第131話 帰国
花嫁修業の早期切り上げが認められてから一週間後。リリアナはパティと共にデルフォスへと戻ってきていた。
急遽帰還する事になりデルフォスでは少々慌しくあったが、ポルカと共に出迎えに来ていた少しばかり懐かしい面々に、リリアナも少し嬉しさがこみあげる。
「お帰りなさい、リリアナ」
「ただいま、お母さん……」
柔らかな笑みを浮かべるポルカだが、その表情はどこか硬さを秘めている。
そんな母の表情を見て、リリアナもまた僅かに表情を硬くさせた。
「リリアナ様! お帰りなさいませ!」
ふとすぐ傍で声がかかり、リリアナがそちらを振り返るとそこには謹慎が解けて仕事に復帰する事が許されたドリーが立っていた。
「またリリアナ様のお世話が出来ると思うと、私嬉しくて嬉しくて……」
「うん、あたしも嬉しい」
涙混じりに喜びを露にするドリーに、リリアナも嬉しそうに微笑み返した。
リリアナが多くの人に愛されている事が分かる中、パティはふと出迎えの中にクルーの姿を見つけて小さく頭を下げると、彼もまたどこか戸惑いがちに頭を下げ返した。
パティから荷物を受け取るドリーを見ていたリリアナは、ふと出迎えに来ていた人々達の中にレルムがいないかと視線を巡らせて見た。しかし、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
なぜ、レルムがいないのだろう……。そう思うと胸がズキリと痛む。
「リリアナ。後で部屋へいらっしゃい」
「え、あ、はい」
ポルカにそう声をかけられたリリアナは、ハッと我に返ってぎこちなく頷き返した。
色々な事を確認したくて、気持ちが急いて仕方が無い。一体何からやっていけばいいのか……。
不安げに俯くリリアナから視線を上げたポルカは、笑みを浮かべてパティに声をかける。
「パティさん。娘の付き添い心より感謝します。リリアナの挙式まで、もうしばらくよろしくお願いしますね」
「はい。かしこまりました」
パティは恭しく頭を下げると、ポルカもゆっくりと頷き返した。
久し振りに帰ってきた自室にリリアナはホッとした。
修道院での生活も村を彷彿させて懐かしく何の不便も無かったが、ここでの生活がもうすっかり体に馴染んでしまっているだけに安心できた。
荷物を運び入れたドリーを見やり、リリアナは口を開く。
「ごめんねドリー。お父さんの事とか色々気になることがあるから、あたしお母さんのところに行って来る」
「かしこまりましたわ。ではご一緒に……」
「あ、うん。でも大丈夫すぐ戻るから。戻ったら色々聞いて貰いたい事いっぱいあるんだ」
同行を断られたドリーは少しばかり残念そうな表情を浮かべるもすぐに頷き返して了承した。
リリアナは自室を出て急ぎ足でポルカの部屋へと急ぐ。
「失礼します」
部屋に辿り着くと、リリアナは一声声をかけて室内へと入り、自分が来る事を待っていたポルカの前に歩み寄った。
「いらっしゃいリリアナ。色々と聞きたいことがあるでしょう?」
「はい。でもまず、何から聞いていいのか……」
「ひとまずそこに座りなさい。一つずつお話しましょう」
ポルカに促されてソファに腰を下ろすと、ポルカも向かいの席に腰を下ろす。
傍に仕えていた召使がお茶の用意をしようとするが、ポルカはそれを手で制し部屋から出るよう指示を出して人払いをした。
部屋の中に二人きりになってから、ポルカの方から口を開いた。
「まず始めに、あなたがもっとも気になっているであろうレルムの事を話しましょうか」
「は、はい」
「彼は今ヴェリアス王国に出向いています。三ヶ月ほど前に一度帰国していたのだけど、争い事が耐えなくてすぐに現地に戻りました。彼の次の戻りはおそらく、あなたの挙式が執り行われる日の前後だと思います」
その話を聞き、レルムが手紙を寄越さなかった理由と、先ほどの出迎えにいなかった原因が分かり、リリアナはホッと胸を撫で下ろした。
良くない方へ捕らえがちになってしまうのは、やはり不安だからとしか言いようが無い。それなりの理由が分かれば安心できるというものだ。
しかし、レルムの次の戻りが自分の挙式が行われる前後になるだろうと言う話に、新たな不安が生まれる。
「もし、戻りが間に合わなかったら、そこまでなんだね……」
ポツリと呟いた言葉に、ポルカは真剣な表情で頷いた。
「そう。だけど、ロゼス王子との結婚を決断したあなたなら、もうその覚悟は出来ているはずでしょう?」
「……」
そう訊ねられると違うとは言い切れない。
ぎこちなく頷き返すと、ポルカはふっと息を吐き不安そうにしているリリアナを見つめた。
「……レルムがもう一度ヴェリアスへ旅立つ前に、彼と少し話をしたの」
その言葉にリリアナが顔を上げると、ポルカは小さく笑みを浮かべ、その時のことを話し始める。
一時帰国した際に、レルムがリリアナの手紙を受け取る事が出来たのは運が良かったのだと言う。本来なら完全に落ち着くまで帰ることはままならなかったのだが、一時的にでも騒動が収まった事で戻ってこられたようなものだった。
「あなたがロゼス王子との結婚を決めた事に始めは動揺していたようだけど、タイミングよくあなたが宛てた手紙を見て本当の意味での覚悟が決まったようだわ」
「……え」
「結婚の話題で心が揺れているようなら一喝しようと思ってたの。いつまでも心が定まらないなら、いっそあなたの事を諦めなさい。そうでなければどちらも不幸になるだけよって。でも、あの子の顔を見てもう大丈夫って確信できたから言わなかったわ」
くすっと笑うポルカの言葉に、リリアナは心から安堵の色を見せた。そして同時に、信じきれていなかった自分を恥ずかしく思った。
僅かに嬉しそうに顔をほころばせたリリアナに、ポルカは笑みを浮かべる。
「あなたも大胆なメッセージを寄越したわね。浚いに来て欲しいだなんて。でも、彼の性格からしてもあなたを“浚う”のではなく、真正面から“奪い”に来るはずよ」
「……う、奪うって」
自分でも大胆な事を書いたと思いつつも、改めて「奪いに来る」と言われると顔が赤らんだ。
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