歪んで歪んで元通り?

 ルクフツァリヒのことはさておき、話をセトの腹から生まれ落ちてすぐの頃に戻そう。


『固定化された項目:極度の不幸体質

 これの解除にあたり

 幸福なる結末を望むものとする』


 赤子となった己の手を天に伸ばして掲げてみると、手首の辺りに潰れるくらい小さな魔法文字でそう書かれている。

 パッと見は歪な形の鬱血痕。

 よくよく観察しなければそうと気付けない。

 生後からだいたい一週間が経つ頃になると体に馴染むようにして消えて読めなくなってしまうのだが、このことに気付いたのは何度目の生と死を繰り返した後だったろう。

 ――魔法文字とは読んで字の如く、だが『魔法に必要とされる文字』ではなく『魔法に不可欠な言語もしくはそれを可視化したもの』である。

 話していると長くなるため細かいことは省かせてもらうが、そもそもここ、ヴェルシュテルは言語統制のなされていない多言語世界であり……漢字、平仮名、片仮名、アルファベット、その他、地球上で見掛けた馴染みある言語や文字とはどれも異なる。

 ご都合主義よろしく不思議な力でそれを理解できたとすれば、私の恨み言も一つ減ったに違いない。

 手首の文字にはいくつかのパターンがあって、内容だけを訳してまとめると次の通りとなる。


『エラーによる転送

 次なる世界へ移るには

 相応なる時のエネルギーを

 一八・一・九〇』


『身体:水中においてのみ

 限定的な不死の力を発揮する

 構造:精霊種寄り』


『身体機能並びに頭脳においては

 改造による能力値の変化として

 二〇〇%の上昇率が見込まれる』


 これに前述のものが合わさる。

 説明しているとやはり長くなるので結論だけを並べていくが、後半二件については立証済み。『時のエネルギー』とやらは、曰く、勝手に蓄えられていくものらしいので、深くは気にせず放置しておいて『幸福なる結末』これを目指すことに専念しよう、というのが現在掲げている方針だ。

 正直、何が幸福かと鼻で笑ってやりたいところである。

 手掛かりらしい手掛かりが他にあればそちらを選んだものを……。

 ないものはない。

 腐る程繰り返される時間を無為にしたってどうということはないが、それでは私の望みが叶わない。


 では、改めて『幸福なる結末』とは?

 哲学的な話を論じるつもりはさらさらないが誰にとっての、何を基準とすればそこに辿り着けるかは非常に重大な問題である。

 近親者?

 それとも道行く名も知らぬ誰か?

 はたまた出会ってすらいない相手か。

 分からない。

 ならば、話は単純だ。

 まずは《世界ヴェルシュテル》を幸福にする。

 世界が満ち足りたなら大多数の者が歓喜し幸福を噛みしめることだろう。

 失敗したなら次は幸福の裏で煮え湯を飲む者、嘆き悲しみに暮れる者、不幸に狂う者を。

 全ての可能性を端から順に一つ一つ、一人一人潰していく。

 都合の良いことに戦争というこれ以上ない舞台が目の前には広がっており、後は英雄になり得る人材をレールの上に乗せて走らせてやればいいだけ……。

 ほら、単純だ。


 人材を探すのに苦労はしなかった。

 何故なら方針を定めた時には既に邂逅を果たしており、記憶にもしっかりと残っていたから。

 綺麗事を吐く口。

 友情を信じる瞳。

 努力を惜しまない体。

 理想を追い求める心。

 博愛主義的なその男の全てが嫌いで嫌いで……。

 だからこそ、英雄ヒーローとなるに相応しいのだと分かる。

 ――レイ・レノ・ユーツェント。

 それが私を腹立たせて仕方ない男の名である。

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