シナリオ版SW(スピリットワーク) 第1章・青い目

池部九郎

第1話

●シーン1・発掘現場(昼)


海沿いのマンションの工事現場。

現場近くに停められた『千葉県教育委員会』と書かれた4WD……その中では尾上がナイトマスクに密閉型ヘッドフォンをつけて眠っている。

4WDのフロントガラス越しに、現場を案内されている有田が見える。


有田「ったく、なんで今まで申請しなかったんだよ!」

現場監督「だってよお、下請けはツライのよぉ。元請けさんが工事続行って言ったら従うしかねえべや」

有田「それでも、貝塚出てるのに工事しちゃったら文化財保護法違反なんだよ!」

現場監督「いまどきたった二千円ぽっちの罰金じゃ、違反なんてこわかねえべよ。なんせこのマンションがドーンと完成したら、いくら儲かるかかんがえてみ」

有田「ナメられてんなあ……」

現場監督「ところがよお、コイツが出ちまって工事が進まねーのよ」


         現場監督、ジェスチャーで幽霊を表現……と、突然建設現場中でラップ音が始まる。ラップ音、プリミティブな音楽っぽい。


現場監督「ホ〜ラ始まったぁ!……これで元請けさビビっちまってよー、『ちゃんと発掘してお祓いしろ』とさぁ」

有田「……勝手な事言いやがって」


         有田、後ろを歩いている調査士①②に指示。


有田「おい、地中レーダーを準備! 班長を叩き起こせ!」


         が、途端に4WDが揺れ始める……おびえる調査士①②。


有田「ビビるな! 大した問題じゃねえ!」


有田、自ら4WDのドアをあけて


有田「班長! ほら、起きろよ班長!」


尾上が寝ぼけたまま降車して転がる……尾上、ナイトマスクを外して呟く。


尾上「……縄文人が……踊ってやがる」

現場監督「は? なにいってるだ、こん人は?」

有田「しっ! だまって!」


尾上の視点……青白い半透明の縄文人が、車の周りをサンバで踊っている。


有田「班長、どこです!?」

尾上「この真下だ!」

有田「地中レーダー、設置!」


地中レーダーのモニター、何かが写っている……モニターを見る有田・調査士①②。有田の後ろでは尾上がが目に見えない何かを追っ払っていて、工事の作業員たちがその様子をいぶかし気に見ている。


調査士①「……本当に何かありますねえ」

調査士②「地下2mってトコですか?」

有田「1mまでは、一気にユンボで行けそうだな……監督ー! ユンボ借りるぜー!」

現場監督「……お、おお」


穴を掘るユンボ。

掘った穴に入って行く有田・調査士①②……その横では尾上が何かを追っ払おうとして、逆ギレされたらしく、悲鳴をあげて逃げ始める。


尾上「うわあああ!」

工事作業員たち「???」


キョトンとした工事関係者の前を、真っ青になった尾上が、全力疾走で逃げている。工事現場中を走る尾上。


尾上「有田ー! まだかー!?」

有田「まだ出ませーん!」

尾上「まだかー!?」

有田「まだっスよー!」

尾上「有田ー!」

有田「うっせーなー……あ、出ました……人骨です!」


人骨をかざす有田……途端、疲れ切った尾上が倒れる。心配して尾上を覗き込む現場監督。


尾上「……うわあ……マジで……死ぬかと……思った……」

現場監督「……アンタぁ、大丈夫かぁ?」


尾上、天を仰いで大の字に横になる。爽やかな笑顔で、


尾上「お前らの骨は無駄にはしないからな……安心して成仏しろよ〜」



●OP〜メインタイトル


タイトル『SW(スピリットワーク)』



●シーン2・博物館〜収蔵品管理室(朝)


博物館の全景。


字幕『千葉県立博物館』


博物館内の一室に『収蔵品管理室』の看板……中では白島が3人分の緑茶をいれている。

緑茶を運ぶ白島……室内には、応接席に百瀬博物館館長、デスクには小早川(管理室次長)がいる。


白島「……どうぞ」

百瀬「……」


イラついている百瀬。白島、お茶を出しながら小早川に耳打ち。


白島「百瀬館長、血管切れそうですね」

小早川「当たり前よ!……こんなバカな話、聞いた事ないわ」


白島と小早川、上座のデスクを見る……空席のデスクには『収蔵品管理室長・前之原』とある……と、画面が白黒になって、


白島(N)『事件は昨日、突然起こった……』



●シーン3・博物館〜収蔵品管理室(回想)


白黒の画像……デスクでお茶をすする前之原、同じくデスクでは小早川と白島が事務処理をしている。

と、電話が鳴って小早川が出る。


小早川「収蔵品管理室です……香須寺(こうすじ)の大奥様(佐藤珠子)から?……はい、つないで下さい」


小早川、営業トーンで、


小早川「ご無沙汰しております、次長の小早川です……その節は大変お世話になりました……はいっ?」

珠子(電話の声)『ですから、初風炉の茶事に使用したいので、お預けしていた茶器を、一部返却して頂きたいのです』

小早川「しかし大奥様、一度寄贈して頂いたものを館外に持ち出すには……えっ?……寄贈した覚えは無い?」


小早川、驚いて前之原の方を見るが、すでに前之原の姿は無い。


☆ ☆ ☆


博物館の展示スペース……沢山の茶器が展示されている。


白島(N)『香須寺はこの地域最古の歴史ある寺である。そのため価値ある文化財を数多く所有し、当博物館では展示のたびに、香須寺から銘品を借り受けていた……だが前之原室長は事もあろうに、その一部を無断で寄贈品として処理したのである……もちろん香須寺はカンカン、裁判も辞さない構えだ』



●シーン4・博物館〜収蔵品管理室(朝)


画面、カラーに戻る……時計の針が9時を指す。


館内放送『業務時間となりました。みなさんのお給料は大切な県民の血税で賄われております。一分一秒を無駄にしないで働きましょう』


百瀬「うおおおおお! 前之原さんはまだ来ないのかー!?」


と、電話が鳴る。しかし小早川は出ようとしない。白島、仕方なく電話に出る。


白島「はい、収蔵品管理室です……前之原室長?……ギックリ腰で出勤出来ない!?」」


百瀬、慌てて受話器を奪い、


百瀬「前之原さん……前之原さん!?……切れてる」

白島「逃げちゃいましたね」

小早川「逃げた逃げた」

百瀬「どーすんだよ、これから香須寺に謝りに行くってのに!」


と、小早川が席を立つ。


百瀬「ちょっと、小早川くん……前之原さんの代わりに一緒に……」

小早川「無理です! 私はこれから収蔵品の来歴を再チェックします……室長が他にもやらかしてる可能性がありますので」


小早川、颯爽と退室……と、百瀬がすがるような目で白島を見て、


百瀬「白島ちゃん、是非一緒に……」

白島「いえ、でも私、バイトですし……」

百瀬「いやいや白島ちゃん、苦情処理も立派な業務ですよ!」

白島「でも、謝罪は責任ある方がしないと意味が……」

百瀬「だから僕が《一緒に》行くんです!」

白島「一緒に行くのは私の方です!……あっ!」

百瀬「……一緒に……行ってくれますね……?」

白島「……行くだけですよ……」



●シーン5・香須寺〜参道(午前中)


山道を走る博物館の車……運転席には百瀬が、助手席には白島がいる。


百瀬「……あー、気が重い……よりによって香須寺の大奥様を怒らせるとはねー」

白島「大奥様って、そんなに怖い方なんですか?」

百瀬「そりゃあもう! あの方は香須寺の最高権力者にして幼稚園やみやげ物屋を運営する実業家、茶道では裏千家の重鎮、華道は小原流で著名な料理研究家ですよ……この地域の文化行事には無くてはならない人なのです」

