第15話 囮作戦

佐久間象山さくましょうざんが、殺された…!?」

その日の晩、夕餉を食べる幹部らの間に、驚きの声が響く。

「え…」

しかし、その話に驚いたのは、私も同じであった。

「そんな…何故…!?」

「…元々、彼が唱える開国論は一部の攘夷派浪士の反感を買っていた。…それ故だろうな」

顔を真っ青にしている私に対し、原田さんは気まずそうな口調で語る。

「…そうか。お前も象山先生と相まみえた事あるのだったな」

うつむいている私に対し、事情を察した土方さんの声が聞こえてきた。

どうやら近藤さんや土方さんといった一部の幹部は象山先生と面識があったらしく、彼がどのような人物かを知っていたようだ。

「…物言いは大胆であったが、尊敬できるほどに強き信念を持たれていた方が…惜しい人を亡くしたな」

近藤さんが、心なしか残念そうな表情かおを浮かべている。

その様子を見つめていた原田さんは、深刻な表情をしながら、平助君の方を向く。

「…なぁ、平助」

「何っすか?」

突然声をかけられたので、平助君は目をパチクリさせていた。

「お前に確認したいんだが…池田屋で、お前の額に傷を負わせた野郎の風貌を…覚えているか?」

「!」

原田さんが“池田屋”という単語を口にした事で、私は我に返る。

「確か、飄々とした態度で拳銃を持った…色黒の野郎だったな」

「…やはりな」

「原田さん…?」

その答えを待っていたような彼の口調に、私は首を傾げた。

すると、原田さんは私の方を横目で見てから話し出す。

「象山先生を斬った浪士を追いかけた際、風変わりな3人の男に出くわした…。どうやら、奴らは沙智を捕らえた一味の黒幕らしい」

「!!」

その言葉に、全員が驚く。

「その人達は…私について、何か…?」

私は、震えた声で何とか今の言葉を絞り出す。

それを見た原田さんは、腕を組んで考え事をしながら答える。

「お前は…そいつらと面識はないんだよな?」

「はい…もちろんです」

「…3人の内、一人の男は、お前の首についている“それ”を知っているような話しぶりだった」

「なっ…!!?」

『ヴィンクラを知っていた…という事…!?』

私が驚きの余り声を失った一方、ずっと黙っていたサティアも驚きの声をあげていた。

そして、原田さんの話は続く。

「総司。お前が池田屋で苦戦した相手は、強面で話し方が丁寧な野郎だったな?」

「…そうだけど?」

真剣な表情をしている原田さんに対し、沖田さんは、いつもの飄々とした態度を崩さない。

「ならば・・・奴らはおそらく、薩長のいずれかに与する連中だ。平助や総司を新撰組の奴と知った上で、戦いを挑んできた訳だからな…」


夕餉が終わった後、私は片付けをしながら考え事をしていた。

原田さんの話から察するに、ログイン・ログアウトの相手は、平助君と刃を交えたという男の方みたいね…

『話し方が全く丁寧ではなかったからね。…間違いないわ』

私が心の中で述べた結論に、サティアも同意していた。

『それにしても、ヴィンクラを知っているという男の方…気になるわね』

うん…。また時空流刑人タイムイグザイルとかかな…?

『何にせよ、これで新撰組かれらもそいつらについて調べてくれると思うわ』

薩長の浪士は新撰組にとっても、敵といえる存在だしね…

手を動かしながら、私たちの会話は続く。

…ただ、そのログアウトできる男性の方は、どうすれば相まみえられるんだろう…?

その後、私とサティアは少しの間だけ黙り込む。この世界を去る前に絶対に接触しなくてはならないが、自分を捕らえようとした所から考えると、一緒に行動を共にするわけにもいかない。味方であれば苦労はしないが、明らかに“敵”のため、どうすべきか迷う。

『危険ではあるけど…方法がなくはないわね』

「えっ…?」



「あー…はぐれちゃった」

その翌日、食糧の買い出しで外にいた私は、一人路地裏の中に突っ立っていた。

一人では心もとないので斉藤さんと共に町へ繰り出していたが、途中ではぐれてしまったのである。

『そういえば、沙智。あんたって、平安時代の京でも迷ってなかったかしら?』

そうだっけ…?

