第13話 運命的な出会い

「食事の前に、あなたに紹介したい人達がいます。構わないかしら?」


 夕食の時間になり、ドリー達召使と共に食堂へやってきたリリアナは、先に来ていたポルカからそう告げられた。

 ただでさえ初めて見るような大きな食堂と、それこそ本などでも良く知られている王族ならではの食卓……長テーブルに真っ白いクロスが掛けられ、食前酒と水の置かれたグラスを前に落ち着かない中での申し出に思わず目を瞬く。


「紹介したい人達、ですか?」


 不思議そうに聞き返すと、ポルカは頷き返した。


「えぇ。今後あなたと関わっていく大事な人達ですから、覚えておいて欲しいの」

「は、はぁ……。分かりました」


 こちらに断る理由はどこにもない。

 リリアナが了解するとポルカは傍に控えていた大臣に目配せをすると、大臣は食堂の入り口へと視線を投げかける。


「では、入りなさい」


 その言葉を合図に、召使が扉を開くと、最初に現れたのは少し気難しそうな顔をして、姿勢の良い女性だった。コツコツと靴音を高らかに響かせながら、食卓の前まで歩いてくる。


「初めてお目にかかります。わたくしはモーデルと申します。王女殿下の教育係を担当させていただく事になりました、宜しくお願い申し上げます」


 キッチリとした性格なのだろう。少しばかり切れ長の目で見られると睨まれているような気分になる。

 動きこそ優雅だが、腰を折る姿には隙を感じられない。

 とても気難しそうな雰囲気を持つモーデルは、少々怠け癖があるリリアナにとっては厄介な人間になりそうだった。


(きっと凄く厳しいんだろうな。そうじゃなきゃ教育係なんて務まらないんだろうけど……。この人に比べたら、たぶんゲーリなんかめちゃくちゃ甘々だと思う)


 そう思うと、途端に胸がチクリと痛んだ。

 村を出るきっかけを作ることになったゲーリのあの行動は、リリアナにとっては大きな傷となったものの、実際こうして離れてみると寂しい気持ちが湧かないわけじゃない。ましてや、今まで村からほとんど出なかったような箱入り娘が、こんな晴れやかな場所に突然来たのだ。理由がどうであれホームシックにならないわけがない。


(でも、村を出るって決めたのは自分だもの。今更帰りたいなんて言えるはずもないし、これからはここで頑張るしかないのよね)


 リリアナはテーブルの下の手をぎゅっと握り締めた。


 モーデルが席を外した後は、この城で文学と歴史を教えてくれると言う男性と、算段を教えてくれる女性など続々と現れた。

 あっという間にリリアナの前にはズラリと沢山の人が勢ぞろいしている。

 こんなに沢山の人間がこれから先自分と関わっていかなくてはならないのかと思うと、目が回りそうだ。いや、何より恐ろしいほど沢山の事を学ばされると思うとゾッとしてしまった。


 やっぱりここに来たのは間違いだったかも……。


 引きつった顔で笑いながら、リリアナはそう心の中で呟いた。


「そして、私が大臣のブラディと申します。宜しくお願い申し上げます」

「は、はぁ……」


 リリアナはため息混じりにそう返事を返すと、最後の一人が入ってきた。

 ゆっくりとした歩調で入ってきたその人物を振り返り、リリアナは驚いたように目を見開いた。


 水色の短髪に、新緑の瞳。スラリと伸びた身長に、きちんと着込んだ軍服姿の男性……。


 何も言えずに呆然と目を瞬いているリリアナに、男性はふわりと優しげに微笑み返し胸元に片手を当てて深々と頭を下げた。


「私はレルム・ラゾーナと申します。この国の軍隊を執り仕切る総司令官です。あまり王女とはお会いする機会がないかもしれませんが、どうぞお見知り置きを」

「ペ、ペブリムさん……じゃ、ない……?」


 確かめるようにそう聞き返してしまうほど、レルムはペブリムに良く似ていた。

 下げていた頭を上げて姿勢を正しながら、レルムはふっと微笑み返す。


「ペブリムは私の双子の妹です。私と彼女は、昼と夜に別れて軍の仕事を任されています。主に私は夜に仕事をしておりますので、王女とお会いできることは少ないかもしれません」


 とても優しげに微笑むレルムに、リリアナはドキリと胸が鳴り、思わず息を飲んだ。


 笑顔も一緒。物腰の柔らかさも同じ。さすが双子だ……。

 そう思う傍ら、明らかにこれまで感じた事のない胸の高鳴りを感じていた。

 これは一体なんだろう……?


「よ、宜しくお願い、します……」


 ぎこちなく頭を下げると、ポルカが口を開いた。


「以上が、あなたと今後関わる人達です。でも今はまだここへ来たばかりですし、ここでの生活に慣れるまでは羽を伸ばして下さいね」

「は、はい。ありがとうございます」


 微笑むポルカに向き直りぎこちなく頷くと、レルムたちはもう一度頭を下げて食堂を後にした。

 彼らが立ち去った方をじっと見ていたリリアナに、ポルカはもう一度声を掛けてくる。


「さぁ、お腹が空いたでしょう? 好きなだけ食べて、今日はゆっくりおやすみなさい」


 その言葉を合図に、次から次へと召使達の手によって見たこともないような食事が運ばれてきた。

 食前酒から始まり、それまで待機していた合奏隊がゆったりとした音楽をかなで始める。それに合わせて色とりどりの野菜を使ったコンポートや高級魚のムニエル、焼きたてのパンや瑞々しいフルーツの盛り合わせ、スープなどなど……。


 食べきれないほど沢山の食事が運び込まれるも、食事のマナーをしっかり学んできた訳ではないリリアナにはまるで食べた気がしなかった。

 ナイフとフォークの使い方もポルカの見よう見まねだ。味わう余裕などどこにもない。


 もそもそと食事を食べながら、先ほどあった人達の事を思い出す。特に、最後に出会ったレルムはとても衝撃的だった。


(ペブリムさんに双子のお兄さんがいたなんて知らなかったな……。そんなこと、ここに来るまでに一言も言ってなかったし)


 言う必要がなかっただけなのだろうが、何となく教えてくれても良かったのにと、残念な気持ちになる。


 夜にしか会えない……。


 そう限定されると、なんだかもどかしいような気分になる。


(明日、ペブリムさんに会えたら聞いてみようかな。レルムさんのこと)


 水の入ったグラスを手に取り、口に含む。その時、グラスに写る自分の顔が無意識にもほころんでいる事に、本人も気付いてはいなかった。

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