ようやく見つけた(ペブリム編)

 長い間捜し求めていたデルフォス王国の後継者たる王女を発見したのは、同盟国家であるブレディシア王国からの依頼で城下での警備に当たっていた時だった。

 この日、ブレディシア王国では王子の一歳の生誕祭が盛大に執り行われ、城の警備だけでは市街地の警備が行き届かない事から、我々がそれを請け負ったのだ。


「それにしても凄い人ですねぇ」

「そうだな」


 いつもは余裕のあるはずの大通りも、今日は外からの人間達を多く招き入れている事から、もはや芋洗い状態と化している。

 監視塔として設けられている市街地の真ん中にある塔の上から、連れてきた部下たちと共に異常がないかどうかを注意深く観察していた。


 もう少し、制限をかけた方が問題は少ないはずだが……。


 そう思いはするものの、気前の良い国王として知られているブレディシア王は、所謂、「来る者拒まず、去る者追わず」な性格をしている。その為か、王子生誕祭のこの日に限り、誰でも国に入れるようにしている。それには、この国の経済向上目的もあるようだ。

 通常よりも安く商品の物価を抑え、外から来る人間達に数多く買ってもらう事で、更なる安定化を図るチャンスだとも言えよう。


「問題の一つや二つ起きてもおかしくはない状態なのに、未だに乱闘一つないのが不思議なくらいです」


 彼が言うように、警備に付いてかれこれ半日ほど経つが、これだけひしめき合う人の数でありながら未だ問題が一つも起きていない事は本当に不思議だった。

 よほど良識のある人間が多いのか、偶然にも王子の誕生日を純粋に祝いたいだけの人が多くのか……。

 半ば安堵したように、ふっとため息を零して外から来る人間達が通る街道へ目を向けた。

 いつもより安く色々な物が買えると聞いて買い付けにやってくる商人や、近隣からやってきた一般人たちの乗った馬車が次々と街道の先に停車して、ゾロゾロと降りてくる。

 その中に、医者と思われる白衣を着た男と、落ち着きのなく辺りの様子を窺いながら彼の後を追いかけてくる黒髪の少女が何気なく目に留まった。


 あの少女の雰囲気はどことなく、王妃に似ているような気がする……。

 ぼんやりとそんな事を思いながら他の場所へと視線を移した。


「ペブリム様! 交代のお時間です!」


 塔の下から上がってきた兵士にそう声を掛けられ、私は彼にこの場を託して塔を降りて行く。塔の一階部分には数人の兵士達が暖かな香茶を飲み、休憩している姿がある。


「お疲れ様です。ペブリム様もいかがですか?」

「いや、結構。気持ちだけ頂いておこう。私は少し表を見てくる。お前達はゆっくり休憩しているといい」


 にこやかにそう言いおいて外へ出ると、塔の入り口を守っていた兵士が敬礼をしてきた。


「お疲れ様です。休憩ですか?」

「あぁ。特に異常はないか……」


 そう訊ねた時、後ろの方で大きなざわめきが生まれ、兵士と共にそちらを振り返る。すると先ほどまでひしめき合っていた通りの一部が、広く空けられるような動きが見られた。

 そして同時に、野太い男の怒鳴り声が聞こえてくる。


「おい女。ぶつかっといてまさか謝罪だけで済むと思ってるのか?」


 ざわり……と、一気に不穏な空気があたりに広がった。


「変な言いがかりつけるのはやめてくれる? 確かにここに立ち止まっていたのはあたしが悪いけど、あなただってよそ見して歩いていたんじゃないの? じゃなきゃ、こんな勢いよくぶつかったりしないもの」


 ぶつかった男の脅しに屈する事もなく、食って掛かるように声を上げた少女の声に、辺りは水を打ったように静まり返る。まるで、「余計な事を言わなければいいのに」と言う人々の無言の言葉が聞こえてきそうなほどに。

