第14話 流派を知るために
「…君の処分が決まった」
あれから数十分が経過し、再び呼び出された際に、局長の近藤勇からそう切り出された。
相変わらず、彼の周囲には新撰組の幹部達が構えている。
「池田屋で目撃された際の状況も考慮し、お前には新撰組の下女として働いてもらう」
「えっ…?」
土方歳三が述べた沙汰に、私は瞬きを数回した。
『…ある意味、軟禁生活って所ね』
話を聞いていたサティアが、ボソッとつぶやく。
「悪いが、まだお前が長州の間者ではないという確証はない。故に、疑いを晴らしたいのならば、精一杯働く事だな」
「土方さん、厳しいねー♪」
真剣な表情かおで物申す副長の側で、沖田総司が軽口をたたく。
「ただ、女人を隊士らの前に晒すのも良くないと思いますので…君にはしばらくその格好をしていただきます」
「…はい」
そんな軽口をものともせず、山南総長が口を開いた。
おそらく、この時代の着物も動きづらいだろうから、かえって好都合かも・・・
本来なら女が男の恰好をさせられるのはあまり気分の良い事ではないが、私にとってはありがたいはお達しでもあった。
『…ログイン相手の事は、ゆっくり探すしかなさそうね』
うん…。ログイン相手が見つかるまでログアウトもできないけど、裏を返せばそれまでは忍の技や弓といったこれまでの知識を活用できるしね…
時間がかかるのは予想できるが、“今はこの状況に甘んじるしかないだろう”という結論に私達は至っていた。
「…皆さん、宜しくお願い致します」
私は頭を地につけ、堂々と幹部らの前で挨拶をした。
こうして、私は新撰組の人達との生活が始まる。
それから2週間後―――――――――
ある昼間の事、畳み終えた洗濯物を片づけた後、廊下を歩きながらそんな事を考えていた。
『…まだ監視、続くのかしらね』
「そうだね…」
サティアの呟きに、一人同調していた。
この2週間の間、下女(隊士らから見れば下男)として新撰組内での家事炊事全般をこなしていた。現代にいた時もある程度自炊していたので、その経験が生きたのか。また、以前に訪れた19世紀のイギリスでは
「あ…」
その後、物音に釣られて向かった先には、木刀を片手に手合わせを庭で行っている沖田さんと齋藤さんがいた。
この数日でわかったのは、幹部のほとんどが年上である事だ。そして唯一、年齢としが近いのが八番隊組長の藤堂平助だけだと思われる。そのため、彼以外の人たちにはちゃんと“さん”づけで呼んでいる。
「すごい…」
木刀で稽古をしているだけなのに、私は彼らの動きに見惚れていた。
というのも、沖田さんは目にも止まらぬ速さで猛攻を加える一方、斉藤さんはそのほとんどの攻撃を防いでいる。
『こいつら…伊達に、隊長をやっていないわね』
「うん。本当に…」
彼らの稽古を遠くから見つめていた私は、その強さに、この時代でいう“武士”という
「よっ!沙智!!」
「あ…平助君…」
肩をつつかれたので振り向くと、そこには藤堂平助がいた。
彼の頭には、包帯が巻かれている。
「何を見ていたんだ?」
「あ…沖田さんと斉藤さんが稽古しているから、それを見ていて…」
そうやって話をしていると、木刀の弾く音が止んでいた。
「緑山…いつの間に、斯様な場に…」
「あ!沙智ちゃんかー…どうしたの?」
木刀を下していた斉藤さんと沖田さんが、こちらを向いて話しかけてきた。
「あ、いえ…。一時期、私も刀で稽古した事があったから懐かしくって、つい…」
見入っていた理由を明かした私の頬は、少しだけ赤くなっていた。
「稽古?…お前もどこかの流派で修業していたのか?」
「流派…」
平助君の問いかけに、私はどう返答すべきか迷う。
私が過去の世界で得た忍術は、北條に仕えた風魔一族から得た技術。諜報や奇襲・謀略・放火・偵察を得意としているとは聞いたが、流派などがまだ確立していなかっただろうし、そういった話は全く耳にしていなかったからだ。
『…とりあえず、話を合わせておいた方がいいんじゃない?』
サティアの助言もあり、この場は話を合わせる事で回避しようという結論に至る。
「…まぁ、そんな所かな」
「…相変わらず、君は謎が多いね。
「!」
返答した直後に言った沖田さんの一言に、私は反応を示す。
また、その一言は、周囲の空気をやんわりと悪化させていたのである。
「…ああ、そうだ!なら一度くらい、総司にでも稽古つけてもらえばいいんじゃね?」
重くなった空気を変えたのは、平助君だった。
「沖田さんに…?」
「まぁ、稽古っていうよりは、手合せって奴?もしかしたら、俺らが知らない流派で学んでいるのかもしれないぜ?」
「…ふむ。だとしたら、試す価値はあるな」
平助君の提案に、斉藤さんは同意の意を示す。
「ふーん…。まぁ、僕は別にいいけど」
「…では、緑山。これを…」
そう述べた斉藤さんは、私に木刀を手渡してくれた。
「では、先に木刀を落とした方を負けとする」
庭先で沖田さんと向かい合った私との間で、斉藤さんがそう言い放つ。
その後、彼の合図で私は木刀を両手で構えた。
「では…・・・始め!」
その合図を皮切りに、手合わせが始まる。
「では、沙智ちゃん。…お手並み拝見!」
「!!」
楽しそうな笑みを浮かべる沖田さんだったが、その後の動きに私は目を見張る。
速いっ…!!!