白島「……そんな人相手に、前之原さん、やってくれちゃいましたね」

百瀬「もう、地元の婦人会の一斉抗議とか来たらどうしようか……教育委員会に手を回されたら、僕のクビだって危ないよ……」

白島「はあ……」


香須寺に近く車……と、白島が参道に『香須寺のカステラ』という看板を見つける。


白島「あ〜、カステラ〜!」

百瀬「コウスジだって」

白島「いいえ、今、カステラのカステラって看板があったんですよ〜」

百瀬「カステラじゃなくてコウスジ!」

白島「あ〜、カステラなんて何年食べてないだろう……大奥様は料理研究家なんですよね? きっと美味しいんだろうなあ……」


白島、窓ガラスにへばりつく。



●シーン6・香須寺〜茶室(寸刻後)


寺の全景……鹿威しの音。

茶室の外観……鹿威しの音。

茶室の中、正座で固まっている百瀬と白島……鹿威しの音。


白島「い……イキナリですか?」

百瀬「しょうがない、諦めて下さい」

白島「でも私、作法とか知りませんよ」

百瀬「僕の真似してればいいから」


と、くぐり戸が開いて珠子が入室して来る……犬神家の一族のようなBGM。

百瀬・白島、深く頭を下げて珠子を迎える。席に着いた珠子、威厳のあるたたずまい……と、白島が珠子を見上げて、


白島「……これが、カステラの大奥様……」


BGMがへんちくりんになって終わる。


珠子「……カステラではありません、コウスジです。私は佐藤珠子……よろしく」

白島「グフフ、砂糖と卵?」

珠子「はい?」

百瀬「か……重ね重ね、申し訳ありません!」

珠子「お話は、後ほどうかがうとしましょう……その前に」


珠子、作法に沿って茶をいれる。百瀬、作法に沿って茶を飲み、


百瀬「……結構なお手前で」


白島、真似して茶を飲み、茶碗に魅入って、


白島「わ〜、素敵なお茶碗ですね〜」

百瀬「……おい」

珠子「気に入っていただけましたか?」

白島「はい!……専門外なんで詳しくは分かりませんが、とても可愛らしいです!」

百瀬「おいオイ!」真っ青。

珠子「いいではありませんか百瀬館長……茶の湯は学問ではありません、知識ではなく心です……それを、文化財などと言って無用に価値を釣り上げるから、今回のような事が起こったのではありませんか?」


百瀬、一歩下がって土下座。白島も百瀬にならう。


百瀬「この度の不始末、誠に申し訳ありませんでした! 博物館及び収蔵品管理室一同、バイトも含めましてお詫び申し上げます!」

珠子「バイト?」

白島「あ、私バイトです〜。でも、ちゃんと学芸員の資格は持ってますよ〜」

珠子「では新米の学芸員さんを、少々試してみましょうか?」



●シーン7・香須寺〜納戸(同刻)


納戸の 中、珠子が桐の箱をいくつも出して来る……中から茶碗を出し、正座している白島と百瀬の前に一列に並べて、


珠子「さあ新人さん……この中から最も価値ある物と、最も価値の低い物を選んでご覧なさい」

白島「……はあ」

百瀬「白島ちゃん、大丈夫かね?」


白島、茶碗を一個一個手に取りながら、


白島(モノ)『……あー、コレってかなり古そうだな……こっちは天目茶碗かな? でも、本物かどうか分からないし……全然分からないなあ……ってか、考えたってどうせダメでしょう!』


白島、茶碗を二つ選び、


白島「コレとコレが気に入りました」

珠子「理由は?」

白島「こちらの茶器は本当に素晴らしいですね、いつまでも眺めていたい気分です……そしてもう一つは……お茶漬けを食べるのに便利そうだからです!」

百瀬「!」失神寸前。

珠子「……貴女、お名前は?」

白島「あ、申し遅れました。白島理香と申します」

珠子「……百瀬館長……面白い新人さんが入りましたね……白島さん、合格ですよ」

白島「やった!」

珠子「右の物は初代長次郎の手による聚楽焼き、左の物は天目茶碗の贋作です」

白島「そーなんですか?」

珠子「貴女の審美眼、型にハマらない考え方、素晴らしいと思います」


と、突然珠子が白島に向かって手をつき、頭を下げる。


珠子「白島さん、貴女を見込んで頼みがあります」

白島「はい?」

珠子「この香須寺を、助けてやって下さい」



●シーン8・博物館〜収蔵品管理室(午後)


博物館の全景……収蔵品管理室、白島が幽霊みたいな顔で入って来る。デスクには小早川がいる。白島と小早川の会話。


白島「ただいま〜」

小早川「白島さん! どうだった?」

白島「どうもこうも無いですよ……エライ事になりました」

小早川「何よ、幽霊みたいな顔してるわよ」

白島「……だから、幽霊なんですよ」

小早川「はあっ?」


☆ ☆ ☆


回想……納戸で話す珠子(白黒)。


珠子『今、この香須寺では怪異が起こっています。しかし当代の住職は、我が息子ながら霊験は無し。さりとて、寺の関係者以外の霊験あるものを招いては、寺の信用に関わります……是非貴女の洞察力で、怪異を鎮める手掛かりだけでも見つけて頂きたい』


☆ ☆ ☆


再び収蔵品管理室での白島と小早川の会話。


小早川「……何じゃ、そりゃ?」

白島「でしょう?」

小早川「そんなの断っちゃいなさいよ!」

白島「でも、前之原室長の事もあるから無下には出来ないし……それに」

小早川「?」

白島「館長が、この件がうまく行ったら、来年には正式採用してくれるって」

小早川「おお、それは助かるわ! 私もあのモウロクジジイと二人っきりはゴメンだしね!」

前之原「……ヒドイ言われようじゃのう」


見ると、応接席に前之原が座っている。


白島「室長! いらしてたんですか!?」

前之原「ああ、君たちが心配になって、無理して出勤してきたよ〜」

小早川「嘘つけ」

白島「室長〜、何て事しちゃったんですか! おかげで私、大変な事になっちゃいましたよ〜!」

前之原「ああ、さっき百瀬くんから電話で聞いたよ……でもさあ、アレだけの文化財を個人が所有してるって、おかしいと思わない〜?」

小早川「だからって、室長のやった事は犯罪ですよ」

前之原「ナンダッテ?……最近耳が遠くてねえ……歳はとりたくないねえ……」

小早川「この、クソジジイ……」

前之原「うおおおお、腰がー!……白島くん、駐車場まで送ってくれるかい?」

小早川「白島さん、隙みて便所に流していいわよ!」

前之原「それじゃあ小早川くんも、おやすみなさい」

小早川「いっその事、未来永劫眠ってて下さい!」



●シーン9・博物館〜駐車場(同刻)


