間章 ~その1~

残された後悔と孤独(ゲーリ編)

 騒然とした村の中、無残にもマージ兵の手によって惨殺された村民達を村外れの墓場に丁重に弔いながら、ゲーリは肩を落として泣き崩れる遺族達の姿を見つめていた。

 17年前、生後間もないリリアナが父の手によってここへ連れて来られた時は、こんな大惨事になるなど思いもしなかった。


「……リリアナがいたから、こんな事になったんだ」


 すすり泣く村民達の中から、何も知らない一人の若者が呟いたその言葉に、ゲーリは険しい表情のまま、弾かれるように顔を上げた。


「バカ! 間違ってもそんなこと言うもんじゃないよ!」


 こちらの事を気にかけた初老の女性が、若者の言葉を強く制した。

 しかし、若者は咎める言葉を止めようとはせず、僅かに興奮した様子で言葉を続ける。


「でも、そうだろ? リリアナがいなければ誰も死なずに済んだかもしれないじゃないか。17年前に彼女をここへ連れてきた事が、そもそもの間違いだったんだ」

「いい加減にしないか! こんな時にふざけた事を言うんじゃない! ゲーリ先生も立ち会って下さっているというのに……」


 女性と同じように若者を制した男性が、心配したような眼差しを向けてくる。

 ゲーリはそんな彼らの視線から逃れるように視線をそらすと、足早にその場を離れた。


 別に、今更誰にとやかく言われても構わない。

 リリアナがうちに来た事を後悔することも、間違いだったとも思わない。むしろ彼女がいたから、両親が早くに亡くなってもここまでやってこられたのだ。


 ゲーリは家へ戻ると、リビングの椅子に力なく腰を下ろす。そして飾ってあった写真盾に目を向けると、そこにはかつて“家族”だったリリアナと自分と両親の四人で撮って貰った写真がある。


「リリアナが来た事は決して間違いなんかじゃない。間違ったのは、全部私の方だ……」


 ゲーリはその写真を手に取り、自分の犯してしまった過ちを酷く悔いた。

 あの時、自分の気持ちを正直に打ち明けたとしても、そうでなかったとしても、彼女が“去る”と言うこの結末はきっと変わらなかった。変わるとしたら、この胸の苦い後悔が残るか残らなかったかの違いだけ。

 今も、全てを知って離れかけた気持ちを完全に切り離した瞬間の、彼女の表情が頭を離れない。


 手にしていた写真をそっと伏せると、色々な事が思い出される。


 まだ子供だった自分の腕の中でミルクをせがんで泣い叫ぶリリアナに、母が作ったミルクの入った哺乳瓶を咥えさせると必死になって飲む姿。

 腰が据わって、一人で自分の身体を支えて座れるようになり、離乳食をおいしそうに頬張って嬉しげに手を叩く姿。

 そして、掴まり立ちが出来るようになってから、歩き出すまでがとても早かった事。

 なん語しか話せなかった言葉が、いつの間にか「パパ」「ママ」「ゲーニ」と、聞き取れるぐらいの単語が出るようになった。

 頭が重くて、走り回れるようになってもよく転んでは傷を作り、顔を真っ赤にして泣き出す姿。

 そして何より、ライジス家にとっての大事件となった両親が亡くなった日。

 家の一切を自分ひとりの手でやらなければならなくなったあの日の事は忘れもしない。

 まだ幼いリリアナを養わなければと、周りの援助を頼りながら、医者になるために勉学に励み、泣く暇もなく気丈に振舞い続けた毎日の中で、唯一一人でいられる深夜過ぎに思い出したようにこみ上げる涙を流していると、寝ていたはずの5歳のリリアナが起きてきて、そっと背中を擦ってきた。


「ゲーリ。どうして泣いてるの? どっか痛いの? 大丈夫だよ、あたしがいるからね」


 よく分かっていないながら、そう言いつつ背中を擦り続け、テーブルの上に置いてあった布巾で零れる涙を拭いてくれた。

 その姿があまりに健気で痛ましく、胸が更に切なさに包まれる。

 涙が堰を切ったように沢山溢れ出し、気丈に振舞っていた気持ちの箍(たが)が外れて、幼い彼女を強く抱きしめて泣き崩れた。その間も、彼女はこちらにつられて泣き出す事もなく、まるで大人がそうするように気持ちが落ち着くまで、優しく背を叩いてくれていた事が忘れられない。

 胸に掻き抱いた幼い少女を守るのは自分しかいない。何としてでも彼女を守り、立派に育てよう。そう心に強く誓った瞬間でもあった。

 幼い子供の前に曝け出した自分の弱さをその時だけ見せた後は、ひたすらに前だけを見て進んできた。今日、この日まで……。


 いつの間にか、頬を伝い落ちる涙が伏せた写真盾の上に落ちて、斑点を作り出す。

 今はもう、傍にいて慰めてくれる彼女はいないのだ。


 失うと分かっていても、実際にいなくなってしまった大切な存在が、どれだけ自分にとって必要だったか、大きかったか……計り知れない。

 失って初めて、その物の大きさを知る事が出来た瞬間だった。


「……リリアナ」


 きつく握り締めた拳が、小刻みに震える。


 まだ、言い残した事は沢山ある。

 感謝の言葉も、これからの人生の励ましも、きちんとした別れの言葉も、違えたお互いの関係の修復さえも……。



 だからもう一度、彼女に逢わなければ……。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る