一瞬の内に間合いを詰めてきた沖田さん。とてつもなく速かったが、目で追える速さでもあったので、何とか防御に成功する。
「くっ…!」
相手の一撃を食い止めるも、力は向こうの方が上。
うめき声をあげながら、必死にその攻めに耐える。
「はっ…!!」
掛声と同時に私は、相手の攻撃を弾いた。
それと同時に、瞬時に駆け足をし、彼の背後に回っていたのである。
「は…速い…!!」
「あの動きは…」
そんな私達を、平助君と斉藤さんが見守っていた。
「っ・・・!?」
沖田さんの背後に回った直後、背中越しに強烈な殺気を感じる。
普段だったら、背後に回った段階で瞬時に攻撃を繰り出していた。しかし――――――
「勝負あり!そこまで…!!」
斉藤さんの合図が出た頃には、勝負は既についていた。
庭先の草むらには、私が握っていた木刀が落ちている。目を見開いて固まっている私の喉元には、木刀の切っ先がある。木刀を突き出して静止している沖田さんの
「お…おい、沙智…!」
その場に駆け付けた平助君が心配そうな口調で声を荒げるが、地面に座り込んでいた私の耳には全く入ってきていなかった。
「…総司。女子相手に、加減を忘れたか」
少し深刻そうな
「加減?…ああ、一応しておいたけど。でもさ…」
諌められた沖田さんは、開き直ったような態度をしながら、地面に座り込んでいる私を見下ろす。
「僕の攻撃を避けて、かつ背後に回って奇襲しようとしたんだから…つい本気を出しちゃったよ!」
沖田さんは、飄々とした態度で言い放つ。
それを聞いた斉藤さんは大きなため息をついていた。
「…まぁ、いい。これで、緑山の流派は、我々の知らぬものだと判別できた」
「!」
その場にいた全員が、今斉藤さんが述べた
「おそらく、かなり古流の忍が駆使していた技…」
「あ!山崎君…」
私たちの会話の中に、今度は山崎すすむが入ってきた。
「君がこの刻限に屯所にいるのは、珍しいね?」
「…副長に報告をしに参っていたからな」
普段見せるいたずらっ子な笑みを浮かべる沖田さんに対し、山崎さんは眉一つ動かさずに返答する。
『やっぱり、この山崎って奴なら見破れると思ったわ』
すると、ずっと黙っていたサティアの声が頭の中に響く。
「…しかし、それだけの腕を持ちながらあの日、何故浪士らに捕らえられたのですかね?」
「た…多勢だったから…ですかね?」
山崎さんの言葉に心乱されつつも、何とか言い訳を口にした。
とても、「その時はログインしてなくて、忍の技が使えなかった」なんて言えないわよねぇ…
私は冷汗をかきながら、そんな事を考えていた。
「あ…」
その時、私はその場で面白いことを閃いた。
「あの…沖田さん!」
「…何?」
沖田さんの名前を呼んだ私は、つばを飲み込んでから口を開く。
「あの…よろしければ、隊務の間でもいいので、私に剣術を教えてはくれませんか?」
「!!」
私の台詞ことばに対し、沖田さんが珍しく挙動不審となる。
何故、私が彼に教えを乞いたいと願ったかというと、新撰組の隊士の中で天然理心流の撃剣師範は沖田さんのみだからだ。
ハードディスクに保存する技術なら、それくらいできる人に教わりたいしね…
『剣術は、身を守るためにも持っていて損はないし!』
私が心の中で述べた事を、サティアも同意していた。
「何故、僕が?…全く意味がわからない」
「でも、総司!最近、副長命令で見回り休まされているんだろ?…身体ほぐすのに、ちょうどいいんじゃね?」
不機嫌そうな沖田さんに対し、平助君が助け舟を呼んでくれる。
「…いやだよ、僕は」
そう言ってそっぽを向いてしまう沖田さんは、まるでふてくされた子供のようだった。
「ほう…剣術指南か!」
「あ…近藤さん…!」
声の聴こえた方向へ振り向くと、そこには局長たる近藤さんの姿があった。
「…はい。緑山の希望により、総司が指名されておりまして…」
「…って、一君!何、ちゃっかり近藤さんに説明しているの!?」
