第12話 新天地、最初の友人
「こちらが、王女様のお部屋でございます」
ポルカの部屋を出てペブリムと別れたリリアナは、大臣指名の元、数人の召使と共に自室だと言う部屋に向かった。
ポルカの部屋に負けないほど大きな扉を開くと、中は村で過ごしていた部屋の何十倍もの広さがあり、先ほどポルカの部屋で見たものと同じ造りの両開きの扉が付いた大きな窓が三つあった。
更に、大きな暖炉とソファにテーブル。色とりどりの花々が挿してある花瓶が四隅に置かれ、別室に繋がる扉まで付いていた。
とても一人では持て余してしまいそうな広さのある部屋が、今日から自分の物だというのだから驚きだ。
「え、と……」
「王女様。あちらが寝室となっております。そしてこちらが、王女様専用の衣装部屋でございます」
戸惑っている間に、召使達はてきぱきと仕事をこなしながら部屋を簡単に教えてくれる。
衣裳部屋としてあてがわれている部屋の扉を開くと、サイズが合うかどうか分からないにも関わらず、中には目も眩むような色とりどりの華やかなドレスや靴、アクセサリーなどがびっしりと並んでいた。
「……凄い」
もうそれしか言えない。
まるで夢でも見ているかのようにゆっくりと周りを見回していると、召使の一人が声を掛けてきた。
「王女様。この後夕食が控えておりますので、先に身支度を済ませてしまいましょう」
「え?」
夕食に身支度など必要だろうか。と考えながら、自分の今の姿を見下ろす。
着替えも何も持たず、身一つで村を出てきたリリアナ。道中、ペブリムからマントと簡単な着替えを貰ったがそれだけだ。……お世辞にも綺麗とは言いえない。
「あの……ここでの夕食って、やっぱり食堂みたいなところで王妃様とかと一緒に食べたりするんですよね……?」
分かってはいることだが、念のため確認してみると召使達はニッコリと微笑んで頷き返した。
それならば、こんな姿で出ては確かに失礼だろう。
「さ、お召し替えを……」
そう言いながらにこやかに胸元のボタンに手を伸ばしてくる召使に、リリアナは思わず顔を真っ赤に染め、急いで襟元を掴んで身を引いた。
「き、着替えなら一人で出来ますから!」
「まぁ! それでは私達の仕事がなくなってしまいますわ」
「や、だから、着替えだけは自分でしますからっ!」
「……そうですか。では、こちらをお召しになってください」
断固拒否するリリアナに召使達は少しばかり残念そうな表情を浮かべ、着替え用のドレスを手渡してくる。
見てみれば、一人でも着られるようなワンピースのような簡単なドレスだったが、リリアナはふと動きを止めてしまう。
村にいた時からスカートは一度も履いた事がない。どちらかと言えば肌にぴったりとフィットするような服の上に、ゆとりのある服を重ね着するようなものばかりだ。それがここに来てこんなドレスを着ることになるとは……。
「少し抵抗が……」
ドレスを見つめながら無意識に呟いた言葉を、召使達は聞き逃さなかった。
「それではやはり私どもが……」
「いえ大丈夫です! ありがとうございます!」
何かにつけて手伝ってこようとする召使たちに、リリアナはあえて力強くそれを断った。
食事の時間になったら呼びに来ると言い置いて、召使達は部屋から立ち去った。
残ったリリアナは誰もいないのにパーテーションの裏に入り、人生初のドレスに袖を通してみた。
「うわ……。何か変な感じ……」
着慣れないドレスに手間取りながらも何とか着終えると、足元がスカスカして妙な感じがする。
召使達は一人もいない、だだっ広い空間。全てが自分の物だと言うけれどそんな気がしない。
ヒラヒラとドレスの裾をなびかせながらソファに近づき、腰を下ろしてそのままコロンと仰向けに寝転び、とても高い天井を見上げリリアナは深いため息を一つ吐いた。
村の皆は今頃どうしているだろう……。村を出る前に少しだけ見えた、凄惨な姿。地面に倒れた人の中に、よく知る人も確かにいた。皆、自分のせいで殺されてしまった……?
「……」
そう思うと自然に涙が滲んでくる。
『あなたのせいではありません。気に病む必要はないのですよ』
村を出てすぐにペブリムがそう励ましてくれたのだが、こうして落ち着いてみるとやはり悶々としてしまう。
思った以上に落ち込んでいる自分がいることに、少し驚いていた。いつもならすぐに立ち直れるのに……。
もう少しだけ泣きたい。そう思った矢先に、ドアをノックする音が聞こえてきた。
リリアナは急いで滲んだ涙を拭い、起き上がる。
「は、はい」
「失礼します」
短く言葉がかかりドアが開くと、そこには一人の召使が立っていた。
ピンク色の髪を下の方で二つに団子にした、人懐っこそうにニコニコと笑っているその召使にリリアナは目を瞬いた。
「あの……何でしょう?」
「今日から王女様の専属召使となったドリー・ワトソンと申します。ご用命がございましたら、なんなりとお申し付け下さいませ」
年の頃で言えば、自分と同じか少し上だろうか?
ドリーはとても愛嬌のある笑みを浮かべて、ペコリと頭を下げた。
「あ、はい。宜しくお願いします……」
リリアナもつられて頭を下げた。するとドリーは驚いたように目を開き、そして困ったように顔を顰める。
「い、いやですわ王女様。そのように私どもに頭を下げられては困ります」
「え? そうなの?」
「私どもは王女様にお仕えする召使です。ですから、私達のような従者に頭を下げられては、私どもは困ってしまいます」
「あ……そうなんだ……」
いつも当たり前にそうしてきた振る舞いが否定されて、少し不思議な気持ちになる。
何も知らないだけに、これからどう立ち回ってよいか分からなくなった。
つい黙り込んでしまったリリアナの姿に、ドリーは突然慌てふためき頭を深々と下げる。
「私ったら出すぎた真似を! 申し訳ございません!」
ニコニコと笑っていたかと思うと急に蒼ざめて謝り出す彼女の百面相を見ていると、なんだか笑いがこみ上げてきて思わず笑ってしまった。
「え? え? 何ですか?」
突然笑い出したリリアナに、ドリーは困惑したような表情で顔を上げうろたえた。
「ご、ごめんごめん。なんだか可笑しくなっちゃって……。それより、ドリー……だっけ? 一つお願いしてもいい?」
「はい。なんなりと」
「その……、王女様って呼ぶの、やめてもらってもいい?」
「何故ですか? 王女様に王女様とお呼びしてはいけないなんて、どうお呼びすれば……」
「あたし、リリアナって言うの。だから名前で呼んで。実感もない内にそうやって呼ばれるの、あんまり好きじゃないから……」
ドリーが困る事を言っているのかも知れないと思いつつ、ダメ元でお願いをしてみる。するとドリーはしばし考え込み、そして頷き返してきた。
「かしこまりましたわ」
「ありがとう。無茶言ってごめんね?」
「いえ。それが王女……じゃなくて、リリアナ様のご用命でしたら、私はそれに従う義務がありますもの」
リリアナは太陽のように暖かな笑みを浮かべるドリーとは、友達のような関係を築けそうな気がした。
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