第3話 動き出す運命
「それで? どこをどうしたら、ただの内服薬が爆発すると言うんです?」
ダイニングテーブルの向かいに、目が据わったゲーリが腕を組んで問いただす。
あれから、バツとして調剤室の片付けとダメにしてしまった薬草摘みを命じられたリリアナは、日が暮れるまで言われた事を黙々とこなしていた。その間にゲーリは往診に戻り、今日回るべき患者の家を全て回って帰ってきたところだ。
夕食の支度をして仕上がるまでの少しの間に、こうして理由を問われていた。
リリアナは苦笑いを浮かべつつ、どう答えて良いか模索する。
「えー……と……。あ、そうそう。あの時興奮剤を作ってたんだけど、きっと薬草が興奮したんだよ。だからドカーンッって」
「……」
苦し紛れのいい訳だと分かっていながらも、あり得ない言い訳にゲーリは怒る気も失せ、肩を落とす。そしてぎゅっと寄せられた眉間に手を当てて、盛大にため息交じりの言葉を吐く。
「……それ、本気で言ってるんですか?」
「あはは……だよねぇ……。って言うか、そもそも興奮剤ってなんなの? 誰があんなの使うのよ。怪しすぎるじゃない」
「興奮剤とは書いてありますが、一種のカフェインのようなものです。どうしても寝るべきではない時や力が出ないとか、そう言う時に使う薬ですよ」
「だったら、そんな名前じゃなくてもっと別の書き方すればいいのに」
「しっくりくるのが思い浮かばなかったんですよ」
さらりと話をかわしたゲーリに、リリアナはぷっと頬を膨らませた。しかし内心、上手く話がそらせたとほくそえむ自分がいる。
ゲーリは完全に起こる気力が失せ、席を立ち上がった。
「とりあえず、食事にしましょうか。そろそろスープが出来上がった頃でしょうし」
そう言いながらぐつぐつと煮えている鍋の前に立ち、小さくため息を漏らす。
我ながら、なかなかに甘い。
両親が他界して、ゲーリがリリアナの面倒を一手に担わなければならなくなった12年前。当時16歳だった彼は子供ながらに彼女の為にも厳しく、時に優しく飴と鞭を使い分けるつもりだった。だが、どこをどうしてそうなったのか、気付けばほとんど飴ばかりを与えてしまっている。
(私はつくづく、ダメですね……)
鍋の中のスープを掻き混ぜながらもう一度ため息をこぼす彼の隣で、にこにこと食事の支度を手伝うリリアナは、上手く説教から逃れられたと一人上機嫌だ。
ボウルの中に野菜を盛り付け、二人分のスプーンとフォークを持ってテーブルへと向かう途中、彼女はゲーリを見て微笑みかける。
「ゲーリはほんと優しいね。もう、大好き!」
にこやかにそう言われ、ゲーリは思わず手を止めてしまった。
機嫌よくテーブルに向かったリリアナの背を見つめながら、胸の奥で鳴る鼓動に動揺してしまう。
どうしてそんな事を平気で言うのだろうか。
彼女に他意はなくとも小さい頃からそう言われる度に、ゲーリは人知れず動揺していた。なぜ、こんなにも心が動くのか。その理由をゲーリは良く分かっていた。
(それでも、これは絶対に明かせない。もしも明かしたら、何もかもが崩れてしまう。いずれ、リリアナは……)
そこまで考えて、今度は心がズキリと痛んだ。
ゲーリは側に置いてあったスープ皿にスープをよそいながら、いつか来るであろう"その時"の事を思い、心が不安に包まれた。
*****
――レグリアナ大陸北部、デルフォス王国。
北の孤島に存在する独裁国家、マージとの交戦を長きに渡り行っているこのデルフォス王国は今、危機的状況に陥っていた。
6年ほど前に不治の病を発症した国王ガーランド。彼は今昏睡状態に陥り国を担う事が出来ないでいる。その国王に代わり、王妃のポルカがその役を担っていた。そのおかげで国の情勢を保ててはいるものの、一国のシンボルとも言える国王不在の情報は、内密にしていたにも関わらず他国に知れ渡ってしまっている。当然、そうと分かればマージの侵略の手が強まってくるのは否めない。
そんなデルフォスの全てを背負う王妃の支えとして存在しているのは、大臣の他に総司令官として軍を一手に執り仕切る、レルム・ラゾーナとペブリム・ラゾーナと言う双子の兄妹だ。
共に優れた才能を持ち、彼らが国王の代わりに軍を指揮する事でこれまでマージとの戦を全て抑える事が出来ていた。
王妃と共に歩む双子の兄妹。彼らなくしてこの国の存在はないものと言える。
そして更にこの国にはもう一つ、大きな問題を抱えていた。
17年前の大きな戦の最中に、この国唯一の後継者でもある王女の存在が消えてしまった事だ。
戦火から遠ざけたい一心で、一人の兵士に王女を託したガーランドとポルカ。その後戦は一時的に落ち着きを取り戻し、それを機に戻ってくると思っていた王女が、兵士と共に行方不明になってしまったのだ。
四方手を尽くして捜索し、ようやく掴んだ情報は国境の森で山賊に襲われた兵士が遺体で発見されたということ。そして彼に託したはずの王女の消息はそこで完全に途絶えてしまったということだ。
国王不在に加えて後継者も消息不明。デルフォス王国はすでに窮地に陥っている。
この日も、ポルカは物憂げに窓辺に立ち何度吐いたか分からないため息をこぼしていた。
「せめて、せめてあの子さえ戻ってきてくれたなら……」
生きている事を諦めきれないポルカは、今も尚いなくなった王女の身を案じていた。