前之原を支えて歩く白島……前之原を車に乗せる(前之原の車は、何故か真っ赤なスポーツカーである)。


前之原「いやあ、すまないねえ」

白島「室長、本当に大丈夫ですか?」

前之原「平気平気、車は楽でいいよ〜」


前之原、エンジンを掛ける。


前之原「そうだ白島くん、今回の件で助っ人読んでおいたから」

白島「助っ人ですか?」

前之原「うん、2時にここで待ち合わせ……(時計を見て)もうすぐだね」

白島「どんな人なんです、その人」

前之原「教育委員会所属の拝み屋さんだよ」

白島「へっ?」

前之原「じゃあね〜」


爆音と共に走り去る前之原の車。


白島「……」


☆ ☆ ☆


博物館の近くの道……作業用のツナギでオフロード用チャリに乗る尾上……と、前之原のスポーツカーとすれ違う。


尾上・前之原「……」


車の中、バックミラーを見て前之原が笑っている。


前之原「フォッフォッフォッフォッ」


尾上、そのまま走って行くと、博物館の駐車場に行き当たる……待っている白島が見える。


尾上「ん? アレかな?」


と、尾上の耳元で白島の背後霊(エリー様)の声がささやく。


エリー様(声)『……あら、可愛い子じゃない……食べちゃいたいくらいだわ』

尾上「えっ?」


と、突然チャリのブレーキが効かなくなる。


尾上「えっ? えっ?……わあああ!」

白島「!」


大音響と共に白島に尾上のチャリが激突。二人、ひっくり返る……と、尾上が白島を助け起こし、


尾上「君、大丈夫か!?」

白島「う、うーん……ハッ!」


白島のスカートからのぞくナマ足……白島、慌ててスカートの裾を押さえる。


白島「……み、見ましたね?」

尾上「見てない! 俺は何も見てないぞ!」


が、その時耳鳴りのようなSEが入って、


尾上「えっ、スイカの柄?」

白島「……ヤッパリ見てるじゃないですか!」

尾上「見てない! 見たのは俺じゃない!……安売りで3枚200円?」

白島「はあ?」

尾上「黙れ! いいから黙れ!……ババシャツがヒョウ柄とか、どうでもいいから!」

白島「そんなとこまで見たんですか!?」

尾上「だから俺じゃないって言ってるだろう!」

白島「じゃあ俺以外に誰が見たんですか!?」

尾上「お前の背後霊……」

白島「はあっ!?」

尾上「うー……知らん!とにかく俺じゃない!」

白島「なんか、疑わしいの10乗!……アナタ、もしかして変態ですか!? 変態仮面ですか!?」

尾上「何でそうなるんだよ! 俺は下着になんて興味ないの! 俺が興味あるのは中身だけ!」

白島「もっと変態ですよ、阿呆〜!」

尾上「中身っていうのは性格って意味じゃ、ボケ!」

白島「この流れでどうやったらそう意味だと思うのよ! この、変態パンツ〜!」


尾上の顔面に白島のパンチが炸裂。



●シーン10・博物館〜収蔵品管理室(同刻)


鼻血を止めるためにティッシュを突っ込んでブスーっとしている尾上。

尾上と白島、並んで小早川の前に立っている。


小早川「……で、初手からこのザマは何?」

白島「パンツにはパンチです!」

尾上「パンツから離れろ!」

小早川「……」


小早川、尾上の名刺を見ながら、


小早川「千葉県教育委員会、埋蔵文化財調査士・尾上隼人さんねえ……ん? もしかして『墓掘り拝み』って?」

尾上「……多分、俺の事です」

小早川「あ〜〜、あ〜あ〜……えーっと、尾上くんは前之原さんに呼ばれて来たのよねえ?」

尾上「そうです」

小早川「だったら私の管轄外だわ〜。二人で好きにやっちゃって〜」

白島「そんな投げやりな〜!」

小早川「地方公務員の心得その①、余計な事には首を突っ込まない事!」

白島「次長〜!」

尾上「……分かりました。じゃあ好きにやらせてもらいます」

小早川「責任も含めてよろしくね〜」

白島「あの〜……私はどうすれば?」

尾上「君、歳は幾つ?」

白島「22です」

尾上「じゃあ学校卒業したばっかりか……専攻は?」

白島「仏教美術ですけど」

尾上「フィールドワークの経験は?」

白島「……ありません」

尾上「じゃあ、来なくてもいいや」

白島「……もしかして、バカにしてます?」

尾上「バカにはしてないよ……ただね、フィールドワークとデスクワークは全く別の学問なんだ。考え方じゃなくて、感じ方が違い過ぎる……お互い嫌な思いをしたくなかったら、関わらないのが一番なのさ」


尾上、退室する……鼻をさすりながら廊下を歩く尾上。

F.O.



●シーン11・白島の部屋(夜)


古びたアパートの全景……部屋の中には『目指せ1ヶ月1万円生活!』と書かれた張り紙。

白飯のみのおにぎりを作る白島。一個一個ラップに包み、白飯もジップロックに小分けにして冷凍。さらにペットボトルに水道水を入れ、石を入れて冷蔵庫に入れる。


白島「よし、三日分のお弁当OK!」


フライパンを熱する白島……ひき肉をどれだけ入れるかで悩んでいる。


白島「どうしよう……どうしよう……んー、我慢!」


フライパンの中、ちょっとの挽肉にモヤシ1袋を投入。

……モヤシ炒めで夕食をとる白島。部屋にテレビは無く、ラジオから天気予報が流れている。ラジオ聞きながら食事もして、PCを打つ白島……と、飯を食いながら寝そうになって、


白島「……あっ、ダメだダメだ! 頑張れ自分! 正式採用されて、奨学金返して、お母さんに仕送りするんだ〜〜!」


白島、写真立てを手に取る……写真は大学入学の時のもので、母親と二人で写っている。


白島「見ていてお母さん! 私、絶対絶対就職するからね!」


☆ ☆ ☆


妄想カット……白い戸建の家の前で、白いドレスでぐるぐる回る白島と母。


白島『見て見てお母さん、私、就職して家も買ったのよ〜』

母 『まあ、偉いわね〜理香』

白島『これからはお母さんに楽させてあげるからね〜』

母 『まあ、嬉しいわ〜理香』


☆ ☆ ☆


現実……アパートの部屋で、食事の途中で寝落ちした白島。ビクンとなって目を覚まし、


白島「……ダメじゃん」



●シーン12・寺の門前(朝)


参道をチャリで走って来る尾上……と、山門に人影が見える。

門のところでは白島がオバチャリを停め、しゃがんで尾上を待っている……尾上、白島に近づいて、


尾上「君は昨日の……確か……シラトリ?」

白島「シラシマです!……これ、今回の資料ですから」


白島、封筒を尾上に渡す。


尾上「なんだ、FAXでもよかったのに」

白島「FAX代誰が払うんですかー!? ってか、紙とインク代払って下さい!」

尾上「へっ?」

白島「あっ!……嘘です、冗談です」


白島と尾上、寺に入って行く。



●シーン13・寺の中〜墓場(同刻)


