外れのクジに未来を憂う
衝撃的な宣言を受けたその夜は、何とも言えない苦々しさと居心地の悪い空気の中で眠りにつくことになった。
いや、総合成績というのは勉学だけでなく内申点も加味されるもので、第一師団に集められる者ともなれば人格者であって然る可きとされる。
腹の内がどうであれ、だ。
あのようにあからさまな態度を取られるとは想像もしていなかった。
裏表のない正直者と言えば聞こえはいいかもしれないけれど……。
第一師団の者でなくとも同じ部屋、同じ班で活動を共にする相手に、これから過ごす新たな学期も始まらない内から不和を生むような態度は取らないだろう。
必要以上に関わらないでと言われたところではい分かりましたと捨て置くこともできないのだし、翌朝、目を覚ましてからルッティと朝食の相談をしている時、彼女にも声を掛けたのは礼儀として必要だと判断したからだった。
「ミゾレ班長! 朝食だけど良かったら一緒にどう? 通りに新しく出来たお店のパンがとても美味しそうで、ルッティともそこに行ってみないかと話してるところなんだけど」
部屋から出ようとしていたところを引き止めると黒曜石の双眸がこちらを振り返った。
――自炊と言っても要は食事を各自で用意するように、というだけの話で、わざわざ手間暇を掛けて作る必要はない。
申請すれば街に出て店に入ることも可能だ。
昨日から変わらない無表情で彼女はそう、と相槌を打った。
「二人でどうぞ。私は行かない」
「本当に美味しそうだったのよ? 教官にも尋ねてみたら評判も良いって話だったし……」
「行かないと言っているの。他に言葉が必要?」
淡々としながらも、だからこその有無を言わせない響きがあった。
「他に予定がなけば一緒に、と思ってのことよ。無理にとは言わないし、そう冷たい態度を取らないでもらえると嬉しいわ」
後ろにいるルッティが私の代わりに答えた。
体を端に寄せながら視線を一度そちらに向ける。
浮かべられた微笑みは穏やかで柔らかい。
「よろしくするつもりはないと言った筈だけど」
「ごめんなさい。ただ、あなたが班長である以上、無視はできないの……こちらの誘いを断るにしても言い方を考えてはもらえないかしら」
「必要以上に話し掛けて来なければいい。それだけの話でしょう」
つまり態度を変えるつもりもない、と……。
対峙する相手の物腰が柔らかければ邪険には扱いづらいものだと思うのだが、むしろ軽く眉を寄せて態度を悪化させているところを見るに筋金入りである。
「もういい?」
話を打ち切ろうとする班長に一つだけ、とルッティは待ったをかけた。
「一つだけ、よろしい?」
「何」
「名乗る愛称がないと言ったのは、言葉の通り? それとも私たちだから?」
笑みを浮かべ続けるルッティを黒曜石の瞳は真っ直ぐに写す。
間が空いた。
それから、眉間のシワを深くした班長はため息混じりに言った。
「どうだっていいでしょう」
……おそらく、前者なのだろう。
許可を待たずに向けられた背がドアの向こうに消える。
バタン。
*
結局、話に上がっていた店は足を運んでみたものの満席で、別の空いている店を探して可もなく不可もないモーニングセットで食事を済ませることになった。
旅の疲れもあるし、ルッティは時刻の都合で見送った支給品の受け取りに向かわねばならない。
店頭に並べられた商品に目を通してあれやこれやと意見を交わしつつも立ち寄ることはせず、真っ直ぐに帰還。
その後、ルッティに付き添うこともできたのだけれど、私は寮の談話室へと足を運んだ。
特に何か用がある訳でもなく、何となく、そんな気分だったから。
学校が始まれば相応に騒がしくなる寮内も人の集まりきらない中では静かなもので、どこからか聞こえてくるフルートの音色が穏やかな時間の演出に一役買っていた。
熱心な吹奏楽部員が練習に励んでいるらしい。
ほんの少し物悲しく、そしてどこか懐かしい曲。
曲名は、何だったか……。
