回帰小説「蛹の国・冬虫夏草」第2話
だけど、意識を取り戻したおれは素っ裸だった。
そして、割れたさなぎの背中から這い出していた。
這い出すと同時に、おれは愕然とした。
おれのタマシイが宿っていた肉体が、慣れた成人男性ではなかったからだ。
街のショーウインドウに映ったおれは、小学生くらいの少年の姿になっていた。産毛程度の陰毛とつるりとした性器から、だいたいの年齢は把握した。
「しゃあねえ」
そのまま、駅前のデパートへ忍び込み、3階の子供服売り場で相応の服を拝借した。
誰も見ていないとはいえ、昼下がりの街を素っ裸で歩くのは違和感があるし、寒い。
車や電車は停まっていたが、エスカレーターも停まっていた。
だが、それ以外の動力や電気は維持されている。
移動手段は混乱を招くが、それ以外のインフラは駆動している。
破壊しない限りは、動いている。
これも意図的な腑分けだ。おれの知らない誰かが決めた世界の法則だ。
大人の美意識を踏まえた上で、子供の身体に合うコーディネートを考えていたら、また〈
馬鹿馬鹿しくなって、適当な服を着重ねて4階へ上がると、寝具売場のダブルベッドに転がっている人影を見た。
正確に言えば、下着姿の少女が大の字で寝ていた。
身体年齢は、今のおれと同じくらいだろうか。
3階の玩具売場からくすねてきたのか、巨大なクマのぬいぐるみを抱き枕にしていた。
「お嬢ちゃん、独りか?」
寝ていた少女は特に怯えることもなく、黙って枕元の眼鏡をかけると、値踏みするようにおれを見上げた。
大人の姿では問題だろうが、子供の姿だ。さすがに口調まで子供っぽくはできないが、怪しまれることもないだろう。
「お嬢ちゃん? まあ、この姿なら仕方ないか……」
少女は無表情のまま小首を傾げ、淡々と呟く。
「さなぎじゃない人間を、久々に見たから、驚いたんだが」
まったく抑揚のない肉体は、現在のおれよりも年下に見えるが、その態度は妙に大人びている。
「驚いた……ということは、あなた、同種のひと?」
「同種? どういうことだ」
困惑しつつも、頷くしかない。
「さなぎの中から出てきたら、身体年齢が巻き戻ってしまった、ということよ」
少女は、少年のおれが少年でないことを見抜いていた。
「なるほど、世界は堂々巡りの昼下がりで、身体は数十年も巻き戻っちまったのか」
本当は困惑するべきなんだろうが、おれは状況に慣れてしまっていた。
「あなたはいくつ?」
「二度目の本厄……大厄だ」
「あら、若いんですねえ」
少し驚いて、悪意のある笑みを浮かべた。
「若い?」
「いや、そんなに変わらないか。わたしのほうが、ちょっとだけ年上ですけど」
猜疑を通り越し、憎悪になりかけているおれの眼差しに気づいたのか、取り繕うように付け加えた。
「正直すぎるぜ。言わなければ、見た目通りに振る舞えたろうに」
「そうですねえ。でも、正直なほうが身の危険がないかと思って」
確かにその通りだ。中身が年上と公言することは、男――おれへの牽制だ。
「あんたは、この4階で暮らしていたのか」
「だって、キングサイズのベッドで寝られるし、眼鏡屋もあるんですよ」
さなぎから這い出したら、眼鏡のサイズや度も合わなくなっていたらしい。
「子供の頃から近眼だったんですが、さなぎで巻き戻っても治らなかったですね。老眼は治りましたけど」
「……色気もへったくれもねえ話だ」
デパートの最上階は、寝具売場以外にも、とんかつ屋、ラーメン屋、ファミリーレストランもテナントで入っている。生活用品も売っている。
「一度、デパートで暮らしてみたかったんですよ。家にいても何も変わらないし。退屈でしょう?」
食品売場やフードコートは地下にあるから、階段を往復する手間はかかるが、それ以外の問題はない。
「あんたの家は何処にあるんだ」
「職場の隣。矢ノ浦の研究所です」
そういえば、駅から南へ歩くと、小高い丘と天文台があった。
その奥にいくつかの企業が研究所を構えていることは知っていたが、勤めている人間と会ったことはない。
「だとすると、仕事は学者か」
「それほど偉くはないですよ。至って平々凡々とした研究員ですね」
乱雑に脱ぎ捨てていたパジャマを再び着た少女は、九葉祀と名乗った。
おれは甘木と名乗った。下の名前で呼ばれるのは嫌いだから、名字だけだ。
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