第4話 動き出す運命.2
翌日。
リリアナはゲーリの診察の手伝いを済ませ、まだ長引いている診察をしているゲーリに代わり昼食の支度をしていた。
「うーん……。サンドイッチでいいかな」
ゲーリほど料理が出来るわけではないが、サンドイッチのような簡単なものなら作れないこともない。
朝、隣の家から分けてもらった採れたての玉子をコトコトと鍋で茹でる。その間にハムやチーズを適当な大きさに切り、リリアナのお気に入りのパン屋で買った長細いパンに野菜と共に挟む。
具材を挟み終えたサンドイッチを丁寧に半分に切り分け、それぞれの皿にサラダと共に盛り付ける。昨晩の残りのスープを温めて器によそいテーブルに並べ終えた頃に、ゲーリはようやく午前の診療を終えてキッチンに現れた。
「あ、お疲れ様ー。丁度今ご飯出来たよ」
「あぁ、ありがとう。やはり診察には時間がかかりますね……」
「まぁそうかもね。一人で暮らしてるお爺ちゃんお婆ちゃんもいるし、色々話をしたい人もいるもんね」
少し疲れた顔で自分の席に着いたゲーリは浅くため息を吐いた。リリアナはそんな彼の向かい側に腰を下ろし、「いただきます」と両手を合わせた。
自分が作ったサンドイッチにかぶりつき、口の端にソースをつけながら心底美味しそうに食べる彼女の姿を見ていたゲーリは、思わずふっと笑ってしまう。
「ん? 何?」
「いえ、そうやって美味しそうに食べてるあなたを見ていると、疲れも吹っ飛びそうだなぁと思って」
微笑むゲーリに、リリアナは目を瞬かせながら小首を傾げる。
「口の端にソースが付いてますよ」
「え? あ、ほんとだ」
リリアナは自分で口の端を拭い、それをペロッと舐め取った。
こうしてこれからも何気ない時間が過ぎていってくれたらいいのにと、ゲーリは願わずにいられない。
「そう言えば、二日後にブレディシア王国で祝賀祭が行われるそうですよ」
「ふーん。祝賀祭って、何の?」
「王子の一歳の誕生日ですよ。他国から大勢の人が集まって祝うそうです。……もし、興味があるなら行ってみますか?」
そう訊ねられたリリアナは、思わず食事の手を止めた。
村からあまり出た事がなかったリリアナには、思いがけない誘いの言葉だ。
思わずガタッと椅子から立ち上がり、身を乗り出してしまう。
「興味あるある! もちろんだよ!」
食事の事などすっかり忘れて顔を紅潮させ、興奮気味に頷くリリアナには村以外の場所へ行けると言うだけでこれ以上ないほどうれしい事はない。
隣街まで出かける事は時々はあれど、もはや行きなれた道を通り通い慣れた店へ出向くのは自分の自宅の庭を歩いているのと同じ意味を持つ。
まだ見もしない場所、しかも王国と言う大きな場所へ出かけられるなど願ってもないことだった。
「でも何で急に?」
「急にと言うか……。調剤に使うための薬草がブレディシア王国でしか手に入らないので、丁度祝賀祭もあることですしたまには気晴らしも兼ねて一緒に買出しに行かないかと思ったんですよ」
「行くよ! 行く行く!」
食事をするとき以上に目をキラキラと輝かせながら、リリアナは何度も頷いて見せた。
そんなに喜んでもらえるならと、ゲーリも嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ、その代わり、きちんと手袋は付けていって下さいね」
思い出したようにそう付け加えると、リリアナは「ガッテン承知!」と力強く頷いて見せた。
ゲーリが手袋を……、と言ったのには彼女の手の甲にある痣の為だった。
幼い頃に左手の甲に火傷を負い、その傷跡が今だ痣のように黒ずんで残っている。よく見える位置にあるだけに、彼女の心を守るためにも手袋は必ず付けさせていた。
言われずとも、リリアナは人前に出る時は必ず言いつけを守り手袋を付けてくれている。
(誰にも知られてはいけない。そう、決して、誰にも……)
心の中でそう呟いたゲーリは、そっと目を伏せた。