寺の本堂、お経が聞こえて来る……本堂の中では法春(現住職)が朝のお勤めをしている。

総受付……中では珠子が花を活けている。

駐車場……寿美子(現住職の妻)がベンツで出かけて行く。


☆ ☆ ☆


墓場……お墓に腰をかけて向かい合う白島と尾上。手には資料を持っている。


白島「それでは、ブリーフィングを始めます」

尾上「ここでか!?」

白島「お寺の朝は忙しいんです! ここなら邪魔になりませんし、朝の空気が爽やかでいいじゃないですか〜」

尾上「霊感ない奴は気楽でいいなあ……(周りを見て)うわあ、うじゃうじゃいるよ……こっち来るなー、こっち来るなよー」

白島「それでは資料の1ページ目をご覧下さい。この香須寺は1545年、天文14年の建立で、縁起によりますと里見 義堯の創建と言われています。宗派は……」

尾上「あのー……」

白島「(教師のように指して)はい、尾上さん」

尾上「そこらへんは読めば分かりますんで……核心に触れません?」

白島「え〜、せっかく書いたのに〜!」

尾上「(ビクビクしながら)ちゃんと読みますから、話を進めましょう!……俺が取り憑かれる前に……」

白島「それでは資料の4ページ目をご覧下さい。こちらの表は、大奥様から聞いた怪現象を時系列に沿って整理したものです」


☆ ☆ ☆


楳図っぽい筆絵で、珠子と法春と寿美子が怯えている様子。


白島(声)『最初の心霊現象は子供の泣き声です。これは三月の下旬から起こり、現在も続いています。体験したのは大奥様、現住職、現住職の奥様です』


☆ ☆ ☆


楳図っぽい筆絵で、ハイハイする水子の幽霊と、怯える珠子。


白島(声)『次は境内をハイハイする赤ん坊の霊です。こちらも泣き声と同時期に始まり、大奥様が数回目撃しています』


☆ ☆ ☆


楳図っぽい筆絵で、寺の中にたたずむ女の幽霊と怯える法春、寿美子の様子。


白島(声)『もう一つは、白い着物の女の霊です。目撃したのは現住職とその奥様が一回づつ。場所は境内住居部分と墓地です』


☆ ☆ ☆


墓場で会話する白島と尾上。


尾上「墓地って、ここか?」

白島「そうですよ」

尾上「お前、よく平気だなあ」

白島「何でです? 幽霊なんかいるわけ無いじゃないですか〜」

尾上「……あ、そう」

白島「でですね、私、すごくいいネタ仕入れちゃったんですよ〜」

尾上「えっ?」

白島「香須寺は幼稚園やみやげ物屋を作って多角経営してますけど、その実質的経営は、現住職の奥様である寿美子さんなんですよ」

尾上「……そうなんだ」

白島「きっとこの事件の裏には、嫁と姑のいさかいが隠れてるんですよ! 多角経営化を進める寿美子奥様と、保守的な珠子大奥様の確執が生んだニセの心霊現象! 絶対そうです!」


が、尾上は、慌てふためいて何かを追っ払っている。


白島「ちょっと尾上さん、聞いてます?」

尾上「俺には聞こえない! 俺には見えない! だから俺には関わるな!」

白島「何なんです、その態度!?」

尾上「ああ、もう無理!……シラトリ、逃げるぞ!」

白島「えっ!?」


尾上、白島の手を引いて走り出す。

境内を走る尾上と白島……朝の読経が終わる。

尾上、白島の手を引いたまま本堂に走り込む。



●シーン14・寺の中〜本堂(同刻)


突然入って来た尾上と白島にキョトンとする法春。


法春「……あなた方は?」

白島「県立博物館の白島……」

尾上「ご住職、お経を拝借出来ますか!?」

法春「はあ……」


尾上、法春からお経を受け取ると、お経で自分の肩を叩き、何かを本堂の外に追い払う。


法春「……もしや貴方は、見えるのですかな?」

尾上「……ええ、まあ」

法春「それはそれは……恥ずかしながら私などは、そちらの方面はさっぱりでしてな」

尾上「ご住職の場合は少し違うと思いますよ。非常に強い力を持った方……多分数代前のご住職に守られておいでです。これではなみの霊は寄り付かない、だから見えないのです」

法春「おお。それはそれは、ありがたいお話をありがとうございます」


法春が手を合わせ、尾上が頭を下げる……と、後ろで白島の声が、


白島「この阿弥陀如来像……少し変ですね!」

尾上・法春「?」

白島「うん、変です……ヤッパリ変です」


と、白島の頭に尾上がチョップを食らわす。


白島「痛ったーい、何するんですかー?」

尾上「お前、失礼なやつだなあ! いいか、これは美術品である以前に仏像なの! 先ずは手を合わせるところから始めろ!」


尾上と白島、仏像に手を合わせる。


尾上「で、何が変だって?」

白島「この阿弥陀如来像、縁起から言ったら室町末期の作じゃないですか……それにしては金箔の状態がいいし、様式も違っています」

尾上「へー」

白島「室町末の仏像は、写実的で技巧に優れているのが特徴です。でもこの仏像は作りが荒く、口元はアルカリックスマイル、姿勢は直立と、時代様式が統一されていません……多分この仏像は近世に、非常に急いで作られたものだと思いますよ」

法春「ご明察の通りです……当寺の本尊は明治の廃仏毀釈で焼かれております」



●シーン15・再現フィルム(夜)


明治初頭、農民たちが寺を襲い、仏像を庭に出して焼く様子。


法春(声)『ご存知の通り明治時代、国家神道を推進するにともない神仏分離令と大教宣布が発布され、全国で廃仏毀釈運動が起こりました。新政府と神官は仏像や仏具を焼き、暴徒と化した民衆は寺院を襲いました』


民衆に襲われ、井戸端に追い詰められる女。女は赤ん坊を抱いている。


法春(声)『この香須寺でも仏難は起こり、民衆は本尊を焼くにとどまらず、住職の妻と赤子を裏の古井戸に投げ入れたそうです』


暴徒に捕まる女……そのまま井戸に投げ入れられる。



●シーン16・寺の中〜古井戸(朝)


井戸の前で話す白島・尾上・法春。


白島「……ひどい……何でそんな事を」

法春「当時この地方では僧侶の妻帯は慣例化していたようですが、民衆から見たら生臭坊主だったのでしょうなあ……全く、痛ましい出来事です」


井戸に向かって手を合わせる3人。


法春「ですが話はそれだけでは終わりませんでした……その年の夏、流行病が付近の村を襲い、多くの死者を出しました。人々はこれを女と赤子の祟りと噂し、慌てて本尊を作り直してその中に女と赤子の骨を納めたといいます」

白島「じゃああの仏像の中には人骨が入ってるんですか!?」

法春「さあ? 言い伝えだけで調べてはおりませんので……実は子供の時にコッソリ調べようとしたんですが、その時はお袋にこっ酷く叱られましたわ」


法春、豪快に笑う。


尾上「興味深いお話、ありがとうございました」


法春、手を合わせて去って行く。残された白島と尾上……と古井戸の向こうは金網になっていて、併設の幼稚園が見える。金網には数名の幼稚園児がへばりついていて、物珍しそうに白島と尾上を見ている。


白島「グフフ、可愛い……こんにちは〜」


白島、金網に近づいて園児に話しかける。その横では尾上が、古井戸のフタをズラして 中を覗き込む。


尾上「疫病を起こした祟り寺か……手掛かり、出て来たじゃないか」

白島「何がです?……もしかして尾上さん、祟りとか信じてるんですか?」

尾上「シラトリは意地でも信じない気か?」

白島「シラシマです!……私は学者ですから、そんなものは信じません」

尾上「俺は学者だからさ、見たままを信じるよ……ほら、フィールドワーク開始だ!」

白島「えっ?」



●シーン17・参道(同刻)


参道を自転車で下りながらの白島と尾上の会話。


白島「フィールドワークって、一体何を調べるんですかー!?」

尾上「年寄りを手当たり次第に捕まえて、祟りについての話をかき集めるんだよ!」

白島「それって民俗学じゃあないですかー! 私の専攻は仏教美術です!」

尾上「土蔵のある家は要チェックだぞ! 金持ちは読み書き出来る可能性が高いから、当時の手記が残ってるかもしれない!」

白島「だーかーらー!」

尾上「じゃあ、あとでな!」


尾上、チャリのコースを変えて離脱。白島、チャリを止めて、


白島「ちょっと尾上さん!……もう!」


白島、仕方なくもう一度チャリを漕ぎ始める。



●シーン18・フィールドワークの点描(午前中)


おばあちゃんと話す白島。


☆ ☆ ☆


坂道を息を切らせながら自転車を押して登る白島。


☆ ☆ ☆


おじいちゃんと話す白島。


☆ ☆ ☆


土蔵の中で調べ物をする白島。


☆ ☆ ☆


旧家から頭を下げて出て来る白島。


白島「ありがとうございました。お借りした手記は今週中にお返しに上がりますので」


チャリに乗ってこぎ出そうとする白島……と、携帯が鳴って、


白島「……はい」



●シーン19・公園(昼)


