の賜物だろう。今私達がいる場所は、船のマストを調整する物見のような場所である。今は航海士でもあるダズの監視下に置かれていた。
ただでさえ、自分を拉致した奴だから、関わりたくないってのに…
私は、内心で文句を垂れ流していたのである。
『それはさておき…。その“望遠鏡”って奴、本当に遠くが見えるの?』
うん。元々目がいいから遠くを見るにはもってこいなんだけど、肉眼よりもさらに遠くが良く見えるよ!
サティアの問いに、私は心の中で答える。思えば、現代でもオペラグラスといった望遠鏡の進化した物があるのだから、その元祖たる望遠鏡の事を一応は知っていた。それでも、これまで訪れた時代で見かけた事はなかったため、とても新鮮な感じがしたのである。
望遠鏡を私が見ている間、ダズは私の後ろで周囲を見渡していた。この一見何でもないような行為も、実は船の位置や進み具合を確認するために、大事な事らしい。それを知るのはこの時より後になるが、“航海術”という新たな知識を得る一歩となっていた。
「…それより、お前。本当に、あの野郎と面識ないんだな?」
「“あの野郎”…?」
「イドルの事だ」
「はー…。あのさぁ、何度も言ったけど、あんたら幹部が勢ぞろいしたあの日に初めて顔合わせたの!!あまりしつこいと、嫌われるわよ?」
以前にもされた問いにうんざりしていた私は、少しいらついた口調で返す。
しかし、そんな私をかわしたのかはわからないが、遠くを見つめながらダズは口を開く。
「あの野郎に、負けたくないんだ。男としての実力にしろ、何にしろ…」
遠くを見つめつつも、その瞳には闘志のようなものが宿っていた。
『…何か、ひと悶着ありそうな予感がする』
…私も今、同じ事考えていたかも…
不意に響いてきたサティアの声に、私も同調していた。
「そういえば…」
私は、ふと思い出した事を口にする。
「あのイドルって奴、何故この指輪を持ち出したのかな?」
「…宝を独り占めしたかったからとか?」
「でも…それだったら、お宝を目の前にしてからでもいいんじゃない?」
「…何が言いたい」
私と青年との問答が続く中、答えが見つからない事に対し、ダズは苛立った
それを垣間見た私は一呼吸置いてから、話を再開した。
「どうも、あの男は貴方達が思うような人間ではない、何か深い考えを持っているような…そんな気がするの」
「…かもな」
「えっ…?」
私が話している所で突然ダズが呟いたので、瞬きを何度もして訊き返してしまう。
しかし、彼はその先を語ってはくれない。
「…船長の所へ行ってくる」
「あ…そ…」
呟いた言葉が何かわからないまま、ダズが物見からを去って行ってしまった。
『…何だったのかしら?』
「さぁ…」
物見には自分一人となったので、サティアの声に、私は口頭で答えた。
『そうだ。ちょっとさ、その指輪を“見せて”くれない?』
「えっ…?」
その後、少し黙り込んでいたサティアが声に出した
彼女が言う“見せて”の意味はわかっていたが、何故そんな事を言いだしたのかがわからない。
「いいけど…」
そう呟きながら私は左手の指を曲げて外側に向け、首筋に当てる。
それによって、中指にはめられた指輪の宝石がヴィンクラに接触する。こうやってヴィンクラに触れる事で対象物をスキャンし、
ただし、この“ホルアクティアの指輪”の宝石は、指輪となっている金属部分の中に組み込まれているため、物として認識できない。そのための行為だったのである。
「何か気になる事でも…?」
『…そうね。分析してみて、今夜にでも話すわ』
「了解」
サティアの返答を聞いた私は、そこで昼間における会話を終了したのであった。
そして、その日の夜。
船室の下層部にて、多くの
『昼間の話の続きだけど…』
サティア…!
うとうとしていた私の頭に、サティアの声が響く。
『一つ問うけど…。沙智はいつも使っている時空超越探索機が、どんな物質でできているかを考えた事がある?』
時空超越探索機の…?
あまりに突拍子もない質問だったので、私は口を尖らせながらその場で考える。幼い頃から一般人における義務教育並みの教育は受けていた関係で文系理系と一通り習ったが、私は機械や工学等には興味はない。そのため、「いつも使っている機械が何でできているか」などと考えた事もなかった。
私が「考えていない」という反応を示したのだと認識したサティアは、話を続ける。
『掻い摘んで説明すると…どうやら、その指輪にはまっている宝石。探索機で使用している物質と同じ代物なのよね。違いとしては、見た目の色だけかしら?』
それって、何かすごい事なの…?