思い出すよりも先に居合わせた五名程の上級生グループと挨拶を交わし、その流れで話の輪に加わって、結局、詳細は記憶の中に埋もれたまま。
「……毎日毎日、飽きないものね」
不意に、上級生の一人がうんざりしたような調子で言った。
「元第三師団でしょう? 仕方のない話だわ」
第一師団に揃っているのがエリートなら、第三師団に揃っているのは変わり者。
――師団ごとに異なる区画、施設、立地条件の内で、中枢区で採掘される鉱物の管理所がもっとも近いことから研究に力を入れる生徒が希望を出して入団するケースが多く、一般的とは少々言い難い感性の持ち主たちが集まりやすいのである。
「それにしたってずーっとよ? 吹いてる方もそうだけど、聞いてる方も聞いてる方だわ」
「色々凄いって聞くフルートの子たち?」
「そう!」
話は見えてこないがフルートという単語から今、その音色を響かせている奏者に関しての話であることは察せられた。
思考の外に追いやられていたそれに耳を傾けると、先程から変わらず、同じ曲を何度も何度も繰り返していることが分かる。
これを毎日延々……。
そう考えたら変わり者と評したくなる気持ちも分からなくはない。
聞き手に回った私に、分かるよう説明を足してくれた先輩方曰く、第三師団の第一クラスから第一師団に移ってきたフルート担当の吹奏楽部員で、腕は確かなのだが愛想がなく下手に近付くと容赦のない蹴りや拳を叩き込んで来る少女と、そんな少女と行動を共にしている少年のペアがいるそうだ。
たった一曲のみをリピートし続けている奏者は少女の方。
「名前はなんて言ったっけ?」
「ミゾレ・タカハシとルクフツァリヒ・リア・ユーツェントでしょう」
「ミゾレ・タカハシ?」
知っているのかと尋ねられて、同じ班に配属の予定でいる旨を明かせば同情の視線と励ましの言葉を受け取ることになった。
昨夜の態度だけでも随分なものだと思っていたが……。
不意に音が止まる。
会話も途切れ、静寂が訪れた。
そうして何秒、いや何分の時が流れただろう。
再開された演奏は優しく明るい、先程までのバラッドとは異なる曲を私たちの耳に届けた。
「あら、どうしたのかしら?」
「ルキの演奏……にしては音がしっかりしてるわね」
「リクエストが通ったんじゃない? たまになら聞いてくれるって言ってたから」
「ミュシアが?」
「惚れた相手には、ってやつでしょう」
ルキが相手の少年、ミュシアがミゾレ班長の愛称だろう。
掘り下げられていく下世話な話に驚きを覚えつつも、呼び名についてそれとなく尋ねると、好きに呼べと言われたのでその通りにしているとのことだった。
……本当に、私やルッティに限った話ではなかったらしい。
その後、寮に入ったレナやシータ、メリー相手にも彼女の態度は変わらないまま。
昼間、談話室で過ごせば彼女の奏でるフルートの音色を聞き続けことができた。
先輩方の話によればそれはゼネッタたちが入寮する以前からのことで。
うっすらと埃を被った机の上の教材からしてネヴェイユ大隊長が言うような自習に取組んだ形跡は見られない。
それが彼女の驕りか、事実として必要のないことなのかはまだ出会って一週間と経たない自分には分からないけれど……。
一つ。言えることがあるとすれば協調と努力を好むネヴェイユ大隊長と、それを無下に扱うミゾレ班長とでは十中八九馬が合わないだろうということ。
元第八班班長という立場から、場合によってはミゾレ班長本人よりも厳しい言葉を向けられるだろう自分の未来が目に浮かぶようで、ゼネッタは胃の痛い思いをそのままため息に変えた。
……引かされたのは外れクジ。
第一師団を構成する生徒の大半を占めている軍人家系でお偉いさんの子息子女を班長のような人物と深く関わらせる訳にはいかないと私たちが選ばれた。
そういうことなのだろう。
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