公園……広報スピーカーから正午を告げる音楽が流れる。

ベンチでカステラを食べる尾上……そこへチャリで白島がやって来る。


白島「……あ〜、やっと見つけた〜」

尾上「どうだった?」

白島「あー! 何食べてるんですかー!」

尾上「えっ?……聞き取り調査のついでに買ったんだ。昼メシ代わりにいいかなと思って」

白島「昼メシ代わりって……それ一本で何日分の食費だと思ってるんですかー!」

尾上「えっ?」

白島「私なんて、具の無いおにぎり1個で我慢してるっていうのに……尾上さんは金持ちですか? 金持ちの子ですか〜〜!?」

尾上「……あー……少し食べるか?」

白島「いいんですか〜〜!?」


嬉々としてカステラを分けてもらう白島……食べながら、


白島「美味しい〜〜! この味、10年ぶりだ〜〜!……そうだ。カステラのお礼に、私が尾上さんの友達になってあげます」

尾上「はあっ?」

白島「尾上さん、友達いないでしょう? 挙動不審だし、変態パンツだし」

尾上「……お前、いい加減にしないと穴掘って埋めるよ?」

白島「人が気絶してる間にイタズラしようとしたのも許してあげます」

尾上「だからしてねえって言ってんだろう!……で、どうだったんだよ?」

白島「あ、大収穫です! 言われた通り土蔵のある家を当たってたら、当時の手記が見つかりました」

尾上「どれどれ」


白島、バッグから封筒を出す……が、尾上には渡さず、


白島「ダメですよ、そんなバターでベタベタの手で触っちゃあ! 発掘の人は物の扱いが雑なんだから」

尾上「すまん」


白島、尾上に木綿の手袋をわたす……尾上、手袋をつけて手記を開く。


白島「その手記によると、香須寺が襲われたのが四月。で、七月に最初の犠牲者が出て、八月には村中に疫病が広がったようです……なのに、村はずれの川に面した一帯では、疫病の被害はありませんでした」

尾上「……」

白島「症状は、下痢、発熱、血便……これって、赤痢じゃないですかね?」

尾上「……かもなあ」

白島「私の考えでは、これって井戸の地下水脈の汚染が原因だと思うんですよ……井戸に投げ込まれた母子の死体が腐敗して赤痢菌が繁殖、水温が上がって爆発的に広がり、疫病化したんじゃないでしょうか?」

尾上「……その可能性は高いな」

白島「可能性が高いじゃなくて、絶対そうですよ! だって、祟りなんてある訳無いじゃないですか!」


白島、バッグからペットボトルを出して水を飲む。ペットボトルの中には石が入っている。


尾上「ちょっと待て、何だその石?」

白島「ああ、これ? ゲルマニウムの原石ですよ。奇跡の水っていって、毎日飲むと身体にいいんです。水道水でも安心です!」

尾上「……お前、祟りは信じなくても、そういうのは信じるのな」

白島「ゲルマニウムの遠赤外線効果は、科学的にも証明されてます!」

尾上「科学的ねえ……でも、お前の言う昼ドラみたいな陰謀説は無さそうだぞ」

白島「えっ?」

尾上「大奥様と奥様、嫁姑の確執は全く無いってさ。多角経営を始めたのは大奥様で、その当時幼稚園で保母をしてたのが現奥様……大奥様の勧めで見合結婚して、香須寺に入ったらしいぞ」

白島「それ、どこで聞いたんですか?」

尾上「カステラの売店……まあ、それも含めて今晩本人たちに当たってみるけどな」

白島「どうやって?」

尾上「晩飯お呼ばれしてるんだ。ついでに一晩泊まって、怪現象が起こるとこ見て来るよ」

白島「……晩御飯って……誰が作るんです?」

尾上「そりゃあ大奥様だろう」


と、白島が尾上の手を握る。


白島「尾上さん、私たち友達ですよね?」

尾上「お……おう」

白島「行きます! 私も一緒に行きます!」

尾上「シラトリ……もしかして貧乏なの?」

白島「シラトリじゃなくてシラシマです!……貧乏じゃなくて、ド貧乏なんです〜〜!」



●シーン20・寺の中〜住居部分(夜)


駐車場……ベンツが戻って来て寿美子が降りる。

玄関……寿美子が帰って来ると、珠子が迎えに出る。


寿美子「ただ今戻りました」

珠子「お疲れ様……みなさんお待ちかねですよ」


☆ ☆ ☆


ダイニングキッチン……着替えた寿美子が入って来ると、白島・尾上・法春がテーブルで待っている。


寿美子「お待たせいたしました」

白島・尾上「お邪魔しております」立ってお辞儀。

珠子「さあ、お気兼ね無くくつろいでお召し上がり下さい」


珠子、料理をテーブルに並べる……全員手を合わせて、


全員「いただきます」

白島「うわあ、なんて豪華な夕食!」

尾上「……気になさらないで下さい、シラトリは少し可哀想なヤツなんです」

白島「シラシマです!……う〜ん、美味しいの10乗! この煮物、ダシが効いてていい味ですね〜!」

白島「このお新香、最高の塩加減ですね〜」

白島「へ〜、ガス釜なんですか? それでお米が美味しいんですね〜」

全員「……」

白島「ああ、真面目に生きてきて良かった〜……神さまって実在するんですね〜」

尾上「お前、祟りは信じなくても神さまは信じるのな」

珠子「そうだ寿美子さん、売上の方はどうでしたか?」

寿美子「はい、駅の売店も好調で、このまま売り上げが伸びれば、工場の増産も夢ではありません。三交代制で24時間稼働のシフトを組めば、現在の設備のまま雇用を拡大出来ます」

珠子「若い人を呼び戻すにはまず雇用の確保ですからね。この町の過疎化を食い止めるためにも頑張りましょう」

寿美子「はい」

白島・尾上「……」



●シーン21・寺の中〜本堂(寸刻後)


本堂に布団を敷いて寝る準備の白島・尾上の会話。


白島「いいですか尾上さん、この真ん中の線からこっちは私の領土ですからね! 入らないで下さいよ!」

尾上「お前、トイレへの出口はこっちだけど、トイレへ行かない気?」

白島「私は、そっちへ入ってもいいんです!」

尾上「……ああ、そうですか」

白島「睡眠は2時間交代、先に尾上さんが寝ていいです」

尾上「俺は起きてるから、シラトリは寝てていいよ」

白島「シラシマです!」

尾上「シラサギ?」

白島「もう人間の名前ですらないじゃん!」

尾上「ハクチョウ」

白島「無理して言ってるでしょう!?」

尾上「どうでもいいや、おやすみ〜」


尾上、布団に入って手記を読み始める。白島も布団に入って、


白島「……尾上さん」

尾上「何?」

白島「尾上さんは……幽霊の存在を信じるんですか?」

尾上「信じるっていうか……ぶっちゃけ、俺たちの現場は心霊現象なんて普通なんだよ」

白島「普通ですか?」

尾上「お前、俺たち発掘班が裏で何て言われてるか知ってるか?」

白島「……墓泥棒」

尾上「そう……俺たちのやってる事は、いいも悪いも無く墓荒らしだ……そんな現場、幽霊ぐらい出てもおかしくないだろう? だから発掘前はお祓いもする、骨が出ればちゃんと祀ってお供えもする……それでも、出るときは出る。もし出たら……」