『…ここから先は、仮説なんだけれど…。
そういえば…オウィが言っていたよね。
『まぁ、この時代の人間にしてみれば、魔力を宿しているのを知らなくても、欲しがるって所かと思うわ』
何にせよ、指輪が外れても外れなくても、
『あとは、その鉱石を見つけるまでに、ログアウトしちゃわないようにしなくてはね…』
うん。イドルが”ガレオン船”と口にしない事を、祈るばかりだよ…
そう思いながら、指輪がはまっている左手を掲げ、はまっている宝石を見上げていた。
そして翌朝、朝食を終えて片付けをやらされた後、船長ら幹部に呼び出された。
「いろんな所で野郎共にこき使われているようだが、ある程度こなしている所を見ると…嬢ちゃん、なかなかやるなぁ!!」
「はぁ…どうも…」
船長は感心しているようだが、私は正直嬉しくなかった。
この時代の人達の慣習なのか海賊の慣習なのか定かではないが、会うたびに髪の毛をクシャクシャと掻き毟られたりと近づいてくるのだ。その際、加齢臭なのか不快になる臭いを撒き散らしてくるからであった。
「アストメン船長。そろそろ、本題を…」
すると、苦笑いを浮かべながら進言するオウィの姿があった。
「…だな。さて、野郎共。ついに…だが、俺たちは”生命の泉”があるとされている場所へ到達しようとしている」
船長が口にしたこの一言で、幹部達の表情が明るくなった。
だが、ここで唯一、イドルだけが喜んでいなそうな
「陽が一番高い所に上った頃に、上陸できるだろう。向かうのは、俺と船医以外の幹部。…あとは、
「その姉ちゃんも…っすよね?」
「…そうだ」
説明の中で突然、イドルが割って入ってくる。
それを見た船長は不満そうだったが、この場では頷くだけに留まった。
「因みに、嬢ちゃん」
「あ…はいっ!」
船長に声をかけられ、それによって幹部らの視線が私に集中したので、少し裏返った声で返事をする。
「俺たちは、多くの海を乗り越えてきた猛者だらけだが…。女とはいえ、100%守れる自信も保障もない。それに、もし俺たちに仇なす存在となれば、容赦なく殺すだろう。…お前に問いたいのは、自分の身は自分で守れるか…って事だが」
いつも豪快な船長が、この時は珍しくまともな事を言っているような気がした。
ログインしていなければ話が変わるが、今の私にとって、その問いは愚問でしかない。
「大丈夫です。自分の身は、自分で守れます」
それを聞いて、おそらく一部の人間は「女ごときがそんな事できるはずがない」と考えたであろう。
ただし、ダズといった一部の幹部は、特に異論を唱えていなかった。一方、問いかけをしてきた張本人も、私が目で何かを訴えようとしているのを察したのか、特に追い討ちはしかけてこなかったのである。
これが、カトラスかぁ…!
私は、一つの剣を鞘から抜いて眺めていた。
「おい、女。さっさと来い」
「あ…うん」
しかし、ダズに促された私は、すぐに刀身を鞘にしまってから歩き出す。
とある孤島に降り立った私たちは、”生命の泉”があるとされる洞窟へと進もうとしていた。因みにカトラスとは、彼ら海賊が一番好んで使っていた剣の事を指し、近距離戦闘用の武器だ。上陸する前に「カトラスぐらいは持たせてやれ」と船長からのお達しがあり、支給されたものだ。
『刀よりも重そうだけど、ヴァイキングが使っていたものよりは使いやすそうね?』
カトラスに触れていた時にそれを認識していたサティアが、ポツリと呟いていた。
また、私は持たせてもらえなかったが、周囲にいる
やっぱり、男性用の服は動きやすいよね♪
私は口こそ開かなかったが、そんな事を考えながら足を進めていた。
ポートロイヤルの酒場にいた時はスカートを履いていたが、流石にこのけもの道を通るのに女の格好は動きづらいので、あまりきれいではないが、下働きの少年らが身につけるような服を着せられた。幹部らは厚手の生地で仕立てられた丈の短いジャケットに亜麻布のシャツ、帆布で作ったくるぶし袖のズボン、ウールの靴下といった文献にも載っていたというような格好の者が多い。ただ、頭に身につける装飾は人によって異なり、スカーフを結ぶか、三角帽や平たく丸いマンモス帽をかぶるといった具合だった。
この先何が待ち受けているかわからないけど…とにかく、何も問題なく事が進んで欲しいものだね
『…確かに』
私と
”悪い予感ほどよく当たる”なんてよく言うが、この後、想像すらできない事が起こるのをこの時の私たちはまだ、知らないのであった。
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