サティアの台詞ことばに、私は黙ったまま首を傾げた。

「うーん…」

腕を組みながら、私は考え事をする。

屯所へ先に戻るのもありだが、まだ買っていない物もある。そのため、この先どうしようかと考えていたその時だった。

「やっとツラ、拝めそうだぜ」

「!!」

背後から、聞き覚えのある声が響く。

それに反応した私は瞬時に振り向き、後ろに数歩下がる。

「貴方が…!!?」

驚く私の瞳には、少し色黒な肌を持ち、一見すると忍のように身軽な服装の男性が映っていた。

「へぇ…今は男の格好をしているが、結構いい女じゃねぇの」

その男は、ニヤニヤしながら私を見下ろしていた。

「…ふざけないで。それより何故、私をつけ狙うの…!?」

軽口に流される事なく、私は一番訊きたかった事を口にする。

また、先程の話し方で、この男性が池田屋でヴィンクラのログインを成功させた男性だと確信する。

「んー…俺はかっ攫うよう命じられているだけだしなぁ…。理由は、“あいつ”じゃねぇとわからねぇさ」

「!!」

『ヴィンクラの存在を知る男の事ね…』

人工知能サティアは言葉で示し、私は相手の台詞ことばに表情で反応を示す。

「…しっかし、おかしいなぁ~!あの馬鹿共の話だと、池田屋行くまではいとも簡単に捕縛できたはずだった。しかし、今のあんたは…」

口を動かしながらその男は、私を品定めするように眺める。

その後沈黙が続くが、男は考える事をあきらめたのか、隠し持っていた拳銃を取り出す。

「まぁ、いいや。とりあえず、俺と共に来てもらおうか」

「…嫌ですと言ったら…?」

私は、鋭い眼差しで相手を睨みつける。

その切り返しに対して、相手は瞬きを数回していたが、すぐに不気味な笑みを放ち始める。

「強気な女は悪くねぇ…。ならば、力ずくで連れていくしかねぇなぁ…!」

「!!」

その直後、目にも止まらぬ速さで敵は走り出す。

普段ならば相手の動きを読んで避ける所だが、私は敢えてそれをしなかった。その理由は―――

「うおっ…!?」

私の前に誰かが現れたのを悟った敵は、瞬時に間合いを開ける。

「成程…。どうやら、貴様が平助を倒した者という事だな」

淡々と述べながら現れたのは、買い物中にはぐれた斉藤さんだった。

 さ…作戦成功~~~~~!!

斉藤さんの出現で、私は少しだけ緊張がほぐれた。

そう、ここまでの展開はサティアが考えた作戦だったのである。「このまま屯所で怯えるよりも囮になって敵をおびき出し、情報を得るべき」というサティアの提案に同意し、その協力者を求めて新撰組の幹部らに相談。本当に一人で行動するのは危険なため、買い物中わざとはぐれる事で単独行動をし、一人になった所を狙わせる――――――という作戦だ。

はぐれるにしても、フラフラと歩きながらも指定された場所にそれとなくたどり着き、相手にその位置をおおよそ伝えておく。そして、その目的地を頼りに私を探す事になるので、特に怪しまれる事はない。