白島「出たらどうするんです!?」

尾上「そん時は全力で逃げる!」

白島「グフフ……じゃあ尾上さんは、幽霊は見た事あるんですか?」

尾上「あるよ……今も見えてる」

白島「えっ?」

尾上「さっきから話しかけて来てうるさいんだ……お前の背後霊」

白島「またあ! 尾上さん、私を怖がらせようとしてるでしょう?」

尾上「してねーよ。俺が見えると分かったから、ちょっかい出して来るんだよ……でも、俺には秘密兵器がある!」


尾上、バッグの中から密閉型ヘッドホンとiPodを出す。


尾上「これで、煩わしいアプローチにさようなら〜」

白島「アプローチなんてしてません!」


尾上、ヘッドホンをつけて黙る……しばらくして白島が手を伸ばしヘッドホンを引っ張ると、信じられないぐらいの大音量でロックが聞こえて来る。


白島「うわっ! 尾上さん、耳遠くなりますよ!」

尾上「こっちの方がよっぽど落ち着く」

白島「はいはい! 変態パンツは耳遠くなって後ろから車に轢かれればいいんですよ!」


白島、ヘッドホンを戻して布団をかぶる。


……時間経過(鈴の音に合わせて、境内や仏像、墓の風景を数点)。


布団の中で眠っている白島……と、赤ん坊の声が聞こえて来て目を覚ます。


白島「!?……尾上さん、今の聞こえました?」

尾上「……」

白島「尾上さん!」


白島、尾上のヘッドホンを外す。


尾上「何だよ?」

白島「赤ん坊の泣き声がします!」

尾上「俺には聞こえない……あ、ホントだ」

白島「全然役に立たないじゃないですか!」

尾上「んっ!?」


と、本堂の端に青白い半透明の赤ん坊の霊が浮かび上がる……赤ん坊の霊、ハイハイして進み、尾上と白島の布団をすり抜けて、壁の向こうに消えて行く。


尾上「……今の見たか?」

白島「何がです?」

尾上「見えなかったのか!?……まあいい、追うぞ!」

白島「えっ?……尾上さん!」


尾上が走り出して、白島が追う。



●シーン22・寺の中〜古井戸(同刻)


走って来る白島と尾上……尾上が立ち止まって白島がぶつかる。


白島「……もう、何なんですか!?」


と、赤ん坊の霊がハイハイのまま古井戸の方に進んで行って消える……と、古井戸のフタがずれ落ちる。


白島「えっ?」


古井戸の中から覗く女の霊。


白島・尾上「うぎゃあああああ!」


白島と尾上、ダッシュで逃げる。


☆ ☆ ☆


寺の中の住居部分、走って来る白島と尾上……寝巻き姿の法春・珠子・寿美子が出て来て、


法春「どうしました!?」

白島「出ました、おばけ……殺された母子の幽霊です!」

法春・珠子・寿美子「!?」



●シーン23・寺の中〜駐車場(朝)


寺の境内の風景……空が白んで来て朝になる。

参道を上がって来る4WD……駐車場に停まると、有田と調査士①②が降りて来る。



●シーン24・寺の中〜本堂(同刻)


本堂の中……お経を上げる法春。後ろでは尾上・有田・調査士①②が一列に並んで手を合わせている。


☆ ☆ ☆


本堂の中……本尊を下ろしてX線撮影機にかける尾上・有田・調査士①②。少し離れて見ている白島・法春・珠子。


有田「それじゃあ撮影します。離れて!」


全員が離れて撮影……撮影された画面が出PCに映し出される。画面を覗く尾上・有田・白島。


有田「……コレ人骨っスね。多分成人の腕っス」

尾上「出す事は出来そうか?」

有田「仏像の構造は寄木造りみたいですから、非破壊で可能っス……この部分に隙間があります……開けてみますか?」

尾上「ああ……シラトリ、手伝え!」

白島「はい!」


☆ ☆ ☆


仏像を寝かせて背面の金箔をピンセットではがす白島。


白島「……この部分、金箔を修復した跡があります……この隙間から外れそう……行きます!」


白島、ノミを使って背面の一部をテコの原理でハズす。


尾上「よし、代われ!」


尾上、仏像の中に手を入れ、丁寧に腕の骨を抜き出す……骨、成人の腕の骨である。

尾上、骨を布の上に置いて、


尾上「ファイバースコープで中を確認!」


☆ ☆ ☆


ファイバースコープの画面を見る有田。


有田「……遺物はそれだけっスね」

尾上「言い伝えと違うな……ご住職、境内に母子らしい墓はありませんか?」

法春「無縁仏はありますが……」

尾上「まさかそこには無いでしょうね……祟りを起こした母子、おおっぴらには弔えなかったか……有田、地中レーダーは積んで来てるか?」

有田「ええ、一応」



●シーン25・寺の中〜古井戸(同刻)


物珍しそうに金網にへばりつく幼稚園児たち。

地中レーダーで調査する調査士①②と、横で見ている尾上と有田。


尾上「夕べの赤ん坊はここで消えた……埋められてるとしたらここなんだ……」

調査士①「班長! 反応があります!」


地中レーダーに駆け寄る尾上と有田。


有田「地下1mに空間がありますね」

尾上「発掘準備!」


☆ ☆ ☆


幼稚園との間の金網にブルーシートを張る白島と調査士①。


園児たち「え〜」

白島「ごめんね〜」


スコップで穴を掘る尾上・有田・調査士②……しばらく掘ると手応え。


尾上「よし!」


穴の底には木の板……尾上と有田、手で掘り進め、木の板をはがす。


尾上「出たな……殺された母子の遺骨だ」


穴の中、円筒形の棺桶があり、中には母子の骨がある。



●シーン26・寺の中〜本堂(同刻)


本堂の床に白い布が敷かれ、その上に人型に並べられた母子の骨……母親の骨は腕が足りないが、そこに本尊から出た腕を並べると一致する。

警察の鑑識が骨の写真を撮っている……その後ろで、法春と尾上が話をしている。


尾上「この母子(親子)、ねんごろに弔ってやって下さい……そうすれば霊障は収まるはずです」



●シーン27・寺の中〜駐車場(寸刻後)


4WDに機材を積む有田と調査士①②。


有田「それじゃあお先に!」

尾上「ああ、お疲れ!」


残された白島と尾上、振り返る……と、後ろでは法春と珠子が見送っている。


珠子「……」

尾上「……」


白島と尾上、頭を下げて自転車を押しながら去って行く……と、白島がポツリと、


白島「尾上さん……祟りって本当にあるんですかね?」

尾上「それはどうかなあ……」

白島「えっ?」

尾上「行くぞ、シラトリ」

白島「もう、何回言えば覚えるんですか? 私の名前はシラシマです!」


白島と尾上、自転車に乗って去って行く。

F.O.



