帰宅と学習

第11話 一時帰宅

 「あぁ…このしなやかな素材感と、見事な紅!生地の模様とかも高級感があって、最高の史料だわ!!」

「よ…喜んでもらえて、何よりだよ」

あまりの感激に狂喜乱舞している翠さんの側で、私はやや呆れ気味で相槌を打つ。

国立考古学研究所に帰ってきた私を見た所員達は、とても驚いただろう。何せ私が身につけていたバッスル・スタイルのドレスは、19世紀頃の貴族文化を象徴するような物。また、皆が文献でしか見たことないはずなので、実物を目の当たりにしたからだ。ちなみに今の私は着ていたドレスを脱ぎ、久々の私服姿になっていたのである。

『あのガキんちょに用意させた甲斐があったわ』

「え…?」

サティアの声が響いてきた途端、私は目をパチクリと瞬きをする。

『な…なんでもないわ』

何かに気がついた彼女は、すぐにまた黙り込んでしまった。

 どうしたんだろう…?

私は、サティアが述べた人物が誰のことかわからず、少しだけ考える。

「そうだ…沙智ちゃん!」

「あ…はい!」

すると、ドレスに夢中になっていた翠さんが私に声をかけてくる。

「先に弟の所へ行ってきなさい!話を聞くのは、その後で大丈夫だから…」

「わかりました!」

翠さんが何を言いたかったのかをすぐに理解できた私は、すぐにその場を後にした。


「…じゃあ、気を楽にして」

「うん」

先生に促された私は、大きく深呼吸をする。

翠さんの弟―――――――湯浅先生の元を訪れた私は、医師が患者を寝かせる診察台の上にいた。先生の元を訪れた理由は一つ。自分の体内に埋め込まれている臓器補助機のシステムメンテナンスのためだ。

メンテナンスに使う機械に接続するため、臓器補助機のある両手両足の付け根。そして、首にあるヴィンクラをコードでつなぎ、湯浅先生は慣れた手つきでパソコンを操作する。この調整を行っている間は身体を動かす事ができないので、ある意味退屈だ。しかし、気心知れた仲である私と先生は、その時間をあまり退屈とは感じていなかった。

「感情の高ぶりとかで緊張状態が多かったみたいだけど…機器自体に損傷とかはなかったから、良かったよ」

「そっか…手足が動かなくなる事は何度かあったけど、大きな怪我はなかったしね」

「知識もいっぱい保存できたみたいだし…お父さんも喜ぶかもな」

「うん!」

父の名前があがったせいか、私は満面の笑みでそう答える。

いつも優しげな笑みを見せてくれる湯浅先生だが、少し言いづらそうな表情をしながら口を開く。

「内部が健康なのは良かったけど…その…。身体のあちこちにある、この傷は一体…?」

『最近訪れた時代で、吸血鬼に襲われたの』

「お…サティア、久しいね」

先生の問いかけに答えたのは、サティアだった。

ヴィンクラのミュートも今は解除状態なので先生も彼女の声を聞けた訳だが、普段あまり話さない相手の発言に、先生は少し驚いていた。

「…そうだっけ?」

心当たりのない私は、口を尖らせながら考え込む。

『…そんな事はどうでもいいでしょ、湯浅先生おぼっちゃま!あまり怖い経験をつつかないでよ!』

「…ったく、俺はお坊ちゃまじゃないってば…」

状況を察したのか、先生は苦笑しながらつぶやく。

 今は自分で確認できないけど…何故、先生が驚くほど噛まれているんだろう??

その理由がわからず、私の頭の中には疑問だらけだった。

「そういえば、今回は弓やメイドの仕事を覚えたよ!」

何か違う話題をと考えた私は、これまで訪れた時代で覚えた技術の一端を話し出す。

湯浅先生は考古学者ではないので歴史にあまり詳しくないが、手を動かしながら私の話を親身に聞いてくれた。


そうして、臓器補助機の調整が終わると、今度は私の首に装着されたヴィンクラを外す作業に入る。これは、内包されている人工知能サティアを休ませる意味もある。

「では、沙智ちゃん。一旦、口と瞳を閉じてもらえるかな」

「了解」

先生の指示で、私は目と口を閉じる。

ヴィンクラを外すには、それなりの手順を踏まないと上手く外せず、システムに異常をきたす可能性がある。ましてや、私のヴィンクラはサティアや“情報保存のハードディスク”が入っているため、尚の事慎重に扱わなくてはならない。機械で診察台を操作し半分立てる事で、先生が外しやすい体制になっていた。当然、サティアも何も口にせず黙っている。

その後、数秒ほど沈黙が続いた。

「…もうを開けても大丈夫だよ」

「ん…」

湯浅先生の合図によって、私はゆっくりと閉じた瞼を開く。

「あ…」

視線の先には、私の白いヴィンクラを手に持つ先生の姿が映る。

先生はヴィンクラを自分の部下に預けた後、それと引き換えに電動車椅子を受け取った。

「…じゃあ、沙智ちゃん。車椅子に移すよ?」

「…うん」

そう言った先生は、全く躊躇をせずに私をお姫様抱っこする。

サティアが離れた事で臓器補助機のサポートがされなくなったため、私はあまり身体をたくさん動かす事ができない。そのため、ヴィンクラを外している間は電動車椅子で行動するのを余儀なくされる。

「…!?」

少し照れつつも、いつものように車椅子に乗せてもらう。

しかし、普段と違ったのは、お姫様抱っこをされた際、頭の中に雑音みたいなものが突如響いた点だ。

「…沙智ちゃん?」

「え…?あ、いや!何でもないよ…」

気がつくと、目の前に先生の顔があった。

今のは一体、何だったんだろう?

