第十二章 本気のアプローチ

第123話 求婚者面談

「ボ、ボク、君のような人と一緒になれたら、天にも昇るような気分だよ」

「……は、はぁ……」

 目の前に居る大柄な男性は、緊張からなのか、それとも熱いのか、傍に居る召使に何度も汗を拭ってもらいながら、ふぅふぅと息苦しそうに呼吸を繰り返している。

 着ている服はこの日の為に新調したのだろうか。しかし明らかにサイズが合っておらず、ボタンが今にも弾け飛びそうで危うい。それは、召使も相当気にかけているのかハラハラしたような落ち着かない様子が目に映る。

 花嫁修業初日から、離宮での求婚者面談は始まっており、今日はその日から一週間が過ぎたところだった。

 いつものようにパティに付き添ってもらい、離宮に来ていたリリアナは東外れの王国のデイビスと言う第二王子との面談を行っていた。

 椅子に座るのも一苦労な様子のデイビスを前に、座っていたリリアナの表情はこれ以上ないほどに引きつっている。

「あ、ちょっと喉が乾いちゃった。それ、飲ませてくれる?」

 こうしてただ座っているだけなのに、まるで一人で運動でもしてきたのかと言わんばかりに汗をかいて、挙句の果ては喉が渇いたからと召使にお茶を飲ませてもらっている始末。

 いや、これはさすがにないだろう……。

 リリアナの中では彼の存在は無かったものとみなされた。

 自分の事を自分で出来ないような人間が、国王などと言う重役を勤める事ができるとは思えない。これはさすがのリリアナでも分かる。

 ちらりと隣を見れば、パティも無意識に僅かに眉根を寄せて視線をそらしていた。

 いくらなんでもこれは甘やかされすぎだ。このままでは一生、彼のもとへ嫁に来るものはいないだろう。

 言葉も無く、心の中で盛大なため息と共に呆れた呟きが零れる。

 結局、彼は一人でお茶を飲み菓子を食べ、自分をアピールする間もなく「疲れたから」という理由でさっさと帰ってしまった。



「僕の素晴らしいところは、この美貌。この上なく、自分の美しさに惚れ込んでいるよ」

 次にやってきたのは、自己愛が深すぎるマイリスと言う第三王子だった。

 どこで仕入れたのか、思わず目を眇めてしまうほど煌びやかでゴージャスな身なりをした奇抜な男性だ。

 確かに彼の容姿は美形の部類にはいるとは思う。しかしあまりのナルシストさ故に他が愛せないと言う問題点があった。

 何か他愛ない話を振っても、最終的には彼自身の話に勝手に持ち込まれてしまい、会話にすらならない。あまつさえ、いつまでも手鏡で自分の容姿を気にしてまるで周りのことなど眼中にないのだから、国王などという話以前に終わっている。

 しかも彼の傍に仕えているおさげ髪でメガネをかけている召使は、人形か何かではないかと思うほどに、直立不動のまま微動もせず傍に立っているだけだ。

 この人もナイ……。

 どこをどう間違えればこんな風になってしまうのか、リリアナには理解できなかった。

「え? 僕がなぜ君と結婚したいかだって? そりゃ、父上と母上がうるさいのもあるけどね。一番の決め手はやっぱり、僕の引き立て役にぴったりだと思ったからさ」

 聞いてもいないのに、上から目線でこうしてバカ正直に人のことを侮辱するありさまだ。人としても終わっているようにしか思えない。

 もしも彼が国王などになったら、その国は一瞬にして終わりを迎えてしまう事だろう。

「君もなかなかいい線行っていると思うけどね。まぁ、でも、僕の美しさには到底敵わないな。僕が愛せるのは生涯、僕だけさ! ハハハ」

「……」

 だったら人生が終わるその瞬間まで、自己陶酔しながら自画自賛していればいいじゃないか。

 張り付いた笑みを浮かべたまま、思わず心の中でそう毒づいてしまう。彼の鼻に付く話し方と平気で人を貶すような言い方は、不愉快以外の何ものでもない。

 パティもまた、先ほどよりも深い皺を眉間に刻み、こちらを見ようともしていない。

 そして彼は、始終自分の事を褒め称え、酔いしれたまま中身のない会話をして帰ってしまった。



「ごめんなさい、あたし、ちょっともうすでに無理かもです……」

 面談の合間にブレイクタイムを挟んだリリアナはソファにもたれ掛かり、がっくりと肩を落としてヨレヨレになっていた。

 二人目にしてこの酷いアクの強さ。リリアナは白旗を揚げたくてしかたがない。

 今日の面談は4人だと聞いている。あまりにも強烈過ぎるスタートで、後半戦身が持つかどうか自信がなかった。

「そうですね……確かに、個性のあるお二人でした」

 シスターと言う生き方をしてきた手前か、控えめな物言いでパティが答える。

 きっと彼女も、あまりの彼らの強烈さに言葉が出てこないに違いない。先ほどの言葉は、彼女なりに気を利かせた言葉だと言う事がよくわかる。いくら自国の王位継承権を持たないとはいえ、相手は王族なのだから無理もない。

 リリアナは深いため息を吐き、ソファに座ったまま何気なく窓の外に目を向ける。

 この離宮は相変わらず静かで自然に囲まれた美しい場所だった。

 何気なく立ち上がり、窓辺に近づくと湖が見える。以前きた時は雪が多く、湖畔を歩く事は出来なかったが今は自由に行き来が出来るようになっていた。

 ここで、ゲーリと家族として最後の会話をして、それまでのわだかまりを修復して別れた。ガーランドの病気を心配して、毎日のように様子を見に部屋に行ったりもした。そして、レルムとも……。

「ここは、思い出が沢山つまった場所なんです」

 湖を見ながら、リリアナがぽつりと呟いた。

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