●シーン28・博物館〜館長室(朝)


案件が解決して上機嫌の館長と白島の会話。


館長「いやあ白島ちゃん、よくやってくれた! これで博物館と僕のクビは救われたよ!」

白島「無事解決出来て、私も嬉しいです!」

館長「ここだけの話だけど、11月には前之原さんが定年になって退職するんだ……そうしたら来年を待たずに白島ちゃんを正式採用するからね!」

白島「うわあ、ありがとうございます!」

館長「いやいや、厄介払いができる上に有能な新人が入ってくれて、僕としても嬉しい限りだよ!」

白島・館長「ハハハハハ」


☆ ☆ ☆


廊下……館長室から出て来る白島。


白島「失礼しま〜す……やった〜!……ランララ〜ン♪」


廊下をスキップして歩く白島。


(注・しかし前之原は11月以降も嘱託社員として居座り、白島の正式採用は延期される)



●シーン29・博物館〜収蔵品管理室(昼)


時計が12時を指す。


小早川「……それじゃあ私、食堂行って来るから、その間電話番よろしくね〜」

白島「は〜い、ごゆっくり〜」


退室する小早川……後には白島だけが残される。白島、応接席に座り、おにぎりとペットボトルを出して昼食を始める。

……と、ドアの開く音がして、


白島「?……小早川さん、忘れ物ですか〜?」

尾上「よう!」


白島が見上げると、紙袋を下げた尾上が立っている。


白島「尾上さん!」

尾上「シラトリ、本当におにぎり1個だけなのな」

白島「放っといて下さい! それより尾上さん、どうしたんですか?」

尾上「発掘現場が近かったんで、昼飯食いに来た」


尾上、紙袋からカステラを出す。


白島「うわっ、カステラのカステラ!」

尾上「んー、聞き取り調査のついでに買って来た」

白島「まだそんな贅沢な事してるんですか!?」

尾上「シラトリも食うか?」

白島「いただきますっ!」


カステラを分けてもらう白島。


白島「わ〜い♪……でも、聞き取り調査って、何調べてるんです?」

尾上「シラトリの言うところの、陰謀ってやつ?」

白島「はい?」

尾上「シラトリってさ、霊感ゼロじゃん? そのシラトリに見える幽霊ってさ……嘘臭くね?」


尾上、ポケットから紙を出して広げる。紙には表が書いてある(別紙)。


尾上「これ、今回起こった心霊現象と目撃者を表にしたんだけど、お前は見えない、住職は見える訳がない……だとすると赤ん坊の声と女の幽霊は、俺は作り物だと思ってる」

白島「ってか、そもそも尾上さんが見えるって事が、私には胡散臭いんですけど?」

尾上「あっ、そう?……じゃあ証明してやるよ」

白島「グフフ……そんな事できる訳無いじゃないですか」

尾上「エリー様、出て来てもらえます?」

白島「誰です、それ?」


と、白島の後ろに青白い半透明のSMの嬢王様(エリー)が出て来る。


エリー『は〜い、私の可愛い子猫ちゃん♡』

尾上「エリー様、こいつエリー様の事全く信じてないんで、ギャフンと言わせちゃって下さいよ!」

白島「誰と話してるんですか!?」

エリー『まあ、いけない子ね!……じゃあ、この子が大好きなお菓子でギャフンと言わせちゃおうかしら♡』


☆ ☆ ☆


廊下……小早川が戻って来ると、ドアが開いて白島を引きずった尾上が出て来る。


白島「何するんですか!? 拉致ですか!? 監禁ですか!? この変態パンツ!」

尾上「あ、小早川さん……シラトリ、お借りしますね!」

小早川「えっ?」

白島「ダメです、持ち出し厳禁です!」

尾上「責任は前之原さんが取りますんで〜」

白島「助けて下さい、小早川さ〜ん!」

小早川「……」


去って行く尾上と白島。



●シーン30・コンビニ(同刻)


店に入って来る尾上と白島……白島、泣いている。二人、アイスクリーム売り場で、


尾上「ほらシラトリ、ガリガリ君おごってやるぞ!」

白島「こ……こんなもんじゃ……買収……されませんからね……」

尾上「えっ、これはダメですか? この下?」


尾上、ガリガリ君を持ってレジに行く。


☆ ☆ ☆


出て来る尾上と白島。


尾上「さあ食え、シラトリ!」

白島「シラトリじゃなくて……シラシマ……です!」


白島、泣きながらガリガリ君を食べる……と、当たりが出る。


白島「あっ!」

尾上「はい、当たり」

白島「私、初めて当たりましたよ!」

尾上「ほら、交換に行くぞ!」


早送りで交換に行き、戻って来てガリガリ君を食べる白島と尾上。


白島「……また当たった」

尾上「ここにはもう当たりは無い?……別のコンビニ行くぞ!」

白島「へっ?」


白島を引っ張って移動する尾上。


☆ ☆ ☆


早送り……別のコンビニの前でガリガリ君を食べる白島と尾上。


白島「当たり……」


早送りで交換に行きガリガリ君を食べる白島と尾上。


白島「また当たり……」


早送りで交換に行きガリガリ君を食べる白島と尾上。


白島「当たり……ち、ちょっと待って下さい!」


白島のお腹が鳴り出す……白島、お腹を押さえてコンビニに入って行く。


☆ ☆ ☆


コンビニ内、トイレのマーク……水を流す音がして、白島が出て来る。と、トイレの前で尾上が待っていて、


白島「……分かりました、譲歩します……尾上さんには幽霊が見えるかもしれません……」

尾上「どうしますエリー様? 勘弁してやりますか?」

白島「さっきから、誰と話してるんですかー?」

尾上「だから……お前の背後霊」

白島「そんなのいる訳……います、いますよね……」


お腹が鳴って、白島がもう一度トイレに戻って行く。尾上が意地悪く笑っていると、エリーの声が聞こえて来る。


エリー『フフフ。スカトロプレイみたい♡』

尾上「……そこまで報告しなくていいです!」



●シーン31・寺の中〜古井戸(夜)


夜陰に紛れて幼稚園に忍び込む白島と尾上。


白島「ちょっと尾上さん、これって絶対犯罪ですよ!」

尾上「シラトリは頭が固いなあ」

白島「そういう問題じゃありません!」

尾上「分かった分かった、見つからないようにするから」

白島「もう……前之原さんといい、尾上さんといい、どうして私の周りには規則にルーズな人が多いんだろう」

尾上「あ、俺、前之原先生の教え子」

白島「えっ!?」

尾上「知らなかった? 前之原先生、5年前まで大学の教授だったの……問題起こして退官したけど」

白島「……うわぁ、迷惑の10乗」


白島と尾上、そのまま柵を越えて、古井戸の裏庭に入る。

裏庭には、井戸の横に母子の墓が出来ている。


白島「尾上さん、これって?」

尾上「ああ、あの母子の墓だよ」


白島と尾上、墓に手を合わせる。


尾上「じゃあ始めるぞ」


尾上、持って来たロープを二本金網の柱にくくりつける。


白島「何をする気なんですか?」

尾上「この井戸に入る」

白島「正気ですか!?」

尾上「正気正気、全然正気……霊っていうのはさ、言いたい事があるから出て来るんだ……アイツらの気持ち、丁寧に掘り出すぞ!」


颯爽と井戸に入って行く尾上……井戸の横では白島が途方に暮れている。


白島「やっと就職が決まったのに、こんなことで捕まったら人生終了じゃん……奨学金も返して、お母さんに楽させてあげられると思ったのに……ああ、いっそこの縄を切って、尾上さんを亡き者にして……」


と、突然白島の携帯が鳴る。白島、慌てて電話に出る。


白島「ひっ!……もしもし」

尾上(電話)『左のロープを引き上げてくれ』

白島「尾上さん!……驚かせないで下さいよ」


ロープを引く白島……と、女の幽霊が出て来て、驚いて手を離す。


白島「ぎゃあ!」

尾上(電話)『イテっ!……コラ、ちゃんと引き上げろよ』

白島「何なんですか、今の〜〜!?」

尾上(電話)『良く見ろ、チャチ な作り物じゃねーか! それこそ幼稚園のお化け屋敷に使うようなテキトーお化けだぞ』

白島「えっ?」


白島、もう一度引き上げてお化けを確認する。


白島「……本当だ」

尾上(電話)『じゃあ次は、そのロープに俺の荷物の中の網をくくりつけろ』

白島「これですか?」


白島、ナップザックの中から釣りで使うようなナイロンのビクを出し、ロープに結んで落とす……しばらくして、


尾上(電話)『よし、引きあげろ!……ただし、今度は骨だからな。ビビって落としたらブン殴るぞ!』

白島「骨!?」


白島、ロープを引き上げる……恐る恐る網の中を見ていると、尾上が上がって来る。


白島「尾上さん、これって何の骨ですか!?」

尾上「……見ての通り……人間の赤ん坊だよ」



●シーン32・博物館〜会議室(昼)