あの痣さえ見つからなければ、リリアナとこれからもずっと変わらず暮らしていけるはずだから……。
ゲーリはそう信じていた。いや、信じたかった。
「明日の早朝に馬車を手配しておくので、今の内に準備を済ませて置いて下さいね」
「了解!」
ビシッと敬礼してみせるリリアナに、ゲーリはまた笑ってしまった。
この和やかな時間が、どうぞ崩れませんようにと願いながら。
翌日の早朝。ゲーリは診療所の入り口に「休診」の札を下げて、部屋の中に声をかけた。
「リリアナ。置いていきますよ」
「わぁああぁ! 待って待って~!」
ドタバタと騒々しく自室から荷物を抱えて飛び出してきたリリアナの姿を見て、ゲーリは思い切り呆れ顔を浮かべる。
「なんですかその荷物……。全部持っていくつもりですか?」
ゲーリが指差したリリアナの荷物は、抱えきれないほど大きな物だった。
大きな鞄がはちきれそうなほどパンパンに詰め込み、更には肩から斜め掛けにする鞄が一つ。これもまた何を詰め込んであるのか、止めてあるボタンが飛びそうな勢いだ。
「え? そうだよ。だって着替えでしょ? 薬でしょ? 夜寝る時の枕でしょ? それからお腹が空いた時のためのリンゴに……」
遠出などした事がないリリアナにしてみれば、何をどうまとめてよいのか分からず、思いつくままに鞄の中に物を詰め込んでいた。
指折り思い出す限りの物を次々に挙げていくリリアナに、ゲーリは深いため息を吐いて肩を落とす。
「確かに帰りは明後日の予定ですけど、そんなに沢山の荷物は必要ありません。そもそも、馬車に入らないでしょう」
「えー? だって何かあったらさー……」
「あったらあったで何とかなります。とりあえず今すぐ着替えと貴重品だけにまとめ直して下さい」
呆れて物が言えないと、ゲーリは頭を抱えた。
リリアナはようやく詰め込んだ荷物をまた解いて、一から荷造りさせられる事に口を尖らせながらも渋々とやり直した。
着替えと貴重品にまとめると、小さな鞄一つで十分間に合うほどコンパクトに収まる。
「詰め込んだ残りは、帰ったらキチンと片付けて下さいよ」
「はいはーい。分かってるって」
思いがけないところで時間を食ってしまったが、リリアナ達は無事に馬車に乗りルク村を後にする。
ルク村からブレディシア王国への道のりは、馬車で約一日半ほどの場所にある。途中何度か休憩を挟みながら目的地を目指す事になっていた。
ガラガラと揺れる馬車に乗り、リリアナは初めて見る光景に目を輝かせ窓に噛り付いていた。
「うわぁ~! すごーい! 見渡す限り何にもない!」
「リリアナ、子供じゃないんですから……」
「あ、旅の人だ! おーい! わぁ、ゲーリ! 見て見て、手を振り返してくれたぁー!」
「リリアナ……」
確かにこんな遠出をする事はこれまで一度も無かった。それもこれも、単純にゲーリがリリアナの身を案じて出さなかったと言う事もあるが、大抵は村や隣町だけで事足りてしまうからだ。
リリアナにとっては旅行も同然。両親がいた時も、戦争の関係もあってかこうして出掛ける事は無かった。
楽しいのは分かるのだが、あまりにもはしゃぎすぎてゲーリは恥ずかしい気持ちになる。しかし、リリアナが楽しそうにしているのを見ると悪い気はしなかった。
それから暫く、リリアナは何かを発見してはゲーリを呼びたて、小さなことにも敏感に反応をして馬車の旅を楽しんでいた。だが、次第に飽きてきたのか昼過ぎには大人しく椅子に座って揺れに身を任せ始めた。
「……」
どこまで行っても変わらない風景……。
そんな風景を黙ってみていたリリアナは、朝早く起きたせいもあり次第にうとうととし始めた。
「リリアナ?」
「……んー……」
ゲーリに呼びかけられても、生返事を返し重たくなる瞼に抗えない。やがて、完全に寝息を立ててスヤスヤと眠ってしまったのだった。
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