第10話 苦い旅立ち

 ペブリムが村へ戻ると多くの村人たちの悲鳴が響き渡る中、マージ兵は見境なく人々を襲っていた。

 無抵抗な村民達を捕まえては、ギラギラと光る剣を振るい上げ容赦なく振り下ろす。

 その姿はまるで賊の者と何ら変わりはない。狂気に満ちた笑みを浮かべ次から次へとその手にかけ、村は一気に血に染め上がった。


「……っ」


 自分の仕えるべき主の育った故郷で、出来るだけ剣は振るいたくはなかったが躊躇っている場合ではなかった。このままマージ兵の好き勝手にさせていては、村人たちが全員惨殺されてしまう可能性もある。


 ペブリムはきゅっと口を引き結び、脇に差していた長剣に手を伸ばす。

 スラリと引き抜いた剣を構えるや、ペブリムはその場から駆け出す。そして罪も無い人々を手に掛けてまわるマージ兵を鮮やかに切り捨てて行った。

 ペブリムがたった一人でマージ兵を次々となぎ倒していく中、マージ兵最後の一人が道に倒れた中年女性に狙いを定め、女性の肩口を足で踏みつけて動きを封じ、不敵に笑いながら血の滴る剣を振り上げる姿を視界にとらえる。


「!」

「ひぃっ!」


 死を覚悟し、目を閉じた女性の前に火花が散り何かが弾ける音が響き渡った。

 何の衝撃も痛みもない事に女性が恐る恐る目を開くと、目の前には女性の前に滑り込んだペブリムが相手と剣を交えている姿があった。


「今の内に逃げろっ!」


 ペブリムが肩越しに女性に声をかけると、女性は蒼白した顔のまま急いで身を翻して起き上がり、足がもつれそうになりながら走り去った。

 ギリギリと刃こぼれするような音を鳴らし、睨みあうペブリムとマージ兵。


「へぇ。こいつは驚いた。本当にデルフォスの総司令官がいやがる」


 ペブリムの姿を見て、マージ兵は驚いたように声を上げる。


「なぁ、デルフォス王女はどこだ? ここにいるんだろ?」


 マージ兵がニヤニヤと笑いながらペブリムに聞くと、彼女はきゅっと目を細め射抜くような眼差しで睨み返す。


「貴様に教える義理はない!」

「いいから出せよ! リズリー様が王女の首をご所望なんだよ」


 威嚇するように目を剥きながらそう叫ぶマージ兵の言葉に、ペブリムはぴくりと眉を動かした。


 リズリー……?


 睨み合っていた剣を押し返した瞬間に、素早くペブリムはマージ兵を切り捨てる。

 マージ兵は左の肩口から斜めに深い傷を負い、血を滴らせながらその場に崩れ落ちた。


 閑散とした村の中、ペブリムは肩で息を吐いた。

 無抵抗な村人を手に掛ける事を躊躇わないマージが、憎らしくて仕方がない。

 怒りを胸に滾らせているペブリムの元に、コツコツと靴音が聞こえて来る。その音にペブリムが視線を上げると、マージ軍の総司令官、リズリー・ガモンズと呼ばれる女性が不敵な笑みを浮かべながら現れた。

 ペブリムは剣に付いた血を振り落としながら、目の前に現れたリズリーを睨みつける。


「リズリー……」

「久し振りね」


 リズリーは腕を組み、ペブリムの前で立ち止まった。そして困惑気味のペブリムにわざとらしい声を上げる。


「あぁ、そうよね。不思議に思うわよね。なぜこんな何もなさそうな村を突然襲ったのか」

「……」

「偶然知っちゃったのよ。あなた達がこの村で、デルフォスの後継者である王女様を見つけたって事をね」


 クスクスと笑いながらそう言うリズリーの言葉に、ペブリムはピクリと反応をした。

 偶然知るにしては、こちらが王女の存在を突き止めてまださほど時間は経っていない。あれだけこちら側も手を焼いてようやく見つけ出したと言うのに、マージが簡単に見つけ出せるとは考え難い。

 そう考えると、自然に引き出される可能性は先に返した兵士たちに何かがあったと言う事だ。


「何をした……」


 唸るように訊ねると、リズリーは小首を傾げる。


「何をした、ですって? 何もしていないわ。言ったでしょ、偶然だって」

「偶然が理由になどならない」


 ペブリムが剣を握り直すのを見て、リズリーは鼻で笑った。


「やめてよ。あなたと剣を交える気はないわ。……まだ、ね」

「……」

「今日はだだの挨拶みたいなものよ。……あぁ、そうだわ。これ、返しておくわね」


 クスクスと笑いながらくるりと踵を返したリズリーは、思い出したように手に持っていた物をペブリムに投げ寄越した。

 ペブリムがそれを受け取ると、それはデルフォス兵士の襟元に付けられる一般兵用のピンだった。


「!」


 それをぎゅっと握り返し、愕然とした表情でリズリーを見ると彼女は意地悪そうに笑みを浮かべている。


「あなたと剣を交えるのは、あなたに私を殺すだけの覚悟が出来た時よ。楽しみにしているわ」


 そういい置いて、リズリーはその場を立ち去っていった。

 残されたペブリムは、手の中に残った血の付いたピンを固く握り締め、静かに瞳を閉じる。

 この為に命を落とした兵士の事を思うといたたまれない。


「……あなたが来なければ……」


 ふと、近くから男性の声がかかり、ペブリムが目を開いてそちらを振り返ると、そこにはゲーリが立っていた。ゲーリはこちらを睨むように見据えて立ち、両手の拳を固く握り締めている。


「あなたが来なければ、リリアナは……」

「ゲーリ殿……」


 恨みつらみの一つや二つ言いたいに違いないが、彼はそれをぐっと飲み込んで悔しそうに目を閉じた。そして喉の奥から搾り出すように呟く。


「……リリアナを、お願い……します……」

「……」


 ペブリムはハッとなり、口を噤む。気付けば回りには逃げたはずの村人達が集まっていた。

 比較的年齢の高い村人たちは、ゲーリの事を考えて複雑そうな目を向けている者も少なくない。若い者の中には、村にペブリムが来た事が災いだと思い、鋭い視線を向けている者もいる。

 そんな彼らを代表するかのように再びゲーリが口を開いた。


「戦争から逃れてきた私達が、ここで手に入れた安息は今日で崩れてしまいました。遅かれ早かれ、こうなることは分かっていました。どうぞ、皆があなたを責める前にリリアナと共に……お引き取り下さい」


 ゲーリは深々と頭を下げると、ペブリムは僅かに視線を下げた。


「……申し訳ない」


 一言、そう言い残しくるりと踵を返してペブリムはその場から歩き去る。

 そんな彼女の後姿を、ルク村の人々は恨めしくも複雑な眼差しで見送るのだった。

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