私は今の現象が、不思議でたまらなかった。また、ヴィンクラを装着していないため、今の私の疑問を答えてくれる声は何所からも聴こえなかったのである。



「それぞれの時代で結構長い期間いたのに、現代こっちだとあまり時間が経過していない…って不思議だな」

その後、車椅子を動かしてたどり着いたのは、研究所の敷地内にある私の部屋がある建物。

考古学研究所は国家機関のため、地方出身の所員向けに所員寮が設けられている。私の部屋もその寮の一角だが、電動車椅子を使用する関係で一番広い部屋を割り当てられているのだった。

 車椅子なしでも歩けるには歩けるけど…ただ、「最低限度の運動以外の行動は避けてね」って湯浅先生にも言われているしなぁ…

そう一人思いながら、寮にあるエレベーターに乗る。サティアがいる時は普通の人と変わらず動くことができるのに、一人だと移動もしづらい。医療器具に頼らないと生活ができない自分が、やはり嫌に感じてしまうものだった。

ちなみに、過去の世界での1日は現代こちらでの1時間に値するらしい。そのため、これまでで4つの時代でそれぞれ一週間くらい滞在していたが、現代では出発して2日くらいしか経過していないのである。

部屋に到着すると、最低限度の家具や家電が揃った風景が目に入る。部屋が綺麗片付いているので、おそらくは寮の掃除婦さんが部屋に来て掃除をしてくれたのだろう。

特にする事のない私は、PCラックの上に置いてあるパソコンのディスプレイに向けて指を動かす。すると、パソコンの立ち上げ画面が表示された。

今、私の指には動きを感知するセンサーが内蔵された指輪型のウェアラブル端末がはまっていて、それを使ってパソコンの電源を入れたのだ。これと同じ要領で部屋の電気やエアコンなど、あらゆる機械の操作を指一つで行える。

こういった機能が寮にも常備されているほど、この時代は文明に富んでいた。

パソコンのディスプレイの前まで移動した私は、専用の子機から発せられる赤外線で表示されたキーボードを操作して、インターネットを立ち上げる。

運動が禁じられている私にとって、唯一使いこなしているのがパソコンだった。また、学校以外で研究所の敷地から外へ出たことないので、インターネットで掲載されている新聞とかを読んで、世間の情報を得ている状態だった。

「“世紀の発見!!世界遺産のなごりか!?”…だって」

私は面白い見出しの記事を見つけては、フッと笑いながら読む。

ただし、周りには誰もいなく一人なので、ふと黙り込むと余計な事を考えてしまう。なので、ひたすらネットサーフィンに集中していたのである。

「!!」

インターネットのニュース記事を読んでいると、一つの記事が私の目に飛び込んできた。

“事件から5年。被害者家族は今…”――――――記事の見出しには、今のような内容が書かれている。それを見た途端、私の心臓が飛び出すように跳ねた。

記事がいう“事件”とは、今から5年前にとある窃盗団が起こした強盗殺人事件。企業や個人宅を次々襲って金品を盗んだ挙句、住人を数名殺害したという内容だ。彼らは2年前に捕らえられ、全員に“時空流刑”という判決が下された。

あの事件…本当に怖かったな…

そう思いながら、私は手を自分の胸にあてた。

幼い頃から研究所暮らしだったため、この事件にて直接被害はあっていない。ただ、2年前…逃亡中だった窃盗団の一人がこの国立考古学研究所に侵入したという事件があった。国家機関だったので公にはならなかったが、所員達にとっては記憶に新しい事件だ。そして、私にとっては忘れられない事件でもある。

「あの時…私がもっと強ければ、人質にはされなかったのかな…」

私は、細い自分の掌を見つめながら、ポツリと一人呟いていたのである。


「!」

少しの間黙り込んでいると、車椅子に立てかけてあるポーチから着信音が響く。

それに気がついた私は、ポーチの中に入っているヘッドホン型の携帯端末を取り出した。

「緑山です」

『あ…沙智ちゃん?私…吉川よ!』

端末のスピーカーから翠さんの声が響く。

 割と連絡来るの、遅かったな…

そんな事を考えていると、翠さんは用件を切り出す。

人工知能サティアの調節とハードディスク内容のコピーが終わったから、研究所こっちに来てもらえるかしら?今、所員を迎えに行かせているから…』

「…はい。わかりました!」

そう返事した後、端末の通話を閉じた。

大きなため息をついた後、私はパソコンの電源を切り、隣に飾ってある写真を見つめる。

「お父さん…」

その写真に写っているのは、幼い私と、若かりし頃の父だった。

母を生まれた時に亡くし、ずっと父子家庭で生きてきた自分。今はその父とも離れて暮らしているので、寂しくないと言ったら嘘になる。しかし、「仕事で海外へ行っている」と他の所員から聞いているので、私個人の我儘で「今すぐ会いたい」と言う訳にもいかなかった。

 寂しさは埋められるけど…こうして自由に物事を考えられる時って、意外に少ないんだよなぁ…

そう思う私の脳裏には、サティアという存在が浮かんでいた。そんなこんなで物思いにふけっている内に、迎えに来た所員が中に入ってくるのであった。


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