第12話 出発前に

 「…来たわね」

「はい!」

所員に連れられた私は翠さんとサティアのいる、研究所内で一部の者しか入れない部屋を訪れていた。

そこには人工知能サティアの調整をする機械やパソコン。プロジェクター等、多くの機械が設置してある。私自身は自覚など全くないが、自分が行っている“過去の時代に行って知識を得る”という使命は一応、国家機密だ。そのため、研究所内でも私と接触できる人物は限られてくるらしい。また、サティアに関しても同じような事がいえる。

そういった関係で、この部屋は関係者以外立ち入り禁止なのだ。

「サティア…休めた?」

『んー…翠といろんな事話していたから、まぁまぁかな』

私は、機械に固定されているヴィンクラ―――――――中にいるサティアに声をかける。

すると、はっきりとした返事が返ってきた。ほんの数時間しか離れていないのに、随分長い間離れていたような心地がする。

「さってと!後はヴィンクラを装着するだけで、明日には出発って所なんだけど…」

『沙智に、聞いといて欲しい事があるの』

「えっ?」

翠さんが言いかけた先を、サティアが答えた。

彼女は、どちらかというと話しかけられて初めて口を開く性格。そのため、自分から話を切り出した事に、私は少し驚く。

「サティアから聞いた話なんだけど…貴方達、時空流刑人タイムイグザイルと遭遇したそうね?」

「?何の事…?」

翠さんが問いかけた内容が覚えのない事だったので、私は思わず首を傾げる。

 あ…もしかして、私が記憶を抹消される前に会っていたって事かな…?

私の様子を見て翠さんは失言したなと気が付く一方、私も“自分が覚えていない事”に出てくる人なのだと悟る。その後、サティアが前々回行った“平安時代”にて、陰陽師を名乗る者が、時空流刑にあった現代こっちの人間に遭遇した事を語った。

『顔を見た時に…ネット上の新聞で、そいつの顔写真を見ていたのを思い出したの。確か、どこかの窃盗団の一味だったような…』

「!!」

サティアが述べる“窃盗団”という言葉に、私は反応する。

『翠…本当に、昨年に時空流刑された窃盗団の資料が残っていないの?』

サティアが真剣そうな口調で問いかけるが、翠さんは複雑な表情かおをしながら首を縦に頷く。

「ここだけの話なんだけど…」

すると翠さんは、声を少し低めにして話し出す。

「2か月程前、警視庁のデータベースから彼ら窃盗団にまつわる情報が抹消されていたそうよ」

「えっ…!?」

それを聞いた私の表情が一変する。

というのも、この時代の警察は数百年前に発展した魔法と昔からあった自衛隊の軍事力が一つになったような、まるで一つの国家並みの力と最先端のセキュリティ力を持つ。そのため、情報漏洩などは、ほとんど起こらないはずだった。

「…まぁ、警視庁そっちの事情はさておき…。ただ、そのせいで考古学研究所うちから、情報提供を依頼できない。本当ならその窃盗団の写真とかを見せなくてはなんだけど…ごめんなさいね」

「あ…いえ…」

翠さんの瞳が少し潤んでいたから、私は少し気まずい気分だった。

『…今はとにかく、怪しそうと感じた人間には容易に近づかない…これに限るわね』

「…そうだね」

サティアの提案に、私は深く頷いた。

「現代の人間ならば、ヴィンクラを知っているはず…。だから、私が装着しているのを見て驚いていたら、怪しいって所かしらね?」

「あら。それはいい判断の方法なんじゃない?」

私が不意に呟いた台詞を、翠さんがくみ取ってくれた。

 窃盗団…か…

そう思いながら、私は臓器補助機が埋め込まれている心臓近くに手を添えていた。この後さらに話を聞いたが、自分が予想していた通り、その窃盗団は2年前に遭遇した事のある男が属する窃盗団だった。

 とりあえず、上手く遭遇しない事を祈るしかないかな…

私が腕を組みながらそんな事を考えていると――――――――――――――――――

「あっ!!!」

すると突然、翠さんが声を張り上げる。

「翠さん…!?」

あまりに唐突だったので、目を丸くして驚いていた。

何かを思い出した翠さんは、すぐさま私の方に視線を向けて話し出す。

「次に行く時代の事なんだけどー…実は今回、そこへ行くために良い物を作りました!」

子供のように瞳を輝かせながら断言する翠さん。

 …このかんじだと、衣服関係かな…

『…その可能性大ね』

あまりの豹変っぷりに、私と人工知能サティアは呆れていた。


「へぇ…これが、“小袖袴姿”っていう服かぁ…」

その後、翠さんが持ってきて着せてくれたのが、文献を元に作った古代の服。

服…というよりは、日本独特の物なので、“着物”とか“装束”と言った方がいいのだろうか。

「実際に使われていた素材は、若干違うかもだけど…まぁ、見栄え上では問題ないはず!」

『…ねぇ、翠。この格好って男性ものなんでしょ?何故、そんな格好をこの子に??』

私が着せてもらったベージュ色みたいな小袖と褐色の袴について、サティアが翠さんに問う。

「…これから行くであろう時代はおそらく、とても物騒なの。女性物の着物だと動きづらいだろうから、こうやって男性物の着物を用意したのよ!!」

そう語る翠さんは、得意げだった。

「それに…」

「…それに?」

先程と変わらず瞳を輝かせていた翠さんが、何かを言いかける。

「一度でいいから、貴女に男装させてみたかったの♪」

あまりにハイテンションで語るものだから、彼女のペースについていけなかったのである。

私らは二人して呆れていた。



こうして翌日、じっくりと一休みした人工知能サティアと私は、次の時代へと旅立つ。

最初の出発時と同じで、行先は決まっている。

次に行くのは、“幕末の日本”。文献では“混沌とした時代”なんて書かれているが、この一見平和そうな環境で育った私としては、ほとんど縁のない言葉だ。サティアによる座標計算が終わって防御フィールドが張られると、私は次にハードディスクのログイン・ログアウト相手になるのはどんな人物なのかという事を考えながら、タイムスリップを開始したのであった。

ここから先、これまで以上に過酷な展開が待っている事も知らずに――――――――――

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