回帰小説「蛹の国・冬虫夏草」第3話
少女が寝ていたベッドと同じフロアにあるファミリーレストランは昼下がりでも客足はまばらで、店員たちと老夫婦――すべて合わせても、七人分のさなぎがあるだけだ。
パジャマ姿の少女がジョッキでビールを飲んでいる。
少年少女が真っ昼間からサシ飲みしている。
異様な光景だが、現在、未成年が酒を飲んでいても、咎める者はいない。
それに、酒を飲んでいるのも肉体の時間が逆行した成人女性だ。元はおれより年上の中年女だったらしいが、今は年下にしか見えない。
「甘木くん。あなたは、何をしていたのですか?」
少女の顔をした中年女――九葉祀が問う。
口元にビール――一番搾りの泡を付けたまま、ゲップ混じりに。
「その日暮らしだ。ずっと暇つぶしのようなことをしていた」
15年ほど前に会社を辞めてから、特にこれといったことはしていない。
ただ、糊口を凌ぐことを繰り返していた。退屈しのぎと食い扶持を稼ぐために。
「潰れかけていた会社のゴタゴタに巻き込まれたのさ。おかげで、再就職もできなかった。同業他社にFAXで〈破門状〉を流されてな」
「ええと……これですか?」
怖い顔をした祀が、人差し指で頬を切る動作をした。
「やってることは大差ねえが、
会社はおれが辞めた数年後に潰れたが、潰れた理由もおれのせいだと喧伝され、再就職は更に難しくなった。
「どうやって暮らしていたのですか」
呆れたように首を傾げる。
「高校から独り暮らしだった。金のない生活には慣れている」
方法は簡単だ。無駄金を使わなければいい。
「一日三食もやし尽くしでも、十日は健康でいられる」
「逆に言えば、それが限界ということですね」
祀は呆れるように言った。
確かに、身体を壊したら本末転倒だ。三十を過ぎた頃から、若干の出費もやむを得ないと思うようにはなった。ただ、それだけだ。
四十を過ぎてからは、生き続けるための最低限の努力以外、いよいよ何もしなくなった。
「プロ野球選手も四十過ぎれば引退するが、早熟の天才なら、もっと長い余生を過ごすことになる」
「わたしは甘木くんと違って凡才ですから、淡々と続けていましたね」
冗談を真に受けた祀は、ジョッキの中身を飲み干し、厨房のビールサーバーへ歩いていく。若干の千鳥足で。
「考えないための暇つぶしなら、結局、仕事が一番いい。二十代でリタイアなんてするもんじゃねえ」
そんなことを呟きつつ、おれは隣の蕎麦屋からくすねてきた泡盛――瑞泉の水割りをちびりちびりと舐めていたが、戻ってきた祀は二杯目の一口を飲んだところで動きが止まった。
「ふぅう、ジョッキ一杯で酔うなんて、わたしも歳を取ったものです」
「……むしろ、逆だろう」
祀は巻き戻った肉体のアルコール許容量が減っていることを自覚していない。
何の研究をしているのかも知らないが、そんなことも分からないのか。
そして、周囲の時間も巻き戻る。
酔い潰れた祀はいくつかの〈
「……あら。寝ている間に何もしなかったのですか?」
「酔っ払った女をお持ち帰りして悪戯する趣味はねえよ」
それどころではなかった。吐瀉物で喉を詰まらせたりすることを考えつつ、元のベッドまで抱えて運んできたのだ。
「だいたい……いまはお互い、子供だろうよ」
隣のベッドで寝ていたおれは、背を向けて呟く。
「見かけはそうですけどね。中身は大人のままなんですから」
確かに、肉体は変貌しても中身の性欲に変わりはない。
だからこそ、たちが悪い。枯れていくはずの肉体が第二次性徴期のあたりまで巻き戻り、暇を持て余しているから、性欲も持て余している。
傍から見れば、ろくでもない
少年少女にしては慣れすぎている熟練の手順で、互いの性器を刺激していくのだから。
慣れすぎているから、巻き戻る前の要領で刺激を与えすぎることもあったが、だいたいの行為は滞りなく愉しんでいた。
挿入の直前、祀は
「何が楽しいのか、分からないんだが」
「だって、内臓を
「ああ、そういうことか。あんたにとっては、どっちも等価なんだな」
「ええ、
祀は誘い込むように太腿を開いたが、巻き戻っているので、その仕草が艶っぽいのか、滑稽なのか、判断しかねた。
「その身体で孕むかどうかは知らないが、尻の穴から噴き出した
十年ほど前、何かの拍子で気に入り、バニーガール姿の美女が複数の男と交わっているアダルトビデオを繰り返し観ていたことがあるが、肛門性交の部分は早送りしていた。
「なるほど、潔癖症なのですね。肛門性交は浣腸できちんと整えてから行いたいと」
「いや、そういうわけでもない」
潔癖症なら、そもそも性交をしない。
先に言った通り、何が楽しいのかさっぱり分からないだけだ。
肛門性交で満足できるなら、相手が女である必要もないように思うし、この状況で少女の皮を被った中年女と交わる理由もない。
早い話が、退屈しのぎにもそれなりの理由が必要ということだ。
理由がなければ、長い余生を過ごす理由もない。
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