「隊服を着ていないが…さしずめ、新撰組の幹部といった所か?」

「…いかにも。俺は三番隊組長・斉藤一。そちらも、名乗りをあげてもらおうか…!」

敵の方は少し動揺してはいるようだが、それを表には出そうとしない。

一方で、斎藤さんは淡々と語っているように見えて、少し憤りを感じているようにも見える。

「…俺様は、後藤田 故。金で雇われた浪人…って所だな!」

相手を見定めるような眼差しを見せながら、相手は名乗った。

「あの夜、混乱に乗じてそこの女を連れて帰ろうとしたが…てめぇのお仲間が運悪く駆けつけちまったから、それも叶わなかったんだな。これが…」

飄々とした態度で語る、後藤田という男。

 …勝手にログアウトされるのはまずいので、あまりこいつの言動を聞かないようにしなくては…

そんな事を考えていると、後藤田の後ろからも足音が響く。

「…遅いぞ、総司」

軽くため息をつく斉藤さんの視線の先には、この日巡察に行っていた沖田さんがいた。

隊服を着たままの所を見ると、部下である一番隊の人達は少し離れた場所で待機していると思われる。

沖田さんの出現を機に、後藤田は周囲を見渡し、感覚を研ぎ澄まして気配を探るような素振りを見せる。

『この色黒野郎も、もしかしたら忍…?』

緊張感が続く中、サティアの声が頭の中に響く。

「…そういえば、てめぇ。池田屋にいた野郎だったな?俺様が鉢金を割ってやった餓鬼と共にいた…」

沖田さんを観察しながら、後藤田は嫌味っぽい口調で話す。

「貴方が、平助君に傷を負わせた…!?」

斉藤さんの後ろに立つ私は、その言葉を口にしたのと同時に、頭に包帯を巻いた平助君の顔が思い浮かぶ。

また、仲間を侮辱するような一言に目の前の斉藤さんは眉間にしわを寄せていたが、沖田さんは動じる事なく、相手を見つめていた。

「…ああ。声聞いて思い出したよ。最も、僕にはそんな挑発効かないけどね」

少し不気味な笑みを浮かべる沖田さんは、別の意味で怖かった。

 …でも、かなり殺気立っている気がするんだけど…

言葉とは裏腹に、物凄い殺気を彼から感じ取っていたため、沖田さんは一種の天邪鬼なのではと私は考えていた。

「でも、苛立っているのは本当。だってあの日、君は…」

沖田さんは、何か呪文を唱えるかのように呟く。

同時に、鞘から刀を取り出していた。

「一番見られたくないものを見てしまったからね…!!」

「!!」

声を張り上げた刹那、彼が刀を一振りする。

その素早さに、動体視力の良い私ですら捉える事ができなかった。しかし、敵はその一振りを紙一重でかわす。

「…危ね…!!」

間一髪避けた後藤田は、気がつくと建物の上に立っていた。

それによって、近くで待機していた一番隊の隊士らも、彼の存在に気がつく。

「今日は確認が目的だったからな…勝負はお預けって事にしてやるよ…!!」

冷徹な瞳で睨み付ける沖田さんに対し、上から目線で後藤田は言い放つ。

「それから、女ぁ!!」

「・・・っ・・・!」

今度は私に対して、声を張り上げる。

「”あいつ”からの言伝だ!”近い内に「それ」ごと連れて帰る故に、待っていろよ”…ってな!!」

「なっ…!!?」

思いがけない台詞ことばに対し、私は目を見開いて驚く。

しかも、相手は自分の首下を指差しながら叫んでいたので、尚更だ。深刻な表情をしている新撰組かれらをよそに、後藤田は建物の屋根をつたって走り去ってしまう。それを目の当たりにした二人は、それぞれ抜いていた刀を鞘に戻したのである。


「…行ったか」

「…まぁ、こんな狭い路地裏で斬りあいはちょっとやりづらいしね。いいんじゃないの?」

沖田さんは相変わらず飄々としているが、二人とも声音からして少し安堵しているのがよくわかる。

「しかし、収穫はあり…だな」

そう呟きながら、斉藤さんは私の方に振り返った。

「…ご苦労だったな、緑山。お前のおかげで、奴が如何なる男かを把握できた」

「いえ…私こそ…」

彼の真剣な眼差しに、私は少し頬を赤らめていた。

 斉藤さん、顔立ちが土方さんとまた違って綺麗な男性ひとだから、間近で見るとドキドキする…

私が頬を赤らめる理由がわからない斉藤さんは首を傾げていたが、その後ろにいた沖田さんは意地悪そうな笑みを浮かべていたのである。

「それにしても、あいつ。この僕の一撃を、何だかんだで一応避けていたからね。そうなると、彼を従えている奴の実力は、それ以上…って事かな?」

「だが、やはり解せん。何故、そこまで実力のある奴らが彼女を狙う…?」

沖田さんの呟きに対して斉藤さんは、腕を組みながら考え込む。

「…ってか、沖田さん。もしや、面白がっています?」

「…勿論!だって、最近は張り合いのない奴ばっかり相手していたし、誰かさんのおかげで、こうして巡察出る機会も減りつつあるしね!」

『…あの”鬼副長”の事ね』

「土方さんの事…?」

「ん…?」

サティアの言葉に思わず反応したが、今度は二人が私の言葉に反応を示した。

「…まぁね。それより、僕は巡回の途中だし…君らも買出しの途中なんじゃなかったの?」

「む…そうであったな」

それを聞いた斉藤さんが、何かを思い出す。

「そんじゃあ、はい!忘れずに持ち帰りなよ…?」

「あ…」

悪戯っぽい笑みで話す沖田さんの後ろには、私達が買出しで買っていた食糧を持った隊士が立っていた。

「斉藤さん…まさか、荷物を何処かに放り出して参ったって事ですか?」

「う…」

事実を指摘された斉藤さんは、少し挙動不審になりながら、後ろに下がる。

「…うちの”料理番”は結構手厳しいし、怒られるのを覚悟しといた方がいいんじゃない?一君!」

そう言いながらすれ違いざまに斉藤さんの肩を叩いた沖田さんは、そのまま隊士達を引き連れてその場を去っていった。

「み…緑山…」

すっかり覇気をなくした斉藤さんが、私の隣に立つ。

 食べ物を粗末にしないでってあれだけ言ったのに~~~!!

何故か沖田さんを含む一部の幹部には”料理番”なんてあだ名がつけられていたが、どうやら私は料理や食材についてうるさい奴だと思われているらしい。しかし、現代で生きる私にとってはそれが当たり前なのだという感覚があった。しかし――――――

「…囮作戦とはいえ、此度は助けて戴いたのですから、今日は怒りません」

斉藤さんは怒られると思っていたようだが、今日の私としてはそういった気持ちはあまりなかった。

今はただ、お礼を言いたかっただけなのだから。

「斉藤さん、ありがとうございました」

「緑山…」

私が深くお辞儀をしながら礼を述べると、彼は安堵したような穏やかな笑みを浮かべる。

「…戻るか」

「はいっ…!!」

荷物を抱えた斉藤さんは、私に一言述べてから歩き出す。

返事をした私も、彼の後に続いて足を動かし始めた。


こうして、私と斉藤さんは屯所へと戻っていったのである。これが”穏やかな日々”といえる時間の最後だった事も知らずに――――――――――――


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