第121話 知らない姿
翌日。リリアナはクルーを見送るために、パティたちシスターと共に見送りに出ていた。
陽はまだ完全に昇りきる前であり、子供達はまだ夢の中にいる。
「では、リリアナ様。花嫁修業が明ける頃にまたお迎えにあがります」
「うん。ありがとう。気をつけてね」
自分の馬に跨ったまま見下ろしてくるクルーに、リリアナは満面の笑みを浮かべて頷いて見せた。
ここに来るまではどうしようもなく不安で堪らなかったのに、昨日の一件でリリアナはいつもの調子を取り戻せていた。
味方が一人でも増えてくれた事が、今のリリアナにはとても心強い。自分たちの事を認めてくれるだけでも、心満たされるところがあった。
クルーはいつものように微笑むリリアナに小さく笑みを返し、そして隣に立っていたパティに何気なく目を向けた。するとパティは一瞬驚いたように目を見開き、僅かに躊躇うように視線を泳がせたがすぐに微笑み返す。
「リリアナ様の事は私達にお任せください。どうぞ、両陛下によろしくお伝えくださいませ」
「……はい。確かに」
しっかりと頷き返し、クルーは馬の腹を蹴るとその場を去っていく。
小さくなっていく彼の背を見送り、パティはリリアナを振り返った。
「リリアナ様。修行に入られる前に、少しお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「え? あ、はい」
他のシスター達が建物に入る中で、パティはリリアナを連れて中庭にやってくると、ベンチに腰をかける。
「一つ、リリアナ様にお話をしておく事がございます」
改まってそう伝えてきたパティに、リリアナは目を瞬いてぎこちなく頷き返した。
真剣な表情でこちらを見つめるパティの姿は、本当にレルムに良く似ている。目元も顔立ちも、どことなく面影を思い出させた。
「実は、私の父でありデルフォスの大臣でもある父から事前に私の元に手紙が届いていたのですが、そこには何か小さな事でも気付いた事があれば連絡をするようにと書かれていました」
「……気付いた事って……」
「えぇ。もうご存知だとは思いますが、父はリリアナ様とお兄様の関係を疑っています。この修道院が花嫁修業の場に選ばれたのは、花嫁修業の他にお二人の関係の証拠を見つける目的があったからだと思います」
「……」
朝一番からそんな告白をされて、リリアナの気持ちが再び不安に包まれ思わず言葉に詰まった。
ガーランドと言いバッファといい、何かしら自分達の関係結びつく確固たる証拠を洗い出そうとしている。もしもその証拠が二人の元に渡ったとしたら、完全におしまいだ。
青ざめた顔で俯いたリリアナに、パティは心苦しく思いながら話を続けた。
「リリアナ様。私は、お二人の関係について小さな事でも気付いた事があれば連絡をするようにと、父から指示を貰っています。そして一日一回、手紙を寄越すようにと」
「そんな、ま、待って下さい!」
うろたえるリリアナに、パティはぎゅっと彼女の手を握り締めた。
「大丈夫です。安心して下さい。私は、お二人の味方です」
「え……」
パティは昨日書いたと言う手紙をリリアナに手渡すと、ニッコリと微笑みかける。
リリアナは手渡された手紙に視線を落とし、恐る恐る手紙を開いて中を読んでみる。そして思っていた事とは違う事が書かれている事に驚き、視線を上げてパティを見た。
手紙には、修道院に着いた旨と、リリアナの一日の様子が書かれているが、特別変わった事はないと書き綴られている。
「そのネックレス。旅の宝石店から買ったのではなく、本当は兄から貰ったものですよね?」
「……は、はい」
やはり見抜かれていた。
分かりやすい嘘だとは思っていたが、今一度問われると何も言えず、ぎこちなく頷き返す事しか出来なかった。
おどおどしているリリアナを見つめ、パティはやっぱりと言わんばかりに微笑んだ。
「そのネックレスを選んだ兄に、贈るよう後押ししたのは私なんです」
「え……」
驚いて目を見開くと、パティは顔に笑みを湛えたまま、当時の事を思い返しながら口を開いた。
「そのネックレスは、家の近くにあるハンドメイド職人の装飾店で売られていました。初めて兄がそれを見つけた時、とても穏やかで優しい表情をしていたのを未だに覚えておりますわ」
自分の知らないレルムの姿を聞かされ、リリアナには新鮮な気持ちでいっぱいになる。
怯えるような表情から一変、興味津々な目でこちらを見つめてくるリリアナに、パティはふっと目元を柔らかく緩めた。
包み隠さず自分の心に素直なリリアナの様子がとてもよく分かる。とても気さくでコロコロと表情を変える彼女がどれほど魅力的か分かったような気がした。
パティはそんなリリアナを見つめながら、僅かに視線を下げて話を続けた。
「……私は、兄がリズリーさんと別れることになってから、ずっと悔やんで落ち込んでいた姿を見てきました。それでも定められた運命に逆らえず城に上がり、そして今の地位を脇目も降らず死に物狂いで築き上げてきた事も知っています。ただ、その中で一度たりとも兄の心が満たされる事は無く、多くの中にありながら孤立していく兄を心配していたんです」
「……パティさん」
「だから、兄がまた誰かの為に何かを贈りたいと思えた事を、素直に嬉しく思ったんです」
リリアナは手紙をパティに返しながら、彼女が心底優しく微笑んでいる姿を見つめた。
兄想いの妹……。兄妹とはこんな風なものなのだろうかと、ふと考えてしまう。
返してもらった手紙を見つめたまま、パティは過去のレルムの事を思い出しながら話を続けた。
「昨日、その兄の事についてクルー様ともお話をさせて頂きました。そして、その中で兄が今どんな様子なのかも知る事が出来ました。今の兄は、リリアナ様のおかげでとても満たされていると知り、嬉しく思えたんです」
微笑むパティの表情は、とても穏やかで優しそうな笑みを浮かべている。
「私はあなた様にとても感謝をしております。兄の心に光を導いてくださって、ありがとうございました」
深々と頭を下げるパティに、リリアナはまたしてもジンと胸が熱くなった。
こうして感謝され、関係を認めて貰えるとは考えもしなかっただけに胸がいっぱいになってくる。
「父への報告は義務として果たさねばならないため書かせていただきますが、お二人の事に関しては何もないと装わせて頂きます」
「あ、ありがとうございます」
「これから先、辛い事が待ち受けていると思います。でもどうか、私たちが味方でいる事を忘れないで下さいませ」
リリアナは彼女の想いを嬉しく思いながら、大きく頷き返した。
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