もう戻れない(リリアナ編)
村の凄惨な姿を横目に、自分を連れ戻しに来たデルフォス王国の騎士、ペブリムさんの馬に乗せられて出たのはつい二日前の事。
ペブリムさんが意図的に慣れ親しんだ村民達の無残な姿を見せまいとして、足早に立ち去った為に、こちらを見送るゲーリの顔をまともに見ることが出来なかった。
自ら決断したこの選択は果たして正しかったのか。それは分からない。
生まれ故郷だと言うデルフォス王国は、確かに自分が生まれた場所なのかもしれないが、記憶も思い出も何もない全くの未知の世界でしかない。普通の村娘として一般市民と同じ生活を送ってきた自分には、王族の暮らしなどまるで絵空事のようだった。
「街に立ち寄ります。念のため顔は隠しておいて下さい」
手渡されていたマントのフードを、言われるままに目深に被る。
村を襲撃したリズリーの追撃がある可能性も捨てきれないからと、村を出てから丸二日、途中野宿をしたもののろくに休む間もなく走り通してきた。
正直、身体はとても疲れていて、街に立ち寄ると言ってくれた事に安堵する。
「あまり長くは滞在できませんが、ここで宿を取ります。これから先の道のりに必要な物を揃えるので、今日はこのまま休んでいてください」
ペブリムさんにそういわれて辿りついた街は、中規模都市とも呼べるほどの街だった。
彼女はこの場所に来慣れているのか迷う事なく“宿”へやってくる。
「へぇ……こんな大きな街だと、宿屋も立派なんですね」
フードの奥から窺うように宿を見上げた。
宿の入り口には大きな鉄製の門があり、その門の傍には門兵が立っている。その奥にある建物は一般的に「貴族」と呼ばれる人間が住まうのであろう、まさに豪邸と呼ぶべき佇まいだった。
前を歩くペブリムさんは、感嘆したようにもらしたあたしの言葉に足を止めて、微笑みながらこちらを振り返ってきた。
「ここは一般的な宿屋とは違いますよ。ここは所謂、我々軍人が大事な軍法会議などを行ったりする場所で、中規模以上の都市には必ず配備されている警備隊駐屯地、と言えば分かりやすいでしょうか」
そう言いながら入り口を見ると、この建物の責任者なのであろう男がすでに立って出迎えてくれた。
「これはこれはペブリム殿。そろそろいらっしゃるのではないかと思っておりました。ご連絡はすでに賜っております。そちらが……王女殿下でいらっしゃいますね?」
にこやかに出迎えてくれた男は、恭しく頭を下げてくる。
戸惑っているあたしを他所に、ペブリムさんはにこやかに笑みを浮かべて握手を交わし、今日一晩の部屋を用意してくれた事に感謝の意を示している。
「リリアナ様。明日の早朝にここを出発します。今日はこちらでゆっくり休んでください」
「え? あ、はい……」
「彼らは私達デルフォス軍と同盟を組んだ信頼ある方達です。ここならば、街の宿よりも安全です」
そう言うと、ペブリムさんはこれからデルフォスまで戻る間に必要な物を揃えに街へ出てくると言い残し、出迎えてくれた男にあたしを託してまた出て行ってしまった。
「では王女殿下。お部屋へご案内いたします」
どうしてよいか分からない中、男性に誘われるままに部屋へと案内されると、おそらく客室として用意されている部屋なのだろう。あまりに豪華すぎる部屋の作りに、お世辞にも居心地が良いとは言えなかった。
綺麗に並べられた調度品の数々に、興味本位で触ってうっかりにも壊したら、とてもじゃないが弁償など出来なさそうだ。
そう思わせる高価なものに埋め尽くされていて、あたしはこの広い部屋に似つかわしくないほど縮こまり、綺麗でふかふかとしたソファの隅に遠慮がちに腰を下ろした。
「……」
しばしその場で石のように固まってしまう。
こんな場所に一人置いていかれて、落ち着けるはずがない!
誰もいないのに、どうしようもない居心地の悪さに早くも根を上げたくなった。
天蓋が付いている豪華なベッドより、普通の素朴な木のベッドがいい。
たっぷりとした柔らかな布に覆われた豪華な椅子より、ちょっと軋む位の背もたれのない小ぢんまりとした木椅子がいい。
一人じゃ持て余すほど大きく、価値も分からないふかふかで豪華なカーペットの敷かれている部屋よりも、必要最低限の質素な物だけが揃った一人分の部屋がいい。
そう思ってしまう自分は、貧乏性なのだろうか。
座っていたソファから立ち上がり、ぴったりと閉じられている窓辺に近づいて外を見る。
眼下には街を行き交う人々の姿が見える。
村にいた時よりも人々が忙しなく歩いているように見えるのは、自分がそれだけ長閑な田舎に暮らしていたせいだろうか。
規則的に流れていく人々の波を見つめながら、小さくため息を漏らす。
「……ほんとにこれで良かったのかな」
自分で決めて出てきたことなのに、早くも後悔してる。
今更後悔したところで、戻る事はできない。
なぜこんなに後悔しているのか。それはきっと、去り際にきちんとさよならが出来なかったからかもしれない。
事情が事情だったから、仕方がないことだと言われればそうなのだろう。でも、ゲーリの顔を一目見るだけでもしておけば良かったかも知れない。
「後悔先に立たずって、こういう事を言うんだよね……」
今後はもう、ゲーリと逢う事は二度とないのだろうと思うと、胸にわだかまりが残った。
了
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