第十三章 最愛なる人へ
第130話 急変
ロゼスとの結婚を決めて、三ヶ月が経った。
リリアナは読む気のしない本を前に大袈裟なほど大きなため息を一つ吐き、頬杖を着いてぼんやりと考え込んでしまっている。
レルムからの連絡は今日まで一度も無い。この話が彼の耳に入っていないはずはないのだが、何かしらの連絡を期待していただけに、何も無い事に動揺を隠し切れなかった。
あと一ヶ月もすれば修行期間は終わり、城に帰った次の日にはすぐに挙式が行われる手筈になっていると、ポルカからの手紙で知らされている。
このまま何の音沙汰も無く挙式当日を迎えたとしたら、そのまま二人の関係は終わってしまうのだろうか。
「……忙しいのかな。それとも、やっぱり諦めちゃったのかな」
ボソッと呟いた自分の言葉に悲しくなってくる。
すんなり諦められてしまっては、ただロゼスの言いように口車に乗せられてしまっただけで終わってしまい、何とも虚しい。
そうならない為に、決断したあの時からさほど時間を置かずにレルムに手紙を出したのだが……。
「ほんとに諦めてたらどうしよう……。あたしの決断だから仕方が無いって思われてたらどうしよう~……」
そればかりが気になって修行どころの騒ぎじゃない。
あの日以来毎日のように、手元にいくつもの祝福を湛えた各国の貴族や王族達から手紙が届けられている。中には自分のお見合いした相手からもあり、非常に残念だとも書いてあった。
その手紙の中に、レルムからの物が含まれていないか探っては落胆し、肩を落とす毎日だ。
修行が明けるまで城へ戻る事はできない。直接会って彼の真相を確かめたくて仕方が無かった。
「ここを抜け出したとしても、お城へ帰る足がないから意味が無いし……」
力なくため息を吐きながら、机の上に突っ伏したリリアナはそっと目を閉じた。
最後まで抗ってみる。そう言ったレルムの言葉を信じて待ってもいいんだろうか。彼がその言葉を覆すような事はないと分かっていてもやはり不安だ。
「何でもいいから連絡が欲しいよぉ……」
リリアナはだんだん惨めになってきて、元気も余裕もなくなってしまう。
その時ドアがノックされ、リリアナが顔を上げてそちらを振り返るとパティが顔を覗かせた。
「リリアナ様。お手紙が届きましたわ」
「レルムさんからの手紙は? 入ってないですか?」
毎度同じように訊ね返すこの質問に、パティはいつもと同じように困ったように微笑み返してくる。
「兄からの手紙はございませんでした」
「……そ……っか」
リリアナのあまりの落胆振りに、パティは気の毒に思えて仕方が無かった。
レルムがリリアナに手紙を出さないのは何か理由があっての事だろう。
手紙一つでここまで振り回されている様を見ていると、リズリーもレルムが城に上がってほどなくは同じような事をしていたに違いない。そう感じさせた。
忙しく職務をこなさなければならない立場のレルムに、手紙を書く時間を割く事すら難しいのは分かっていたが、それでも今はリリアナの為に例え一言でも手紙を寄越して欲しいと願ってやまない。
「えっと……。兄からではありませんが、王妃様からのお手紙はありました」
「お母さんから?」
沢山の手紙とは別に手渡された一枚の封書を見つめると、見慣れた懐かしい文字で自分の名前が書かれている。
リリアナはポルカ以外の手紙を机に置き、封を切って中を開くと、そこには母のこちらを気遣う文面が飛び込んできた。そして、現在の城の状況が事細やかに書かれている。
城では結婚式に向けての準備がちゃくちゃくと進められている事。新郎新婦の為の新しい部屋が用意された事。リリアナのウェディングドレスのデザインが決まった事、近隣国や同盟を組んだ国々への招待状を配布した事、新国王になる相手の戴冠式の日取りも考え始めている事。そして城下ではリリアナの結婚を喜び、毎日お祝いムード一色になっていることも書かれていた。
「準備は順調に進められているんだね……。あたし、もしかしたら国にいる皆を裏切る事になるのかな……」
手紙を見つめたまま、リリアナはボソッと呟いた。
結婚を心から祝ってくれる人たちの心を思うと、リリアナは表情を僅かに曇らせた。
「何もしないままでは、良くも悪くも発展はしません。たとえ皆を裏切る事になったとしても、その後に誠心誠意尽くせば、分かってくれるものだと思いますわ」
「……うん」
ぎこちなく頷き返すもリリアナの表情は暗いまま、手紙の続きに視線を走らせた。
「……え」
最後の一枚に書き綴られていた文字に、リリアナは瞬間的に眉根を寄せ、硬い表情を浮かべて動きを止める。そしてパティの方を振り返り手紙を持つ手に力が篭った。
「お父さんの容態が悪くなったって」
「ガーランド様の?」
その言葉を聞き、パティの表情も驚きと困惑に表情が硬くなる。
「つい一昨日くらいから急に体調が悪くなって、ベッドに横になる時間が増えたって……」
体調が急変している中でも、ガーランドの唯一の楽しみがリリアナの結婚にあると思うと、心苦しさを覚える。
こんなにも期待して楽しみにしている父を裏切るような事をしなければならないのに、心が痛まないわけが無かった。
もしかすると、レルムが何の連絡も寄越してこないのは、ガーランドの容態の事があって悩んでいるのかもしれないと思うと、妙に納得してしまう部分がある。
父の容態も当然ながら、レルムの考えも聞きたい。そう思うと今デルフォスに戻らなければならなと、リリアナは焦燥感にかられた。
「……パティさん。修行期間、短くする事って出来ないんですか?」
「え?」
「あたし、今デルフォスに帰らなきゃいけない気がするんです。どうしても。だから、早めに戻ることって出来ないんですか?」
真剣な表情で見つめてくるリリアナに、パティはしばし考えるも頷き返した。
「分かりました。おそらく、事情が事情ですから認められるはずですが、修道士様にお話させていただきます」
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