事の経緯を説明する斉藤さんを見た沖田さんは、少し恥ずかしそうに声を荒げる。
「緑山君」
「はい…!」
ハキハキとして口調で話す近藤さんは、私の方を見下ろして名前を呼ぶ。
「君は何故、剣術を学びたいと考えたんだい?」
「!」
その一言に、私の表情が強張る。
『…絶対に、本当の事を言っては駄目よ』
すると、サティアからの念押しが入った。
「私は…」
右腕を掴んでいた私の脳裏には、背後から拘束されて、池田屋に連れて行かれるまでの恐怖がじわりと浮かんでいた。
「あんな目にはもう遭いたくない。“自分の身は自分で守る”…いや、守りたいからこそ剣術を学びたいんです」
「ふむ…」
右腕を掴む左腕を微かに震わせながら、私は語る。
その光景を、皆が真剣な表情で見守っていた。一方、近藤さんは腕を組みながら考え事をしている。
「…総司」
「何?近藤さん」
数分ほど沈黙が続いた後、最初に口を開いたのが近藤さんだった。
「…巡察の合間で良いから、彼女に稽古をつけてやってくれ」
「…近藤さんが、そう言うなら…」
まだ不満は残っているようだが、局長の言葉で承諾してくれたのである。
「良かったな、沙智!」
「うん!」
少し無茶かもしれないが自分が望んでいた事が叶った私は、声をかけてきた平助君に満面の笑みで返す。
その
こうして、隊務の合間ではあるが、私は沖田さんから剣術の指導を受ける事となる。忍の技だが基本を身に着けていた分、素振りは免れた。しかし、各種の構えや移動稽古、抜き付けなどをたっぷりやらされる事となる。
沖田さんって、きっとドSだよね…
私は稽古をつけてもらっている間、そんな事をしきりに思ったりもしていた。
一方で、忍術・弓に並ぶ3つ目の技術として、剣術をハードディスクに保存できた事は、大きな収穫だったのである。また、「刀が使えればその応用で剣も使えるようになるだろう」という考えが私の中にあった。
屯所から外には出れない身だったが、私は何も窮屈な想いはなかった。ただし、ログイン相手の男性を見つけられないという悩みがあったが…
それから幾日かが経過した、元治元年7月の某日―――――――――――
「…何者だ?お前ら…」
この日、町を巡察していた十番隊組長・原田左之助は、殺気だった
「…新撰組の方が、我々に何用ですか?」
原田さんの視線の先に移ったのは、背が190以上ありそうなガッチリとした体型の男性。
顔は強面だが、口調は丁寧だった。
「“何用”じゃねぇだろ。佐久間象山を斬った野郎を逃がしていたってのに…」
その言葉を聞いた原田さんは、眉間にしわを寄せる。
「…まぁ、いいじゃねぇか、そんな事。それより…」
「!?」
すると、隣に立っていた色黒の男がニヤニヤしながら話し始める。
「そっちに“預けた”雌犬の調子はどうよ?」
「…どういう意味だ」
男の意味深な
「…首に白い飾りのような物をつけた娘だ。池田屋で我々が手にしそびれた…な」
「なっ・・・!!?」
色黒の男と強面の男の間に立っていた男性がそう口にすると、原田さんは目を見開いて驚く。
“私”という存在が出てきた事に、原田さんは戸惑いを隠せない。しかし、隊士をまとめる隊長故なのか、そこで呆ける事はなかった。
「てめぇらが、あの
原田さんは笑みを浮かべつつも、殺気だった眼差しで槍を構える。
しかし、槍の矛先を向けられても、そこにいた3人の男達は動じる気配がなかった。
「…今、斬りあいするには何かと不都合だ。また相まみえた際にでも、相手してやろう」
「じゃあな!鉢金を割ってやった餓鬼にも宜しくな!!」
「ま…待ちやがれ!!!」
3人組を追いかけようとした原田さんだったが、彼らはまるで霧のように姿を消してしまう。
「くそっ…」
その場で敵を逃がしてしまった事に対し、彼は舌打ちをする。
「
そう呟いた原田さんは、その後、他の隊士らと合流をして屯所へ帰還するのであった。
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