 非常事態が起きたと、私はその場から動き出し、ピッタリとくっつきあう人垣を半ば強引に掻き分けながら現場へと向かった。


「あぁ? じゃあ俺が悪いって言うのか?」

「どっちが悪いとか悪くないとかじゃなくて、お互いに悪かったって話でしょ! 違う!?」


 負けん気の強い少女は、一度噛み付くと肝が据わったのか怖気づくどころか男性に食って掛かった。


「ふざけんなよ、このアマ……っ! いい度胸してんじゃねぇか! 一度痛い目見ないと分からねぇようだな!」

「い、いたたたたっ!」


 何とか前の方へ出てくると、か細い少女の腕が大柄な男の手によって捻り上げられ、容赦なくへし折られてしまう危うさを感じさせた。事もあろうか、男の逆手は握り締められ少女の殴りつけようとしている気配がある。


 これはマズイ。


 私は固く目を閉じて痛みに耐えている少女と、殴りかかろうとしている男の間に素早く入り込み、男を睨み上げた。


「怪我をしたくなければその辺にしておけ。祝賀祭の最中に騒動を起こす事は処罰に値する」


 周りのざわめきと共に、私の身の丈をも裕に越える男は顔を歪め悪態を吐く。


「……っち。騎士ってのは随分偉いんだな」

「我々に問題があるのであれば後で話を聞こう。今はすぐに彼女から手を離すんだ」


 すると男はすんなりと彼女から手を離し、負け惜しみとも取れる態度を取りながらその場を後にした。

 大事になる前にこの場を納められてホッとし、先ほどまでの緊張感が嘘のように元に戻ってから私は背後にいる少女を振り返った。

 その時、その少女が先ほど監視塔の上から見たあの少女だという事に気付く。


「大丈夫ですか? 怪我は?」


 突然の事に呆けてしまっていた彼女は、私の問いかけにようやく我に返り苦笑いを浮かべた。


「だ、大丈夫、です……」


 そう言いながら差し伸べた私の手を取るや、少女はその場に崩れ落ちるかのようにへたりこんだ。

 彼女の様子を見る限り、こんな場所へ来た事がなく慣れていないのだと言う事がわかる。こうなってしまっても無理はない。


 握っていた手を掴んで引き上げようとして、ふと、取れかかっている手袋に気が付いた。その時、手の甲にある痣の様なものを見つけた。


「……」

「……?」


 突然黙り込み、その痣に食い入るように見つめる。

 この痣は……どこかで見たことがある……。そう。どこかと言えば、それは――。


「!」


 私の視線に気付いた少女は、手を振り解いて急いで手袋を嵌め直す。そして取り繕うように微笑みかけてきた。

 その笑みに、瞬間的にドキリと胸が鳴る。

 どこかで見覚えのある笑顔。黒い艶やかな髪。愛嬌のある微笑みで細められた瞳の奥の色……。

 時間が止まってしまったかのように、その微笑を見つめていると、カチリ、と胸の奥で何かが鳴った音がした。そして同時に、確信にも似た言いようのない感覚に包まれる。

 


「す、すいません。助けて頂いて、ありがとうございます!」

「……あ、いえ」


 思わず言葉にならずに、たどたどしく返事を返すと遠くから少女を連れてきていた白衣の男性が血相を変えて駆けてきた。少女の身の回りの安否を気遣い、そしてこちらに気付くやまたも顔をこわばらせて青ざめさせると、挨拶もそこそこにそそくさと少女を連れてその場を離れていった。


 やはり、そうに違いない。ようやく見つけた。


 私は兵士塔へ戻り、見張りで立っていた兵士に彼らをマークするよう伝えると、兵士は急いで二人の後を追いかけていった。

 彼女はきっと、長い間捜し求めていた王女だ。

 そして、ずっと探していた唯一無二の……。


 そう思った瞬間、ふと不思議な疑問が湧き上がる。


「唯一無二の……?」


 その先に続く言葉にただ疑問を抱き、私は視線を下げた。



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