第122話 離れて、そして……

 遠征に向かったヴェリアス王国の内情は、想像以上に酷い有様だった。市民達の起こした暴動は勢いがありすぎて、あちらこちらで爆破や殺人がひっきりなしに起こり、市街地には国王の似顔絵が描かれた張り紙に、「国王失格」「恥知らず」などの主を冒涜するような落書きがあちらこちらにされている。

 街は荒みきり、城門前では兵士と市民とが押し問答が毎日のように繰り返されているような有様だった。

 かつてこの国は、水と花に囲まれた美しい国だったはず。それが今では、道端に咲いていたはずの花々は踏み倒されて、川の水は濁り、まるでスラムのようだと言っても過言ではない。

「こんな状況、ポルカ様にはとてもご報告できないな……」

 レルムと共に遠征に来ていた兵士達は、ヴェリアスの兵士達と共に手分けをして暴動に参加していない市民の救護や怪我人を安全な場所へ搬送する事に手を回しながら、この国の有様を見て呆然としていた。

 この現状を打破するのには途方も無い時間がかかりそうだ。何より、市民達を落ち着かせる事ができても、レルムたちに出来るのはそれまでだ。いくら親睦の深い国と言えども城の内情にまで口を挟めるはずも無い。こうなってしまった大本である国王のあり方を改めさせるのは、この国の重鎮達にかかっているのだ。そして国王が今の自分を改め、もう一度崩れた信頼を取り戻すために自ら立ち上がらない限り、一時的に暴動を抑え込めたとしてもまた同じ事の繰り返しになるだろう。

「君主がしっかりしていなければ、国はこれだけ荒むと言う事か……」

 そう呟いて、レルムは無意識に眉間に眉根を寄せた。

 国を導く主たる者、国の情勢を良く知り、多くの人々の声を聞き、また多くの国々との親睦を図りながら円滑に事を運ばなければならない。

 自分の国を守り、強くし、豊かにするのも、貧困にするのも、国王の器量にかかっている。

 いずれはリリアナも国を担わなければならない立場にいる。それは途方も無く大変な事だろう。ではもしその時に、彼女の傍にいるのは誰なのか……。

 こんな状況だと言うのに、レルムは無意識にもそんな事を考えてしまう。

 それもこれも、自分がここへ来るのと同時期にリリアナが花嫁修業に出されたと言う話を聞いたからだ。

 次期国王としての地位を確固たるものにし、正式に国民の前で発表する事になる日も遠くない。国を支えると言うのはとても生半可なものじゃないだろう。

 トップに立つ以上、彼女の隣にいるのは王族としての知識を幼い頃から教育されてきた人間が立つのがもっともふさわしい。大変になった時、対処する術を同じ王族の人間ならば分かっているはずだからだ。

「……」

 レルムは視線を伏せ、ぎゅっと拳を握り締める。

 そうだとするなら、自分はやはり本来の通り身を引くべきなのだろう。これは個人の問題なんかじゃない……国を生かすか殺すかの問題にかかわる事だ。

「レルム様、救護完了しました」

 ふと背後からデルフォス兵にそう声をかけられ、急激に現実に引き戻されたレルムは目を開いて兵士を振り返った。

「あぁ、ご苦労。まだ街のあちらこちらで暴動が起きている。お前達は第二班と共にヴェリアス兵と手を組んでその主犯格の人間を取り押さえに行ってくれ」

「了解しました」

 デルフォス兵に指示を出し、兵士が足早に任務に取り掛かろうとする後姿を見つめた。

 自分も少し前まではあんな風だったはず。それが今じゃ、自国の王女に熱を上げているなど、とてもではないが笑えない話だ。

 ここに来る前に出来てしまった二人の間の溝はまだ埋まっていない。それでも、やはり彼女を求める気持ちは変わらなかった。

 最後まで抗ってみる。そう言ったのはもうだいぶ前のことだ。

 リズリーの時とは違う、また別の心を満たしてくれるリリアナの存在は、言葉では表せないほどに大きい。

 今更その手を離すことが出来るのだろうか……。昔のようにこれは国の為だからと割り切ることが果たして自分に出来るのか……。今となっては、割り切れると言える自信がなかった。

 逢いたい……。今までに無いほど長い時間離れ離れになる状況に置かれて、リリアナへの気持ちは更に強く、大きくなる。

 誰か他の人の物になるとしても、彼女の手を離せない。離したくない。例え、自分がどうなろうとも……。

 その時、デルフォスを離れる前に離したクルーの顔が思い出された。

 彼は酷く困惑して、失望していた。もしかしたらもう、自分には付いてきてはくれないだろう。

 では、自分はどうするべきなのか。クルーには自分で解決すると言っておきながら、その術が分からない。

「……色々、潮時なのかもしれない」

 レルムは呟くようにそう言いながら一層強くなるリリアナへの想いに、この時、いよいよ本当の覚悟を決めた。

 ぎゅっと腰に携えていた剣の柄を握り踵を返すと、レルムは歩き出した。

 迷ってなどいられないのだ。

 キュッと目を細め、口を引き結び、レルムは真っ直ぐに前を見据える。

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