行方不明になって以来、捜索隊は方々手を尽くしてくれてはいるが、有力な情報は何一つ掴めていないまま。もうこのまま諦めてしまう方が早いのではと、何度も心が折れそうになる。
小さなその背中を、心苦しく見つめていたのはペブリムだった。
自分が仕えるべき主が元気のない姿を見るのは彼女にとっても耐え難いもの。何とかしたい思いはあるものの、そう簡単なものではない。
「ポルカ様。我々も尽力を尽くし捜索に当たっています。ですからどうか、最後まで諦めないで下さい」
いつもポルカにかける言葉は同じだが、今ペブリムにかけられる言葉はこれしかない。
ポルカもまた、こんな状態でいてはペブリムも辛くなると言う事を分かっているつもりだった。だからこそ申し訳なさで胸が一杯になり、ポルカは涙を溜めた瞳を伏せ頷き返す。
「……そうですね。あの子はきっと生きている。私があなた達よりも先に諦めるわけにはいきませんね」
力なく微笑む顔は、精一杯取り繕っていた。
ペブリムはそれ以上に返す言葉が出てこず、自分の無力さを非常に歯がゆい想いを抱く。
どうにかしてさしあげたい。ただでさえ窮地に立たされている今の状況。家臣ではなく、血の繋がった王女が側にいてくれたなら、もう少し王妃も心に余裕が出来るというのに……。
そう考えれば考えるほど、ペブリムは焦燥感に駆られた。
深々と頭を下げ、ポルカの部屋を後にしたペブリムの足はまっすぐに王女捜索本部のある部屋へと向かう。
一刻も早く、せめて手掛かりだけでも見つけ出さなければ……。
部屋の扉を開くと、中には数人の捜索部隊の兵士がボードに貼り出された地図を見ながら、これまで訪ねて周った街や村に印をつけていた。
それを見る限り、デルフォス領の街町村はほぼ手配済みだと言う事が分かる。
「皆、少し集まってくれ」
ペブリムがそう声をかけると、兵士達は話し合いを辞めて彼女の側に集まった。
「何か情報はあったか?」
「いえ、まだ何も……」
「隣国へ赴いた兵士はまだ戻らないのか?」
「はい。予定では今日中に帰国するはずですが、まだ……」
やはり情報は何も動いていない。
マージが頻繁に戦を仕掛けて来なければペブリム自身も捜索に当たりたいのは山々だが、今はここを離れるわけにはいかない。なんとも歯痒過ぎる状況だった。
「私も動けたら……」
「ただいま戻りました」
悔しげに唇を噛むペブリムの元に、隣国まで調査に行っていた兵士が戻ってきた。
誰もが期待を込めて戻った兵士を見つめたが、兵士はそんなペブリムたちを見やり申し訳なさそうに首を緩く横に振る。
「私も方々手を尽くして聞き込み調査をしてまいりましたが、やはり王女と思しき方の情報は何も……」
「……そうか」
結果はやはり同じく何の手掛かりもなかった。
色々と調べるには時間がかかりすぎた。もう17年も経っているのだから、消息を掴む事の方が難しいのかもしれない。
だからと言って諦めるわけにはいかない。せめて、無事なのかそうでないのかだけでも知る事が出来たら……。
ペブリムは小さく舌打をし、もどかしげにもう一度地図へと視線を戻した。
「17年前に勃発した大戦よりこちら、北部や中部で戦の巻き添えを食らった難民達が集まり、隣国の領地内のあちらこちらに集落を造っていると言う話を聞いた事があるか?」
ふいに話を切り出したペブリムに、兵士達は顔を見合わせて頷いた。
「えぇ。知っています。今も少しずつ数を増やしているそうですね」
「地図に残るような場所はほぼ調査が済んでいる。それで手掛かりが何一つ見つからないのだとしたら、その集落にかけてみる手はないか」
その言葉に、兵士達はどよめいた。
彼女が言い出した案には、確かに何か掴める物があるかもしれないが、これまで以上に途方もない時間と労力が必要とされる。
地図に載らない、どこにあるかも分からないような集落を当たるのはかなり大変だ。
「し、しかしペブリム様、それにはこれまで以上の時間と労力が……」
「今更それが何だ? 他に思い当たるような方法があるとでも? 例えどれだけの時間と手間がかかろうとも、我々は王女を見つけ出さなければならない」
ジロリと見据えるペブリムの目に、兵士達は皆口を噤んだ。
「私も手が空き次第捜索に出よう。皆、すまないが集落を当たってみてくれ」
ペブリムの言葉に、兵士達は反論する余地などなく頷き返す事しか出来なかった。
兵士達に指示を出し、部屋を後にしたペブリムは自室へと戻ると溜まっていた仕事の整理に取り掛かる。
あちらこちらから要請のある警護に関しての書類に目を通し、短いため息を吐いた。
「近々で急ぎの仕事と言えば、隣国で開かれる祝賀祭の警備要請か……」
その警備にはペブリムも携わる事になっているのだが、その間この城を空けなければならないことが懸念される。
何事もなければそれでよいが、かといって断ることは難しい。隣国と親睦を深めておく事はこの国にとっても有益だ。実際、隣国の援護もあってこれまでの戦に勝てていたということもある。
祝賀祭は二日後。それまでに出来るだけ手元の仕事を終わらせられるところまで終わらせておかなければ。
ペブリムはサラサラと書類にペンを走らせた。
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