字幕『数日後』


タクシーに乗って博物館を訪れる珠子……その様子に珠子と白島の電話での会話がかぶる。


珠子(電話)『……はい、香須寺です』

白島(電話)『あ、大奥様ですか? 博物館の白島です……先日のお預かりしていた茶器の件、書類手続きが終わりましたので、確認のために博物館までご足労願えないでしょうか?……はい、では明日の午後3時に……よろしくお願いいたします』


正面玄関……タクシーを降りる珠子。と、白島が迎えに出ている。


☆ ☆ ☆


会議室の中……ドアが開いて白島と珠子が入って来る。


白島「こちらです」


と、中では尾上が待っている。


尾上「すみません、お呼び立てして」

珠子「……これはどういう事ですか?」

白島「ごめんなさい、嘘をつきました」

尾上「先日の幽霊騒ぎの件で最終報告がまとまりました……ただ、書類に残したくはないので大奥様においでいただいたのです……この意味、お分りいただけますよね?」

珠子「……」


珠子、黙って席につく。


尾上「では、ブリーフィングを始めます」


尾上の後ろにスクリーンがあり、霊障と目撃者の表が映し出される。


尾上「これは、今回起こったとされる霊障と、その目撃者を表にまとめたものです。しかしこの中には、本来霊感の無い者にも感じる霊障……つまり、ニセの心霊現象が含まれています」

珠子「……」

尾上「先ず最初の赤ん坊の声ですが……この現象の原理はこれです」


尾上、糸電話を出して見せる。


尾上「香須寺の建立は平安末期、拝見したところ建築技術も優れ、良い木材を使用しております……そしてご存知の通り、木材は非常に細かい維管の集合体、言い換えればパイプなのです」

珠子「……」

尾上「そして寺の本堂は読経を反響させるために天板を薄く作り、天井裏に広い空間を設けてあります……つまり、この糸電話に置き換えると、糸が柱、紙コップが天井なのです」


イメージカット……振動が柱からハリを伝って行き、天井裏で音になる様子。


尾上「この構造を利用すれば、例えば寺の隅で柱に向かって録音した赤ん坊の声を流したとして、その振動は柱からハリを伝って寺中に伝わり、全く違う場所で音となって聞かせる事が出来ます……以上の事から結論して……あの赤ん坊の声は、心霊現象ではありません!」

珠子「……」

尾上「次に女の幽霊の目撃証言ですが……これは理屈抜きに、いきなり証拠があります」


スクリーン、井戸から引き上げた作り物の幽霊の写真が映し出される。


尾上「この作り物、去年の夏に幼稚園で催されたお化け屋敷で使用された物だそうですね……調べてもらったところ、倉庫に保管されていた物が紛失している事が分かりました……そして、その倉庫に出入り出来るのは、保母を除けば大奥様と奥様だけです!」

珠子「……」

尾上「しかし、ニセの心霊現象を説明づける事は出来ても、わざわざ幽霊騒ぎをでっち上げた動機がどうしても分からなかった……でも、たった一つ、決定的な動機がありましたよ……あの古井戸の中に」


と、白島が小さな遺骨入れを持って来て、珠子の前に置く。


珠子「……これは?」

尾上「井戸の底から引き上げた遺骨です」


尾上、ポケットからクシを出して、


尾上「……申し訳ありませんが、大奥様のクシを拝借してDNAを比較させていただきました……この遺骨の母親は……大奥様、貴女ですね?」

珠子「……」

尾上「これも幼稚園でうかがいました……あの幼稚園、建物の老朽化で再建が予定されていたそうですね。その時にはあの裏庭もつぶして拡張する予定だったとか……それが例の幽霊騒ぎで、建物の補強工事だけに変更されたそうですね」

珠子「……ええ」

尾上「貴女は井戸の底にこの遺骨がある事を知っていた、そして、工事で遺骨が発見される事を恐れた……何故なら……」

珠子「……」

尾上「赤ん坊を井戸に投げ込んだのは……大奥様、貴女だからです!」

珠子「……」


珠子、黙って遺骨入れに触れ、力無くうなずく。


尾上「……話して……いただけますね?」

珠子「……はい」



●シーン33・再現フィルム


白黒画像……若い頃の珠子が村人たちと電車に乗り、闇市に行く。


珠子(声)『あれは、終戦後しばらくしての事でした……この付近の村々では作物の収穫が上がらず、配給も思った量は回って来ませんでした……そこで私たちは、電車を乗り継ぎ、闇市に足を伸ばしたのです……ですがその時……』


米兵に強姦される珠子。


珠子(声)『ほんの一瞬、仲間とはぐれた時に、私は米兵に捕まり、そして……』


寺の境内……白い服を着た珠子が、赤ん坊を抱いて歩いている。


珠子(声)『十月十日後、私はみなに隠れて男の子を生みました……でもそれは異人の子です……私は、全てを無かった事にするしかなかった……』


裏庭……古井戸に赤ん坊を投げ込もうとする珠子……だがどうしても投げ入れられない。


珠子「……」


と、どこからともなく女の声がする。


女(声)『……殺すな……その子を殺すな……!』

珠子「ひいっ!」


珠子が足元を見ると、地面から這い出した女の幽霊が珠子の着物の裾をつかんでいる……驚いた珠子、赤ん坊を取り落とし、赤ん坊は井戸に落ちて静かになる。

女の幽霊、悲しそうな顔をして消えて行く。

後に残された腰を抜かした珠子……その着物の裾を、白骨化した腕がにぎっている。


珠子「ひいいいっ!」



●シーン34・博物館〜会議室(昼)


うなだれて喋る珠子。


珠子「あの骨をご本尊様の中に隠したのは私です……あの人は、死んでなお母親だった……なのに私は……自分の事しか考えられない鬼でした……」


と、尾上が歩み寄って来て優しい顔で、


尾上「……あの子は、貴女を恨んではいません。ただ寂しかっただけです……あの子の供養、お願いできますね?」

珠子「……」


珠子、何度もうなずく。



●シーン35・博物館〜正面玄関(同刻)


遺骨入れを持つ珠子と、見送る白黒と尾上……珠子、何度もお辞儀をしながら、タクシーに乗って去って行く。


尾上「……さてと、有田が怒り出す前に、俺も現場に戻るかな……アイツ、元ヤンだから恐くって」

白島「……尾上さん」

尾上「ん?」

白島「尾上さんは……いつ大奥様の事に気がついたんですか?」

尾上「……お前と一緒に寺に泊まった時だよ」

白島「えっ、何で?」

尾上「あのとき俺、赤ん坊の幽霊が見えたって言っただろう?……あの時さ……赤ん坊の目が、青かったんだよね」

白島「……そんな……」

尾上「じゃあな」


尾上、白島の肩を叩いて去って行く……と、白島が尾上に向かって叫ぶ。


白島「尾上さん!」

尾上「?」

白島「私は信じません、信じませんよ! 私は学者です! 幽霊なんか、絶対に信じませんからね!」


と、尾上が爽やかな笑顔で、


尾上「好きにすればいいさ!」



●サブタイトル


サブタイ『Act.1 青い眼』



●ED

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シナリオ版SW(スピリットワーク) 第1章・青い目 池部九郎 @kuroikebe

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